第16話 賭けの清算

 騒ぎのせいで客(不良生徒)がほぼいなくなった賭博場。


 今意識があるのは喧嘩に参戦しなかった非力のスタッフ、そして俺達三人だけだ。


 ゆっくりとニコニコと笑いながら、戸隠に近づく。


「じゃあ、そろそろ賭けの清算といこうか?」


「せい……さん?」


 戸隠は目の焦点が合わない虚ろな目でこちらを見る。


「二百万の勝負で勝ったんだから、あんたから二百万貰うのが当たり前だよな? あんたの所持金は最初の宣言で百万だと分かってる。まぁ、学生でしかもこんなに小さな賭博場で稼いだにしては良く稼いだ方だよな――けど、残り百万はどうするつもりだ?」


「あ……あ……ぁ……」


 あまりにも多額な金額と、精神的なショックがデカすぎて全く呂律が回っていない。

 ガタガタと体を震わせ、戸隠の顔は段々と青白くなっていく。


「最初の勝負で儲けた十万を足しても、残りは九十万、全く足りねぇよな? どう払うつもりなのかにゃ~?」


 俺は膝を曲げ、戸隠と目線を合わせて微笑む。

 近づいてより一層顔色が悪くなり、もう戸隠の顔は青を通り越して紫に近い肌色をしている。


「ねぇ、俺聞いてるんだけど? もしも~し?」


「ひぃ……」


 手を戸隠の前で、フリフリすると殴られると思ったのか、ビクビクと震えながら戸隠は後ずさる。


 その様子を見かねたのコモリンが、俺の手を掴んだ。


「お、おい……もういいだろ? 流石にやり過――」


「黙ってろよ小守」


 横から口を挟もうとした小守を、ギロリと睨むと俺を掴んだ手をコモリンは思わず離してしまった。


 立ち上がって、俺は戸隠を指さす。


「こいつは俺から金を巻き上げようとしたんだぞ? だったら俺が同じことをしても良いだろ? 巻き上げていいのは巻き上げる覚悟がある奴だけだ、違うか? あ゛?」


 静かに追い詰める俺にビクビクと震える戸隠。

 すると、戸隠の前に二人のバニーガールが割って入る。


「後輩君、ちょっと待ってくれないかな?」


「後輩ちゃん、ちょっと……タンマ」


 染めた光沢ある金髪を団子にした白バニーガールに、もう一人はサラサラな銀髪以外そっくりな黒バニーガールの双子を見て、俺はため息をつく。


「琴子先輩、吟子先輩、あんたら受験生でしょうが? こんな所で何やってんすか?」


 この二人は顔見知り……元美学研究部所属の姉妹だ。


 金髪の方が元部長で姉、三年の早乙女琴子先輩。

 銀髪が元副部長で妹、同じく三年の早乙女吟子先輩だ。


 二人は自分の頭に手を当ててアハハと苦笑いする。


「いや~受験のストレス? ってやつ?」


「一発当てる、ストレス解消! 駄菓子菓子」


「借金抱えて、ここで働かせられてる……と」


「「……イエス」」


 コクリとうなづく二人、俺は頭を抱える。

 呆れてものも言えない。


 俺は思考を切り替えて、二人に向き合う。


「借金抱えてるなら良かったじゃないですか? 今度は俺が借金させてる立場になるんですから、顔馴染みのよしみで帳消しにしますから、とりあえず、そこどいてください」


「いやいや、怒りは重々分かるけど、今回は待って欲しいっしょ」


「タイム、タ~イム」


 二人が手をクロスしてダメと抗議してきた。

 俺は腕組みして、冷めた目で二人を見やる。


「じゃあ、俺が待ってやる正当な理由が、二人にはちゃんとあるんでしょうね?」


「もち!」


「イエ~ス」


 二人は親指をグッと立てた。


「今回の件はうちらが戸隠っちに、責任はしっかりと取らせるんで、全部任せて欲しいっしょ」


 琴子先輩はバニー服からこぼれそうな大きな胸を張る。


 目のやり場に困るんだよな……。

 百合のイチャイチャだったら、ガッツリ見るのに。


 えっ? 百合なら何でセーフかって?


 それは単純明快!

 百合を性的に見るな不調法者が!!

 まぁ、つまりはそういうことだ!!!


