第2クエスト シャンウィンの正体

 サンたちは村の広場へとたどり着いた。周りには木造の家や屋台など建物が存在しているが、人の気配は近くに感じられない。



 カイルはもっと遠くの景色を指さす。



「あそこに村人と山賊たちが!」



 あれは村の入口だった。どうやら、全ての村人が一箇所に集合しているようだ。サン達はそれぞれ顔を見合わせて頷く。



 村の入口まで駆け寄り、何が起こっているのか確かめる必要がある。



 サン達は集まっている村人の所まで近づくと、僅かな隙間から覗こうとする。



 サンが見えたのは、地面に倒れている白髪の老人の姿だった。



「いた! 村長!」



 サンが叫ぶと、隣にいたレーナが両手で口を押さえる。



「おじいちゃん……! どうしよう、倒れ込んでるわ!」



 よく見ると村長の周りを囲んでいるのは布柄の服と剣や斧など持っている山賊たち。人数は五人。



 彼らは、にやにや笑いながら村長を見下ろしている。



「はははは! 俺たちに逆らうからこうなるんだ!」


「この村を……お前たちに渡しはせん。必ずシャンウィン様が助けに来てくれるじゃろう」


「そうは言ってもなぁ。肝心のそいつが来ねえと話にならねえよ。怖気づいてるんじゃねえのか?」



 リーダーらしき大柄な山賊と会話している村長。いつまでも見てるわけにもいかず、サンが前に行こうとした瞬間――。



「君たちはここで待っていなさい。安心してくれ、ここにいる者……みんな死なせやしないよ」



 こちらの動きを右手で静止したシャンウィンの表情は柔らかい。その裏には、サンやレーナを不安を取り除こうとしているのだろう。



 シャンウィンが人混みの中を歩みだすと、村人たちが彼の存在に気付き始める。



「おお、シャンウィン様だ!」


「やっぱり来てくれたのね!」



 村人たちの歓喜の声が聞こえる中、サンはあるものを感じ取る。それは、シャンウィンの背中から見えた僅かな黄色のオーラだ。



 育ての親が助けに行く中、サンは確信した。



(じーちゃんなら大丈夫だ)



 拳を握りしめながら、サンは今の光景を見守る。



 山賊たちも気づいたようで、シャンウィンの姿を見て、表情が固まっていた。



「あ? なんだ、誰が来たかと思えばまたジジイじゃねえか」



 山賊たちの姿を気にせず、シャンウィンは村長の身を案じるようにしゃがみ込む。


「村長、すまなかったね。来るのが遅れてしまった。持ちこたえてくれたこと、ありがとう」


「おお、シャンウィン様……謝るのはワシのほうです。こんなボロボロの姿を見せることになるとは……」



 シャンウィンは村長をゆっくり立ち上がらせる。



「君はよく戦ってくれた。後は私に任せてくれ。向こうにサン達がいるから、あの子たちの元に行くんだ」



 その優しく語りかける言葉に、村長は足元がフラフラになりながらもサン達の元へ向かおうとしている。



 そしてシャンウィンは山賊たちに視線を向けると、口を開いた。



「この村に何用かね? 悪いことは言わない。今すぐ、この村から立ち去ってくれないか」



 忠告を聞いていた山賊全員が大笑いし始める。特に親玉である大柄な山賊はシャンウィンを見下ろしながら指さした。



「立ち去れと言って、忠告を聞く馬鹿がいるかよ! よく見りゃ、この村には金目の物がいろいろ飾ってあるじゃねえか。村にあるものプレゼントしてくれるっていうなら、大人しく立ち去ってもいいがな」


