第17話 美学研究部として
賭博場を潰した俺達は報告のため、風紀委員室へ向かう。
時刻はもう既に夕暮れ、夕日が眩しく廊下にさす。
こんなに明るいのに、後ろのコモリンの表情は暗い。
見てるとこっちの方が滅入りそうになる。
俺は視線を後ろに向ける。
「なぁ、いい加減機嫌直せよ? 注文通り……とはいかなかったが、賭博場潰して、六天王の一人は大人しくさせられた。これに何の不満あるんだよ?」
「~~~!! あんたって奴はどうしてッ!! ……いや、何でもない」
途中でコモリンは激昂するが、唇を強く噛んで言うのを思いとどまる。
多分、自分のためにやったことの結果なので、自分は文句が言える立場にない……とでも思ってんだろうよ。
全くいらん気を使いやがって。
俺はボリボリと頭を搔く。
「全部俺が勝手にやったことだ。責任も全部俺にあってコモリンには一切責任ねぇよ。コモリンは俺が勝手に暴れた賭博場を取り締まった優秀な風紀委員――俺とは一切関係ない。だから……その……まぁ、気に病むな」
「……慰め下手、よっぽど褒め慣れてないんだな」
「ほっとけ!?」
鼻をすすりながら、冷静にツッコミしてくるコモリン。
「こいつ、人がせっかく慰めてやろうと――」
「落ち込んでたのはあんたのことじゃないよ」
声を被せるようにコモリンの声色が弱弱しいものとなる。
俺はそれを黙って聞く。
「最初ボクは何こいつと思ったけど、後から冷静になってみれば、あんたはちゃんとルールに則って勝った。ただ、ルールの抜け穴を使っただけで――だからあんたには落ち度はないよ」
コモリンの歩みが早くなり、俺の隣に並ぶ。
「ただ知らなかったことが悔しかった。ルールをしっかりと守ってても、不利益を被ることがあるってことが、だってそれじゃ、ルールを守ってる人達が馬鹿みたいじゃないか?」
顔が見えなくなるまで、コモリンは前へ歩く。
「ボクは……ルールを守らせる、取り締まる立場の意味がわかなくなったよ。ねぇ、ルールって何のためにあるの?」
表情は分からない、だが今にも泣きそうな声音だった。
それはあまりにも大きすぎる傷だった。
俺が与えてしまったのは、風紀の鏡を……ルールの番人たるコモリンが、ルールを守ることへの疑問を抱いてしまう出来事を見せてしまったこと、自分の美学を失うことだった。
これは多分、いや俺が絶対に解消しなければいけない案件のようだ。
何故なら俺は自分のアイデンティティーを貫くために、日々鍛錬、研究する部活動……美学研究部に所属している一人だからな。
自分の確たる美学をもった誰かを放って置いたら、俺の幼馴染様に怒られてしまう。
スゥと俺は息を吸い込み、言葉を口にする。
「俺はルールを守る奴がバカだとは思わない」
「ルールを破ってるあんたが言っても説得力ないな」
呆れたようにコモリンから、ため息をつかれる。
この言葉は想定内だ、次の言葉を紡ぐ。
「ルールを破る俺だから言えるんだ。ルールを守らない奴にはルールに守られる資格なんてない。だってそうだろう? ルールを守ってやってるのに、ルールが守ってやらないってのは不公平じゃないか? だからルールはお前らを守るべきだ」
「……あんたはルールに守られてなくてもいいと?」
俺は胸を張って堂々と宣言する。
「必要ないね! 俺は俺の美学のために動く、周りがどうとか、ルールがどうとか関係ねぇ。やりたいようにやる、それで自分が不幸を被っても俺がやったことだ、悔いはねぇ!」
自分の美学、それは百合を守り、百合を愛でること。
そんな百合豚でいることに後悔したことはないし、これからする気もさらさらない。
いくら白い目で見られようと、それが俺だ。
こんな自分が嫌いじゃないし、信念を曲げて生きるのも、他人に譲歩して生きるなんて真っ平だ。
俺は最後の言葉を口に出す。
「俺は自分が信じた美学のためなら死ねる。コモリンは違うのか? ずっとコモリンだけが周りに関わるのをやめたほうがいいと言われても構わず、俺らを注意してきた。それは譲れない何かがあったからじゃないのか? ルールが正しいと、ルールが自分を守ってくれると信じてたから突き進んでこれたんじゃないのか?」
「……」
数秒ほどの沈黙、そしてクスクスとコモリンが笑う声が漏れた。
「いきなり熱くなったかと思ったら、ボクをそんなに買いかぶっててくれてたのか? 全く、一年近くの付き合いだというのに、あんたは相変わらず分からないな」
「……うっせ」
自分らしくもなく、熱く語りすぎだ。
俺はふざけてるくらいが丁度いいってのによ。
あぁ、超ハッズ!
もう二度とやらねぇ!!
腹を抱えて笑うコモリンは一呼吸おくと、こちらに笑顔で振り返る。
「ありがとう、ボクはボクのままでこれからも頑張るよ。だが、いいのか? そうなるとずっとお前たちを注意し続けることになるぞ? いつかあんたらの部活を解散させる」
ニヤニヤとこちらを馬鹿にしたように笑うコモリン。
俺は、ハッと鼻で笑う。
「コモリンのくせに生意気だな? やれるもんならやってみろよ――返り討ちにしてやる」
お互いにプッと吹き出す。
結局元鞘ってことだな。
俺達はルールに抗うし、コモリンはルールを守らせようとする。
これでいい、これが譲れない美学同士の高め合いというもの……らしいからな、部長曰く。
まぁ、少しは元気になったのなら良かった。
「そんな暗い顔で委員長様に愛の告白も出来ないからな、やはり笑顔でいるのがいい」
「そうそう、これから委員長にこくは――何て?」
目を点にするコモリンは俺見て固まる。
俺はこれからの展開を想像し、自然に笑みがこぼれてしまう。
「何って告白だよ♪ 大きな手柄を手に、夕暮れの狭い風紀委員室の二人! そして大好きなあの人へ熱烈な告白! ずっと前から好きでしたっと! あぁ、最高にいいシチュエーションじゃあ~ないか!!」
ブンブンと首を勢いよく横に振るコモリン。
「ちょって待て!? ボクは手柄が欲しいとは言ったが、告白するなんて一言も言ってないぞ!? それにこういうのは事前の準備、心の準備だって――」
「うるせぇ! 行こう!」
「少年漫画風に言われても、無理なものは無理だって!? ちょ、引っ張らないでよ!?」
俺はイヤイヤと行くのを躊躇うコモリンを、無理矢理引きずって風紀委員室まで歩みを進ませる。
「やっぱあんたに頼ったのは間違いだったぁぁ!!?」
コモリンの絶叫が廊下に響くが俺は気にしない。
もうお預けくらいすぎて気がどうにかなりそうなんだ。
早く甘酸っぱい百合を俺に見せてくれ!
俺は壁と一体化し、静かに見守ってやるから!!
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