風紀委員編

第12話 コモリンの恋愛事情

 とある日の部室。

 俺は部室で、ぐでぇとだらけていた。


 今日は機市がスマホゲー運営会社からのヘルプ。

 部長は今度出す新刊の打ち合わせ。

 桃恵は今度自分が開く展覧会の下見に行ってしまって、部室には誰もいないのである。


 それはまだいい……そんなことよりも今は……。


「百合が足りない……」


 そう最近、俺は百合百合しいイベントに遭遇していない。


 どっかのツンデレヒロインが暴走したのをフォローしたり、クールヒロインが馬鹿なことしたの止めたりと多忙を極め、百合を愛でる時間が全く取れず、俺のアイデンティティーの百合豚としての活動が出来ていないのである。


 百合豚は定期的に百合を摂取しないと死ぬのだ。

 あぁ……誰か俺に百合を……。

 百合……百合……百合……。


 百合不足で干からびそうになっている所にガラガラと部室の扉が開く音が響く。


「今日こそ観念しなさい美学研究……ってあれ? あなた一人だけ?」


 入ってきたのは、風紀委員二年の小守風香だ。

 毎度毎度、部活解散を進言しては俺達に言い負かされてすげすげと逃げ帰るかわいそうな生き物だ。


 そして、今宵もまた負かされに来たのだろう。

 だが、今は相手するのすら面倒、なので一言で済まそう。


「そうだよコモリン。だから帰っていいよ」


「コモリン言うな!? あと帰らない!」


 コモリンがギャーギャーと喚き散らす。

 もういつものやり取りとかしていたので、俺は飽きてうつ伏せになる。


 暇な時間はコモリンで埋められても、百合の隙間は百合でしか埋められないんだよなぁ……。


「相変わらず使えないコモリンだ」


「ボク今何で暴言吐かれたの!? ねぇってば!?」


 ウガァと俺の体を揺すり起こそうとするコモリン。

 相手するの面倒


「……はぁ、全くあなた達は相変わらずだな」


 しばらく無視を続けると、いつものように諦めたのかコモリン扉に手をかけ、帰ろうとする。


 その去り際、俺は確かに見て……聞いた。


「……こんなんじゃ、いつまで経っても委員長に認めてもらえないよ」


 ボソリとコモリンが呟いた言葉は俺の意識瞬時に覚醒へと至らせた。


 おい、何だ……その恋する乙女の表情は?


 だが、ただの恋じゃないな……何かしらの障害がある恋。


 例えるなら甘酸っぱいレモンの中に、少しのレモンの苦みを内包したような、愁いを帯びた瞳。


 ピコンと長年培った俺の百合センサーが反応した。

 俺には分かる……これは……フレッシュな百合の気配!!


「ちょっと待て、コモリン」


 俺は勢い良くガバッと立ち上がり、コモリンの肩を掴む。


「えっ、何!?」


 コモリンは突然声かけられたことに目を白黒させていた。


「答えろ……認められたいってのは女子か? その委員長様は女子なのかと聞いている!」


 両手をコモリンの肩に乗せ、俺は瞳を真っすぐ見つめる。


「風紀委員長は女子だけど……じゃなくて!? 盗み聞き何て趣味が悪い! ――だ、第一! ボクが委員長にどう思われていたいかなんて、あなたには関係な――」


「答えろ……いや答えて下さいお願いします!(血涙) その質問の答えによっては俺が生きるか死ぬかが懸かってるんだ!」


「何故、僕への質問に生き死にが懸かってるの!?」


 コモリンは少し考え、戸惑ったような目で見てくる。


「誰にも言わないと約束できるか?」


「内容次第……とだけは言っておく」


 俺ははぐらかすようにそう言うと、コモリンはため息をつく。


「……相変わらず、信用していいものか分かりかねるな――だが、退学から助けてもらった借りもあるからな」


 コモリンは照れくさそうに頬を掻く。


「確かに僕は委員長が好きだ。一年の頃からの憧れの人で、僕の……一方的な片想いなんだ」


 ドクンと心臓が大きく跳ねる。


 あぁ……久し振りの、この高揚感!


 これは極上の…………百合の空気!!


「おかしいだろ? 僕は女なのに……女の子を好きになっちゃったんだ。笑ってくれも構わないぞ?」


 はにかんだ笑みをコモリンは浮かべる。


 来た……来た来た来た!!!