「私はなるべく争い事をしたくないんでね。お前さんたちが痛い目を遭う前に引き返したほうがいい」



 大柄な山賊は手に持っていた大斧を振り上げると、勢いよく地面に突き刺した。深い亀裂ができると、相手はシャンウィンに顔を近づける。



「痛い目を見るのは、てめぇだろうが。いいぜ、金目の物を差し出せねぇって言うなら、お前ら全員……皆殺しだ!」



 シャンウィンは顔を下に向け、両拳を握っている。その表情はサンの視界からは見えなかった。



「……どうしても戦おうと言うのだね」


「あ?」


 大柄な山賊が眉を動かすと、シャンウィンは身軽なバックステップを見せ、山賊たちから少し離れる。


 そのまま姿勢を低く構えて、握った両手を前に出すのだった。



「どうやら、お前さん達には痛い目を合ってもらわないといけないらしい。かかってきなさい――私が手合わせしてあげよう」


「おいおい。この人数相手に無茶しすぎじゃねえのか? いくら一人のか弱いジジイを全員でいたぶるってのもなぁ」



 山賊たちは呆れたように笑い始めるが、シャンウィンは真剣な表情を変えない。



「ぐだぐだ言う前にかかってきなさい」



 シャンウィンが右拳を緩めて手招きした瞬間――山賊達の表情が一変する。



 今までで馬鹿にしたような笑みを浮かべていたが、その表情は怒りに満ち溢れていく。

 特に大柄の山賊は斧を構えて今にも襲いかかりそうだ。



「このジジイ……俺たちを相手にしたこと、後悔しやがれー!」



 予想通り、大柄な山賊が先手を切る。シャンウィンに向かって遠慮なく斧を振り下ろした瞬間だった。



「ぐあっ…!?」



 大柄な山賊の体が後ろに大きく吹き飛んだ。彼の体が接近して部下たちを巻き込んで転ばせる。



 よく見ると、シャンウィンの掌底が相手の胸元へと直撃していた。右手を引っ込ませると、彼はゆっくりと山賊たちに歩み寄る。



「どうした、もう終わりかね?」



 山賊たちが慌てて立ち上がる。



「くっ……おい! もう遠慮はいらねえ。そのまま八つ裂きにしろ!」



 大柄な山賊の命令で、手下たちは一斉に襲いかかる。



 まず剣を振りかざして攻撃してくる山賊。シャンウィンは右足の重心を後ろに持っていく。


 すると、今度は左足で素早い回し蹴りを、山賊の手下の頭部に直撃させる。



「ぐあっ!」



 山賊の手下の体は一回転しながら吹き飛ぶと、地面に倒れてうずくまる。



 背後から近づいてくるもう一人の手下。シャンウィンは分かっていたかのように、相手の頬に裏拳をお見舞いさせる。



「がはっ!」


「く、くそっ!」



 今度は二人の手下がシャンウィンの左右から襲いかかる。片方は大剣、もう片方は両手に斧を持っていた。



 そのままシャンウィンの体を切り刻もうとした時だった。



 シャンウィンは両腕を広げて、一歩も動かない。逃げる様子もなく彼は小さく呟いた。



「ブロイド……!」



 甲高い金属音がぶつかると同時、サンが見た光景は衝撃的なものだった。



 なんとシャンウィンの両腕が相手の振りかざした武器を受け止めている。



 それだけではなく、彼の全身からは黄色いオーラを身にまとっていた。まるで、シャンウィンを守っているかのように。



「なにっ⁉」



 二人の手下が同時に驚愕している。それどころか、その場にいた村人たちも同じ反応をしていた。



「すごい……! もしかして、あれが魔法⁉ 私も初めて見た!」



 隣にいたレーナが魔法という言葉を口にする。もちろんサンも、その単語に聞き覚えがあった。



 この世界に住む種族やモンスター達の体内には、魔力という特別なエネルギーが存在する。



 それらを駆使して扱うのが魔法という技だ。


 その者の魔力量が大きいほど、強さを示していると言われるが、シャンウィンの魔力量――彼の本当の強さは素人であるサンでもかなり理解していた。



 サンは育ての親の戦いを目の当たりにして、ボソリと呟いて笑う。



「あれが、じーちゃんの戦い……!」


「シャンウィン様は噂通りの方だったのね! さすが伝説の人!」



 レーナが気になる事を言って、サンは首をひねる。伝説とは一体どういうことなのか、サンは彼女の顔をじーっと見る。



「レーナ。じーちゃんってそんなにすごい人なのか?」



 サンが問いかけると、レーナが驚いたように声を漏らす。



「えっ、サンは知らないの? シャンウィン様と暮らしてるのに?」


「サンが驚くのも無理はない。恐らく、シャンウィン様の口から聞かされていないのじゃろう」



 片足を引きずりながら近づいてきたのは、レーナの祖父――村長だ。彼はサンの顔を見ながら、真剣な眼差しを向けていた。



「おじいちゃん! 体は大丈夫なの?」



 レーナが心配そうに村長の体を支える。すると彼は鼻で笑う。



「レーナよ。ワシはこの通り、ピンピンしておる! だからそんな心配そうな顔をするでない……でも、顔を殴られた時はかなり痛かったのう」



 村長はしょんぼりした表情をすると、レーナは苦笑いを見せる。その中でサンは真面目な雰囲気を表す。



 レーナが言っていたシャンウィンの噂や伝説とはなんなのか。あまりに気になりすぎて、サンは思わず問いかける。



「村長。じーちゃんには秘密があるの? 例えば……オイラに言えないことが」


「やれやれ……この事は本人から内密だと言われたんだがのう。お前にそろそろ話すべきか。サンよ、これを聞いたら驚くかもしれんが……シャンウィン様はな。かつて、この世界を救った勇者様の仲間だった方じゃ」