 ……話がそれたな、元に戻そうか。


 俺が吟子先輩に視線を向けると、ポンと肩を叩かれる。


「任せてトナイト」


 相変わらず意味が分からない二人だ。


 琴子先輩の謎の自信はどっから来ると言いたくなるし、吟子先輩の合いの手が絶妙にうざさを醸し出す。


 部活にいた頃と何も変わってないないな。


 俺は一つ一つすり合わせするために質問していく。


「俺が勝ったお金は?」


「出世払いで♪」


 両手を合わせてお願いする琴子先輩。


「……ここの諸々の処理は?」


「後輩ちゃん、オナシャス♪」


 ウインクする吟子先輩。


「じゃあ二人は何するおつもりで?」


「「戸隠っちの監視ッ!」」


「話にならん、やっぱそこどけ」


「「ちょっと待って!?」」


 ズルズルと俺のズボンを引っ張る二人。

 俺のズボンが脱げるから手を放せ、アホども。


「お願いだよ~戸隠っちは、ちょ~と悪ぶってる小悪党だけど、ボーナスはよく弾んでくれたし、そんなに悪い子じゃないんだよぉ~」


「アイス、お菓子、感謝の恵み! ありがてぇ!」


「分かった! そいつがそんなに悪い奴じゃないってことだけは分かったから! 一旦ズボンから手放せ!?」


 俺は二人が手を放したズボンをいそいそと直す。

 しばしの熟考、そして俺は大きなため息をつく。


「非常に……ひっじょ~に不本意だが! 二人には部活でもお世話になったし、これは貸しにしときます」


「やった~♪ 後輩君ちゅき~♪」


「感謝、圧倒的感謝♪」


 嬉しさのあまり、ピョンピョンと跳ねる兎達の胸がユサユサ揺れる。


「全く、気軽に男に好きとか言わないでくれっての、好きは大事な女の子にだけ使ってくれとあれ程口酸っぱく教え……もういいや」


 これ以上二人を見てると精神が持たなそうなので、とりあえずコモリンを見た。

 ちゃんと制服を規定通りに着こなし、肌の露出も全然ない、目に毒なこの場においてオアシスのようだ。


 あぁ……安心する……。


 瞬間、キッと睨まれた。


「今ボクの小さい胸見て笑ったな!」


「それはいくら何でも被害妄想しすぎだッ!?」


 体を庇うように後ろへと後退するコモリン。


 やっぱこいつに関わる全てが、俺をイライラさせる。

 他にもこれからするだろう面倒な処理を想像し、嫌になってくるぜ――早々に事を済まそう


「おい、戸隠」


「ひ、ひゃい!?」


 俺が自分の処遇にビクついた戸隠を指さす。


「先輩達にお前の身柄を預ける。その二人の命令は俺の命令だと思っておけ。逆らったりしたら借金全額耳揃えて返してもらうから、そのつもりで」


「わ、分かりんした……従いますわ」


「じゃあ、行こう戸隠っち♪」


「時間は有限、時は金なり♪」


 戸隠の背中を押し、二人の先輩はご機嫌に帰っていく。

 そしてコモリンはご機嫌で近寄ってくる。


「フフフ♪」


「……何だよ、いきなり笑って気色悪い」


「いや? あんたにも先輩との借りを返す何て殊勝なこと出来たんだなぁってさ?」


 そう言うと、良助はほくそ笑む。


「うん? あぁ、そういえばそういう設定だったな?」


 小守は良助の言葉に首を傾げる。


「設定? ……いや、だってさっき――」


 その時、小守は見た……見てしまった。

 現旧美学研究部の三人が、神など信じない底意地の悪そうな、邪悪な笑みを浮かべていたことを……。


 唾をゴクリと飲み込む。


「……ねぇ、質問いい? あんたが勝負してる時のディーラーって――銀髪の先輩じゃなかった?」


「あれ? そうだったけ?」


 とぼけたように良助は首を傾げた。

 ボクは重ねて質問する。


「…………事前に電話かけてたよね? 誰に電話かけてたの? もしかして、あの先輩達?」


「電話の相手何て誰だってよくない?」


 しらばっくれる百花良助。

 ――追及を続ける。


「それに――机の下で渡されたスマホに兎が飛んだってメッセージが来たら、あんたの体を揺すれって指示は、どういう意図があったの? 何の合図だったの?」


「……はて? 身に覚えがないな~」


 こいつは答えず、上機嫌なまま帰路につく。


 考えたくはなかったが、そう例えば……例えばだ。


 こいつが、あの二人と共謀し、途中まではピンチを演じる。


 勝利の連続に機嫌が良くなった戸隠先輩との、次にする大きな勝負へ持っていくために……。


 そして最後の最後でディーラーのカード操作で、戸隠先輩を負けさせ、多額の借金を背をわせて言う事を聞かせることこそが、本当の狙いだったとしたら?


 最初から仕込まれている出来レースだったら?


 不信感、疑惑は点と点が繋がっていく。


 そして確信へと変わる……変わってしまった。


 あぁ……やっぱりこの男は、ルール内で戦う気など、さらさらなかったのだと……。


 ボクは軽蔑の目を向けざるをえなかった。


「――イカサマ野郎」


「何のことか、わ~かり~ませ~ん♪」


 まるで悪魔のような男はニタニタと笑う。


 ボクは今更ながら後悔している。

 掴んだこの手は――悪魔の手だったのではと。

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