太陽のブレイバーズ~勇者を目指す少年の軌跡~

カズタロウ

太陽の旅立ち編

第1クエスト その名はサン

 光り輝く太陽を神と慕う――アパロ村。大雨が降ると不幸の証として、村人から恐れられている。かつて捨て子だった少年は、赤ん坊の頃から養父と一緒に暮らしている。これまで育ててくれた養父――祖父にあるものを証明するため、村の近くに位置する森へとやって来た。


 落ちている葉と枝を踏みしめ、小動物たちが元気よく駆け回る――たった一匹を除いては。


 今日、少年は目の前にいる猛獣と戦うために森の中心部にたどり着く。普通の動物より危険な存在、モンスター。


 少年が草茂みに隠れながら見つめる先にいる図体のでかい黒い熊がそうだ。通称シッコクグマは周りに餌になりそうな小動物がいないか探している様子。


 少年は顔を覗かせながら笑みを浮かべるとボソッと呟く。


「今晩のご飯はあいつだな……!」


 胸に秘めたワクワクを募らせている少年サン。


 オレンジ色の髪に生き生きとした緑の瞳。赤いシャツに茶色の白い短パンといった12歳の子供らしい服装に身を包んでいる。特徴的なのは、額に着けている色あせた赤い鉢巻だった。


 サンは拳をグッと握ると、勢いよく茂みから飛び出す。こちらの存在に気づいたシッコクグマが唸りをあげて、鋭い睨みをきかせている。


「グルルルル……!」


 サンは楽しい表情を見せ、戦いの姿勢を構える。シッコクグマは危険を察知したのか、口元にヨダレを垂らしながら両腕を天高く上げている。


 向こうがやる気満々だというのを知ったサンは、右足を地面に強く叩きつけた。


「今晩は食わせろおおおお!」


 サンが飛び出すと、相手も同じ行動を起こす。遠吠えを吐きながら鋭利な爪をたてるシッコクグマは、思い切り右腕を振り下ろした。強烈に思える熊の一撃。食らったらひとたまりもないだろう。


 しかし、サンは体を一回転しながら横へと回り込んで回避する。強く握られた強い左拳。シッコクグマの真横へ立ったまま、脇腹めがけて正拳突きを放つ。


「はあっ!」


 気合の入った一声と共に鳴り響く重低音の一撃。同時に、相手の体は大きく後ろに飛ばされ地面に転がり落ちた。


 シッコクグマはピクリと動かないまま、両手両足をバンザイさせて気絶している。サンは思わず喜びを爆発させた。


「やったー! 今夜は豪華料理だ!」


 高く跳び上がるサン。今までの狩りは祖父の手伝いばかりだったが今日は違う。今回は自分ひとりだけの実力だけで成功させたのだ。


 なぜ、今回の目的を達成させたのか。


 サンは赤ん坊の頃、とある岩山の洞窟近くに捨てられていた。そんな彼を救ってくれたのは心優しい穏やかな祖父だ。怒ったところを見たことは一度もなく、村でも一番の強さを誇っている。そんな祖父に恩返しするため、今回の出来事に至るのだった。


「よーし! さっそくこいつを持ち帰って、じーちゃんに見せてやるぞ」


 シッコクグマを自身の体で背負い、自宅の方角を見つめる。すると、遠くから見慣れた姿が目に映り、サンに向かって手を振っている。


「サンー、何してるのー?」


 こちらへ近づいてくる幼馴染――レーナ。彼女の姿を見て、サンは思わずニヤける。

 紫色の肩まである髪型。白とピンクを基調とした可愛らしい服を着ている。


「レーナ! 見て、これ!」


 背中を向け、シッコクグマを見せる。レーナは目を丸くして驚いていた。


「えっ……サン、これどうしたの!?」


「オイラが倒したんだ! 明日、じーちゃんの誕生日だからさ。今まで育ててくれたお礼にって思って晩御飯の材料にしようと思ったんだ! それより、レーナはどうしてここに?」