 村長から驚きの事実を聞かされた瞬間、サンの体が動かなくなる。思考がしばらく停止し、口が大きく開いてしまう。



 自分を育ててくれた祖父が――勇者の仲間。ようやく我に返り、サンは後ろへ大きく仰け反った。



「え、ええええええ!? じ、じーちゃんが勇者様の仲間?」


「うむ、お前も本で読んだことがあるじゃろ。かつて、この世界が魔界軍と呼ばれる悪しき者たちに侵略されたこと。勇者様が命を犠牲に守った世界。シャンウィン様も勇者様と旅をしながら魔界軍に立ち向かっていたのじゃ」


「じゃあ、サンは偉大な方に育てられたのね」



 レーナが嬉しそうに言うと、サンは顔を地面に向け考える。



「……どうして、じーちゃんは教えてくれなかったんだ?」


「シャンウィン様はずいぶん前に言っておられた。臆病者の自分に功績を自慢する資格はない。ただひっそりと生きたい……とな」


「一緒に世界を救ったのに、どうして臆病者なんだ? じーちゃん、あんなに強いじゃん!」



 村長は首を横に振りながら言った。



「……さあの。しかし、サン。お前さんが思ってるように、ワシも同じことを思っておる。シャンウィン様が臆病者と思おうが、ワシにとっては世界を救った英雄じゃ。だから、安心せい。この村に、シャンウィン様を臆病者と思う人間はいない」


「私も同じだよ! シャンウィン様は優しくて強い……馬鹿にする気持ちなんか、これっぽっちもないよ!」



 村長とレーナの言葉を聞いて、サンは心から喜ぶ。



「ありがとう。村長、レーナ。じーちゃんに何があったか知らないけど、オイラの自慢のじーちゃんであることに変わりない! よーし、オイラも行く!」



 サンが今の話を聞いて、戦いの場へ走り出す。突然の事に、レーナは手を伸ばしてびっくりしている。



「ちょ、ちょっとサン!?」



 もう一度、シャンウィンに視線を移す。



 気づいた頃には、たった一人で山賊の部下たちを倒していた。地面に倒れ込み、痛みに苦しんでいる。



「くっ、くそ……俺たちが手も足も出ないなんて……しかもこんなジジイに!」


「まだ戦おうと言うのなら止めはしない。だが、これ以上……大切な村人たちを傷つけるのなら、私がいくらでも相手になろう」



 普段、優しいシャンウィンが睨んだ表情を見せている。



「このジジイ……この俺が、負けるかああああ!」



 大柄の山賊が、斧を振り回しながらシャンウィンへ突撃した時――。



「じーちゃんに、手を出すな! はああっ!」



 強く飛び上がり、サンは前へ一回転して宙を舞う。そのまま左拳を振り抜いて、大柄の山賊の頬を殴りつけた。



「ぐはっ!?」



 地面に転がり、大柄の山賊はうずくまる。サンは地面に着地すると、胸を張って叫んだ。



「まだ、戦うなら止めはしない。これ以上、大切な村人を傷つけるならオイラがいくらでも相手になるぞ!」



 その台詞に、村人たちは苦笑いを浮かべる。カイルは思わず、



「シャンウィン様の言葉をパクって登場しただけじゃねえか!?」


「オイラもいいところ見せたかったんだ! さあ、じーちゃん! オイラと一緒に山賊たちを懲らしめるぞ!」



 サンが目をキラキラさせてシャンウィンを見る。しかし、彼はこちらの頭に手を置いて言った。



「サン、どうやらもう勝負は終わりみたいだ」


「えっ?」



 大柄の山賊は立ち上がり、部下たちに手招きで合図する。背中を向けると、村人に向けて悪い笑みを浮かべていた。



「覚えておけ……この仕打ちはいつか倍にして返すからな……!」



 早歩きで退散していく山賊たち。彼らの姿が遠くなると、村長が片腕を空へと向ける。



「皆のもの! 今、シャンウィン様が村をお救いになられた。今日は祝福の宴を開こう!」



 村人たちは雄叫びをあげ、シャンウィンの勝利を祝福している。彼に駆け寄る村人たち。戦いを勝利した本人は照れくさそうに笑っていた。



「えーっ!? もう終わりなのか? でも……へへっ、良かったな。じーちゃん」



 サンも心から祝福し、思わず頬が緩むのだった。

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