太陽の旅立ち編

第1クエスト その名はサン

 雲一つない満天の青空。



 太陽が元気に輝いてる天気の下で、少年が対峙しているのは――2メートルある漆黒の熊。目の前の強敵と戦える喜びに、ニヤリと笑う。



「今晩は食わせろおおおお!」



 紅い色模様が溢れる森の大地に右足を力強く叩きつけ、熊に向かって飛び出していく。相手も同じ行動を起こすと、ついに戦いが始まるのだった。



 先程まで、静けさを潜めていた森は一気に騒がしくなる。近くにいた小動物たちもいつの間にか逃げており、誰も戦いの邪魔をするものなどいない。



 遠吠えを吐きながら鋭利な爪をたてる熊は、思い切り右腕を振り下ろした。強烈に思える相手の一撃。食らったらひとたまりもないだろう。



 しかし、この時点で決着は着いていた。



 少年は体を一回転しながら横へと回り込んで回避する。強く握られた強い左拳。熊の真横へ立ったまま、脇腹めがけて正拳突きを放つ。



「はあっ!」



 気合の入った一声と共に鳴り響く重低音の一撃。同時に、相手の体は大きく後ろに飛ばされ地面に転がり落ちた。



 熊はピクリと動かないまま、両手両足をバンザイさせて気絶している。



「やったー! 今夜は豪華料理だ!」



 胸に秘めたワクワクを爆発させた、少年サン。



 オレンジ色の髪に生き生きとした緑の瞳。赤いシャツに白い短パンといった12歳の子供らしい服装に身を包んでいる。特徴的なのは、額に着けている色あせた赤い鉢巻だった。



 高く跳び上がるサン。今までの狩りは祖父の手伝いばかりだったが今日は違う。今回は自分ひとりだけの実力だけで成功させたのだ。



 なぜ、今回の目的を達成させたのか。



 サンは赤ん坊の頃、とある岩山の洞窟近くに捨てられていた。そんな彼を救ってくれたのは心優しい穏やかな祖父だ。怒ったところを見たことは一度もなく、村でも一番の強さを誇っている。そんな祖父に恩返しするため、今回の出来事に至るのだった。



「よーし! さっそくこいつを持ち帰って、じーちゃんに見せてやるぞ」



 体重のある熊を自身の体で背負い、自宅の方角を見つめる。すると、遠くから見慣れた姿が目に映り、サンに向かって手を振っている。



「サンー、何してるのー?」



 こちらへ近づいてくる幼馴染――レーナ。彼女の姿を見て、サンは思わずニヤける。



 紫色の肩まである髪型。白とピンクを基調とした可愛らしい服を着ている。



「レーナ! 見て、これ!」



 背中を向け、黒い熊――通称シッコクグマを見せる。レーナは目を丸くして驚いていた。



「えっ……サン、これどうしたの!?」



「オイラが倒したんだ! 明日、じーちゃんの誕生日だからさ。今まで育ててくれたお礼にって思って晩御飯の材料にしようと思ったんだ! それより、レーナはどうしてここに?」


「うちのおじいちゃんが、シャンウィン様の家に泊まってきなさいって言ってくれてね。明日の誕生日のためにご馳走を作ろうと思ってたの!」



 その事を聞いて、サンは思わず頬が緩んだ。



「そうだったんだな! だったら、このモンスターで今日の晩御飯を作ってくれよ! オイラ、またレーナの手料理が食べたい!」



 対して、レーナは満面の笑みを見せた。



「任せて! 久しぶりに二人のため、私特製のスペシャル料理を作っちゃうんだから!」

「ほんと!? やったぁ! レーナの手料理が食べられるぞー!」


「そうと決まれば、さっそくシャンウィン様の所に帰ろうか。きっとサンがモンスターを倒したこと、びっくりするよ!」



 既にサンはシッコクグマを背負って歩いている。胸のワクワクを抱えながら、目を輝かせるのだった。



 ・・・



 ここはサンの故郷、アパロ村。



 光り輝く太陽を神と崇め、大雨は不幸の証として村の人々から恐れられている小さな村だ。



 この森は、村に隣接している静かな場所。シッコクグマのような危険なモンスターさえいなければ、散歩コースとして村人たちから密かに人気を集めている。



 森の中を10分ほど歩いて、ようやく自宅に着く。ここはアパロ村の奥にある、小さな川沿い。



 玄関の前で立ち止まると、背負っているシッコクグマをゆっくりと地面に下ろして一息つく。



「ふう、さすがのオイラでもコイツは重たかったなぁ」



 この2メートルもある巨体を運ぶのは、さすがのサンでも苦しかった。だが、サンはすぐに元気を見せてニヤニヤが止まらない。



「サン、嬉しそうだね。きっとシャンウィン様、サンの強くなった姿を見て喜ぶよ!」



 隣にいたレーナがその事を言って、サンは思わず彼女に近寄る。



「ほんと!? オイラ、じーちゃんに褒められるかな?」


「もちろん! サンが成長して、きっと嬉しいよ。私もサンの強くなった姿を見て喜んでるんだからね」


「へへっ、ありがとう! 家の前で話すのもあれだし、そろそろ中に入ろうよ! じーちゃん、今なにしてるかな?」


「そうだね。またいつものように……あの本を読んでなきゃいいけど」



 レーナがなぜか苦笑いを浮かべた中、サンは気にせず扉の前に立って、勢いよく我が家の扉を開けようとした瞬間だった。



「た、大変だ! 大変だああああ!」



 家の中へ入ろうとした時。


 