「うちのおじいちゃんが、シャンウィン様の家に泊まってきなさいって言ってくれてね。明日の誕生日のためにご馳走を作ろうと思ってたの!」


 その事を聞いて、サンは思わず頬が緩んだ。


「そうだったんだな! だったら、このモンスターで今日の晩御飯を作ってくれよ! オイラ、またレーナの手料理が食べたい!」


 対して、レーナは満面の笑みを見せた。


「任せて! 久しぶりに二人のため、私特製のスペシャル料理を作っちゃうんだから!」

「ほんと!? やったぁ! レーナの手料理が食べられるぞー!」

「そうと決まれば、さっそくシャンウィン様の所に帰ろうか。きっとサンがモンスターを倒したこと、びっくりするよ!」


 既にサンはシッコクグマを背負って歩いている。胸のワクワクを抱えながら、目を輝かせるのだった。


「レーナ、早くおいでよ! へへっ、楽しみだなぁ」

「って、いつの間に!? しょうがないなぁ、ふふっ」


 後ろでレーナが微笑んでいるが、サンは気にしない。今は家にいる育ての親がどんな反応を示すか楽しみでしょうがなかった。



 ・・・



 森の中を10分ほど歩いて、ようやく自宅に着く。ここはアパロ村の奥にある、小さな川沿い。玄関の前で立ち止まると、背負っているシッコクグマをゆっくりと地面に下ろして一息つく。