 俺は神に感謝するように両手を合わせて合掌する。


「可笑しくない……可笑しくなんてないさ……恋する乙女を……恋の蕾が咲くことを誰が阻めるというのだろうか」


 俺はその時始めてコモリンに心の底から笑い返す。

 コモリンは俺の笑顔を見て顔を引きつらせる。


「お……おい? 何か普段僕には絶対に見せないような良い笑顔をしてるぞ? 大丈夫か?」


「大丈夫ッ! むしろ元気貰ったありがとうコモリン! これであと百年は生きられる!!」


「どこまで長生きするつもり!?」


 コモリンの突っ込みが入るが、俺はテンションがアゲアゲで聞いていられない。


 そうかそうか(感動)


 コモリンは百合の者だったか(感謝)


 それならそうと早く言えばいいのに♪


 一年の頃から好きだったのに気付けなかったとは俺の百合センサーもまだまだだな。


 いや、もしかしたら百合断ちしたおかげで百合豚として新たなステージに立ったのではなかろうか?


 これが俺のシックスセンスならぬユリーズセンスッ!!


「おい、本当に大丈夫か?」


 コモリンは哀れな者を見る目でこっちを見てくる。


 ……馬鹿なことやってないで、本題に入るか。

 今は百合が最優先事項だ。


 俺はコモリンの手を取る。


「良いだろう。俺が委員長に認められるように協力しようじゃぁ~ないかッ!」


 拳を俺は天高く掲げる。

 パァとコモリンは表情が明るくなった。


「じゃあ部活をやめ――」


「それは無理」


「ムゥ……」


 言い切る前に否定すると、がっかりだと言わんばかりにふくれっ面になるコモリン。

 意外と可愛いなこいつ、それを委員長様にも見せてやれば落ちないわけないだろうに、一体どんな堅物だっての。


 俺は席を立ち上がり、ニヤリと笑う。


「だが、代わりの手柄を用意してやるよ。なにも俺達でなくても、手柄さえあればお前を委員長も見直してくれるさ」


「代わりってあんた達くらいの変人何て……まさか!?」


 コモリンは目を見開いて、こちらを見やる。

 俺はカツカツと部室の扉までゆっくりと歩く。


「そう、俺達並みの変人で校則違反常習犯、先生ですら近づくことも注意することすら、それ相応の覚悟と勇気がいると言われている六人の生徒達」


 ガラガラと部室の扉を開ける。


「セイント学園変人六天王、その一人を取り締まればこれ以上無い手柄だろ? そしたら俺達を狙う理由も無くなるしな」


「ほ、本気で言ってるのか!?」


 額からコモリンは汗をにじませる。


 コモリンですら躊躇、いや覚悟が必要な相手だ。

 ……というか、その六人のうち、四人は俺達何だよな。

 しかも変な二つ名まで……。


 万年中二の作家姫、二藤奈中

 マッドハッカー、尾宅機市

 美なる露出魔、絵口桃恵


 ……女好き、百花良助。


 いや、まじでなんで俺だけこれなの?

 もうちょっとましなのなかったのかよ?

 せめて百合豚とか百合守護天使とか百合ナイトとかあっただろ?


 付けられてもぜってぇ名乗らんけど!


 俺は不名誉な二つ名を思い出して、怒りがふつふつと湧いてくるのを抑えながら、コモリンを見る。


「お前がビビってる六天王、そのうちの四人をずっと相手にしてるくせに今更過ぎんだろ?」


「で、でも……」


 コモリンはモゴモゴとして踏ん切りがつかないようだ。


「それに、今回はお前一人じゃなく、もう一人頼もしい助っ人が目の前にいるだろうが?」


 立ち止まって、自分の胸を手を当て、口角を上げる。


「お前の目の前にいるのは、六天王の一人、百花良助だぞ? 大船に乗ったつもりでいろっての」


 そう言うと、コモリンがジト目でこちらを見やった。


「――自分で言ってて恥ずかしくないのか? あと女好きって二つ名付けないの?」


 ブチッ……。


「お前らが勝手に言い出したんだろうが!? くそが、高貴な百合豚たるこの俺に、似つかわしくない二つ名を勝手に付けやがって! その名前で呼んだ奴に会ったら取りあえずしばいてやるからな! ほら、馬鹿なこと言ってないで、さっさとターゲットの場所に行くぞコモリン!」


「えっ!? ちょっ!? 待ってよ!!?」


 俺が怒りながらズカズカと目的地まで歩き出すと、カルガモ親子のようにチョコチョコと後ろについてくる。


 道中スマホを取り出し、とある人物に電話を掛ける。


「おい! 校内は電話禁――」


「あっ、もしもし? あの約束の件だけど、今日にすることにしたから準備よろしく」


「話を聞けぇぇぇ!!」


 俺が電話を切るまでの間、ずっと隣でコモリンはピーチクパーチクさえずって移動することになった。

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