 遠くから男性の叫び声が響き渡る。何事かと思い、そちらへ顔を向けると、一人の男性が血相を変えて走ってきた。



 アパロ村に住んでいる二十代の青年、カイルだ。普段は落ち着いた性格だが、今回は酷く慌てていた。



 息を切らしているカイルは、こちらに気づいて必死な形相を浮かべる。その気迫に、サンは驚く。



「カイル? どうしたんだ、そんなに慌てて!」


「きょ、凶暴な山賊たちが村を襲ってきたんだ。今、村長が奴らを追い返そうとしてるけど、一人だけ強そうな男がいるし、もうどうしたらいいか……」


「村がそんな事に!? おじいちゃん、大丈夫かな……?」



 事情を聞いて、レーナが心配そうな表情を見せた。彼女といえば村長の孫娘だ。どれほど自身の祖父を心配しているのか、サンには分かってしまう。


 拳を強く握りしめ、自分がシッコクグマを倒したことを証明するために決意する。



「それなら、晩御飯の準備をしている場合じゃないな! カイル、ここはオイラに任せてくれ!」


「はぁ!? シャンウィン様が助けてくれるのは分かってるけど、なんでお前まで――」


「オイラも強いから! その証拠にほら、シッコクグマを倒してきたんだ!」



 サンは自信満々に言うと、玄関前に倒れているシッコクグマを見せる。カイルは、口をあんぐりと開けていた。



「す、すげえ……! サン、強くなったんだな」


「オイラも勇者を目指してるんだ! これくらい朝飯前だ!」



 このままだと村が壊滅してしまう。阻止するために早く向かわなければ、そう思った矢先。



「おや、みんな揃ってどうしたんだい? 珍しいね」



 突然、家の玄関から声をかけてくる男性。振り返るとそこには、サンの育ての老人が立っていた。



「じーちゃん!」



 サンが彼の姿を見て、喜ぶ。



 初老の男性が、本を片手に立っている。



 そう、この男こそがサンを育てた老人――シャンウィン。年齢は60代半ば。黒と白髪交じりの短いヘアスタイル。水色の縞模様のシャツと半ズボンを着ており、縁無し丸メガネをかけていた。



 人相から、誰が見ても心優しい老人だということが分かる。



 サンは赤ん坊の頃から、彼に育てられ優しい愛情を受けて生きてきた。


 そして、サンはシャンウィンの持っていた本に気付いて指をさす。そこには、女性の水着写真が写っていた。



「あー! じーちゃん、またムフフな本を読んでたな!?」



 目を丸くして叫ぶサンに対し、シャンウィンは慌てて玄関にある棚の上へ本を置く。



「ご、ごほん……サン、そのシッコクグマはどうしたんだい?」


「ごまかしたなスケベ……オイラが倒したんだ!」


 するとシャンウィンは、気絶したシッコクグマの近くへ行き、



「ふむふむ。このシッコクグマは子供のようだが、サンがここまで強くなるとは……」


 シャンウィンは落ち着いた雰囲気で興味津々のようだ。サンが知らない事実に耳を傾けるも、そんな場合ではない。


 サンは、自身の養父に思いきり近づく。


「それより、じーちゃん。悪い山賊たちが村を襲ってきたらしいぞ! 早く行かないと!」


「ほう、それは本当かい? こんな辺境の村に来るとは珍しいものだね」


「頼む、シャンウィン様。俺たちの村を助けてくれ! 頼れるのはあんたしかいないんだ!」



 カイルは目で訴えかけるようにシャンウィンに体を近づけさせていた。頼まれた本人は笑顔を見せ、村のピンチだと察したのか、深く頷いた。



「カイル、知らせてくれてありがとう。事情は分かった、私たちも急ごう。村長たちの身が心配だ」



 シャンウィンの瞳は真剣さを表し、これから起こる出来事に対して警戒しているようだ。彼の様子に、サンも自然と背筋が伸びてしまう。すぐに、サンは村への方角を見つめるのだった。




「よーし! それなら早速、オイラとじーちゃんで山賊たちをやっつけるぞ!」



 意気込むサンだったが、隣にいるレーナは不安げな表情を見せていた。そんな彼女を安心させるかのように、シャンウィンは優しく声をかける。



「大丈夫だよ、レーナ。村人は誰も殺させない」


「は、はい。ありがとうございます!」



 サンは先頭を切って、森を駆けていく。その後ろを追いかける形で、他の三人は森の中を突き進むのだった。

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