「ふう、さすがのオイラでもコイツは重たかったなぁ」


 この2メートルもある巨体を運ぶのは、さすがのサンでも苦しかった。だが、サンはすぐに元気を見せてニヤニヤが止まらない。


「サン、嬉しそうだね。きっとシャンウィン様、サンの強くなった姿を見て喜ぶよ!」


 隣にいたレーナがその事を言って、サンは思わず彼女に近寄る。


「ほんと!? オイラ、じーちゃんに褒められるかな?」

「もちろん! サンが成長して、きっと嬉しいよ。私もサンの強くなった姿を見て喜んでるんだからね」

「へへっ、ありがとう! 家の前で話すのもあれだし、そろそろ中に入ろうよ! じーちゃん、今なにしてるかな?」

「そうだね。またいつものように……あの本を読んでなきゃいいけど」


 レーナがなぜか苦笑いを浮かべた中、サンは気にせず扉の前に立って、勢いよく我が家へと入る。


「じーちゃん、ただいまー!」


 木造の家に入ると、そこは見慣れたリビングだった。部屋の奥に暖炉があり、暖かい気温が感じられる。


 天井には白い電気のランプが点いており、周りを照らす。中央の長細い木目調テーブル、そして木の椅子に座っている1人の初老の男性。彼は真剣な眼差しで雑誌を読んでいた。


「ふむ……この子も捨てがたいな。だが……」

「むっ。また読んでるな」


 サンは頬を膨らませ、少しだけムッとする。育ての親である祖父が、こちらに気付かず本を読んでいる事に対して、少しだけ拗ねるのだった。


 せっかく今日という出来事を伝えるために頑張ってきたのだ。無理やりでも祖父に気付かせるために、サンは彼の元へ近づく。


 すたすた、と早歩きで目の前まで近づくとやはり気付いていない。サンは祖父の耳元に口を近づけて息を大きく吸う。次の瞬間、口を大きく開いて拳をグッと握りしめた。


「帰ったぞおおおお!」

「うおっ!?」


 祖父は大声に驚いた様子で、椅子から転げ落ちそうになる。目を大きく開いて、なんとか体勢を立て直すと、ようやくこちらに気付いた。


 「さ、サン。帰ってたのかい、いつからそこに――」

「さっきだよ、このスケベ」


 サンが視線を変えた先は、祖父が手に持っていた女性の水着写真集。彼の細めた両目に気づいたのか、育ての親は慌てた様子で本を隠す。


 この男こそがサンを育てた老人――シャンウィン。黒と白髪交じりの短いヘアスタイル。白と黄色を基調としたシャツを着ており、縁無し丸メガネをかけていた。

 その人相から、誰が見ても心優しい60代の老人だということが分かる。


「そ、そうだったのかい。サン……今のは見なかったことに――」

「やだよスケベ」


 シャンウィンをじーっと呆れた目で見つめるサン。困り顔の祖父。すると、レーナが苦笑いを浮かべて言った。


「ま、まあまあ。シャンウィン様だってたまにはそういう趣味も楽しんでて……ね?」

「そうさ。私もたまにはこういう本を楽しんで――」

「やっぱりスケベじゃん」


 サンが真顔で言葉を放つと、シャンウィンは何も言い返せないようだ。


「うっ……そ、それより。今日は帰りが遅かったね。どこまで散歩してたんだい?」

「……あ、そうだった! じーちゃん、今日はレーナも来てるよ!」


 さっきの慌てた表情とは一変。シャンウィンは微笑みながら、


「今頃、伝えなくても分かってるさ。レーナ、いらっしゃい。今日は泊まりに来たんだね、歓迎するよ」

「お邪魔します、シャンウィン様。今日はお世話になります。そして、明日の誕生日おめでとうございます!」

「ありがとう。毎年の事だが私ほどの男が皆に祝ってもらえるなんて、こんな嬉しいことはないよ」

「何言ってるんだ! みんな、じーちゃんの事が好きなんだから当たり前じゃん!」


 サンが嬉しそうに言うと、シャンウィンは彼の頭を優しく撫でてくれる。


「サンもありがとう。今日、出かけたのも私のために何かしようとしていたんだね?」


 こちらの様子を眺めているレーナが微笑ましそうに言った。


「シャンウィン様。良かったら、外に出てみてください。今日はサンが今まで頑張った日なんですよ」

「じーちゃん! オイラ、森の中でシッコクグマを倒してきたんだ。しかも一人で!」

「ほう、それは本当かい?」


 シャンウィンがメガネの位置を人差し指でかけ直すと、サンは胸を張った。


「嘘だと思うなら、外を見てくれ! きっとびっくりするぞ!」


 シャンウィンはゆっくりと椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。革靴を履いて扉を開くと、彼は外に出て立ち止まった。


 シャンウィンが見つめている先は――地面に倒れ、気絶しているシッコクグマ。彼は真剣な眼差しで、サンが持ってきたモンスターを覗き込むように観察していた。


 すると、独り言を呟きながらとある言葉がサンの耳に入った。


「ふむ……このシッコクグマはまだ子供だが、サンがここまで成長するとは」

「今日はじーちゃんのために、ご馳走を用意しようと思ってたんだ! オイラ、すごいでしょ?」


 サンが誇らしげに言うと、シャンウィンの手がこちらの頭に置かれる。そっと撫でてくれて、心地よさを感じてしまう。


「サン、努力を怠らず成長したね。私のために食材を調達してくれてとても嬉しいよ。ありがとう。明日は今までより、最高の誕生日会になりそうだ」

「へへっ、やった」


 サンは照れくさそうに笑って喜ぶ。

 後ろにいたレーナも嬉しそうに笑みを浮かべながら、


「良かったね、サン。さて、夕方までもう少しだからそろそろカレーの準備しようかな! 今日は二人のためにたくさん作っちゃうんだから!」

「レーナの手料理、楽しみだなぁ! じーちゃんもそう思うでしょ?」


 サンが問いかけるとシャンウィンは頷く。


「……ああ、そうだね。私も久しぶりにレーナの手料理が食べたいよ」

「じーちゃん、どうしたんだ? そんな顔して」


 シャンウィンの表情をよく見ると、何か考え事をしているようだった。彼は首を左右に振ると、サンを寂しそうな瞳で見る。


「サン……話があるんだ。よく聞いてくれ、お前さんが成長したら――」

「しゃ、シャンウィン様ー! 大変だー!」


 シャンウィンの言葉を遮るほどの遠くから聞こえる大声。サンは思わず驚いて視線を変えると、誰かがこっちに走ってくる。


 アパロ村に住んでいる二十代の青年、カイルだ。彼は顔中に汗を垂らしながら、サン達の目の前で地面に膝をついた。


 その場にいた全員がカイルに近づき、一斉に顔を覗くようにしゃがみこんだ。


「カイルじゃないか。一体、そんなに慌ててどうしたんだい?」


 シャンウィンが尋ねると、カイルは息を切らしながら顔を上げた。


「む、村に山賊たちが襲ってきたんだ。今、村長が奴らを追い返そうとしてるけど、一人だけ強そうな男がいるし、もうどうしたらいいか……」


 事情を聞いて、レーナが心配そうな表情を見せた。


「村がそんなことに!? おじいちゃん、大丈夫かな……」


 レーナといえば村長の孫娘だ。彼女がどれほど自身の祖父を心配しているのかサンには分かってしまう。

 そして、カイルは目で訴えかけるようにシャンウィンをじっと見つめていた。


「頼む、シャンウィン様。俺たちの村を助けてくれ! 頼れるのはあんたしかいないんだ!」

「じーちゃん、オイラたちも早く村に行こうよ! このままだと、村のみんなが!」


 そこにいた者たちがシャンウィンを見つめる。すると彼は、カイルの肩に手を置いて微笑む。


「カイル、知らせてくれてありがとう。私たちも急ごう。村長たちの身が心配だ」


 シャンウィンの言葉で全員が立ち上がる。サンは村への方角を見つめ、先頭を切って走っていくのだった。

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