第10話 変人達の美学

『おい、盟友! これはどういうことなんだ!』


 放課後、スマホを通した部長の怒号が俺の自室に響く。

 俺はあっちには見えないが肩をすくませた。


「どういう事も何もどうしようもないだろ? 俺がやらかしたことで迷惑をかけたことは、本当に申し訳ないとは思ってはいるが……」


『そんなこと聞いてるんじゃない! 冤罪なんだろ! 何故否定しない!』


 さらに声量が上がった部長が怒鳴る。


 おやおや、俺の普段の言動見てて冤罪って分かるのか。


 俺はゆっくり話すため自室の椅子に座る。


「どうせ何言った所で信じてもらえやしないさ。俺の普段の言動が言動だ。疑われてもしかないさ」


『だとしてもだ! やってもいないのにあんまりだろう!』


 部長は本気でこちらを心配するような声音で苦しそうにそう言った。

 言動はいつもおかしいが、根は本当に優しい部長様だ。

 こんな俺なんかでも心配してくれる。


 出来る事ならその心配は俺なんかより女性に向けてもらえると……いや、流石に今は自重すべきか。


 俺は頭をフル回転させ、言葉を紡ぐ。


「俺が部から退部になって退学ってだけだろ? そんなに心配しなくても部活自体には迷惑は――」


『美学研究部は……廃部になりそうなんだ……それに、もしかしたら全員が退学にもなりえるって……』


「……何だって?」


 俺は耳を疑った。

 まさかと思うが、アドバイスをガン無視しやがったのか。

 ――馬鹿な事したな生徒会長様。


 部長はゆっくりと話し始める。


『今日、先生から話を聞いた。部活動自体が盟友の罪の隠蔽を行ったのだと……コモリンも部室に度々来ていたから共犯という形に……反論しても誰も聞いてはくれなかった……』


 部長が話し終えると空気が重くなる。


「……悪い、俺のせいだな」


『盟友は悪くない、普段の言動をいったら我らも遜色ない、生徒や先生から嫌われていたのも薄々は感じていたからな。部活が無くなったからと言っても、我らの仲は変わらないさ――でも』


 ポツン……ポツン……と水滴が落ちるような音が聞こえてくる。


『もっと……みんなと……部活したかった……学園に馴染めない……はみ出し者の私達が……私達らしくいられる……だっだ一づの……場所だっだがら……守りだがっだ……』


 部長の嗚咽混じりの泣き声がスマホ越しに伝わる。


「ごめん良助……ちょっと電話切るね……」


 プツンと電話が切れる。

 俺は立ち上がって、スマホを机に放った。


「後味悪いな」


 俺は、はぁ……と深いため息をついて振り返る。


「で? 何しに来たんだ機市?」


「決まってるでござろう」


 機市が部屋の隅っこで不機嫌そうに、俺を見つめる。

 放課後になると、機市は俺の自宅謹慎を聞いて真っ先に家へ来た、どうやら部活動も抜け出して、ここまで急いで来たらしい。


 機市は冷たい視線で俺を見やる。


「物語通りの展開にして満足でござるか? 部活がとある生徒の圧力で途中で廃部になり、二人はその後で主人公と関わる事になって、晴れてハーレム入り。これが漫画での本来の展開、それを今更再現したのは何故でござる」


「それで物語は上手くいったんだ。俺達が側にいる限りあの二人は……ヒロインへ戻ることは出来ない」


「だとしてもやり方が!」


「多少の不幸には目を瞑るべきだ。大のための小の犠牲ってやつだよ」


 俺がそう言うと、ギロリと機市はこちらを睨む。


「しかも、事前に主人公と顔合わせしたのもきっかけを作るためでござろう。拙者と良助氏という、本来のきっかけを無効にするために、そして生徒会長に部を潰させるように誘導した、違うでござるか?」


 俺は意図を全て看破されたので拍手する。


「大正解、花丸だ。まぁ多少計画とはズレたがこれが一番の最適解だろ? お前らの退学だけは何とか回避するから心配すん――」


「どこがだッ! 二人も泣かせておいて何が最適だったんだッ! 言ってみろよ!!」


 機市はいつもの口調を忘れる程激昂し、悔しそうに俺へと掴みかかる。


 物語の展開に戻す、それが俺達の願いだったはずだ。

 ――だが、機市が望むのは誰も何も犠牲にしないで幸せになりたいという、甘々なパンケーキのようなやり方らしい。


 ――それじゃ、一生願いは叶わねぇんだよ。

 犠牲無く、手に入れられる願いなんてない。

 俺は前世でそれを――痛いほど味わった。

 ……だから今度は間違えない。


 機市は俺を掴みながら、話を続ける。


「廃部を聞いて、桃恵氏はそうですかぁ仕方ないことですよねぇと、何ごともなさそうに言っていたでござるが、あれは彼女なりの強がりでござろう。桃恵氏は顔は笑っていても、心で涙するタイプでござる。拙者には分かるのでござる……ずっと紙面の向こうからずっと見て来たでござるから……」


 ギュゥと機市の掴む力が増す。

 怒りが俺にも伝わってくる。


 機市の推し、それは桃恵の事だ。

 だから、桃恵のこととなると言動がヤバくなる。

 普段は俺がサポートしてやらないと本当に犯罪に手を染めそうで本当に怖い。


 俺にはあいつのどこが好きなのがよく分からんが、機市にそのこと言うとオタク特有の早口会話で長くなるから絶対に言わないようにしている。


 それくらい、機市は推しを愛していた。


 機市は推しを悲しませる奴を絶対に許さない。

 推しが幸せにするためなら、犯罪だろうと手を染める。

 それが転生者、【尾宅機市】という危うい男だ。


 俺はヤレヤレと肩をすくませた。


「流石、推しの表情は逐一確認してるオタク、キッショいなぁ……オタクっていうか、そこまで来るとストーカー……」


「――茶化してる場合でござるか?」


 機市の表情が更に険しくなる。


 おぉ、こわやこわや……。

 機市は推しの事となると目の色変えるんだから、本当に怖い。


 機市はパッと手を放し、考え込む。


「もう、物語とかどうでもいいでござる。桃恵氏を泣かす奴は社会的に抹殺するのがいいでござろう」


 爪を嚙みながら物騒なことを口走りやがった。

 ――あっ、これちょっと、ヤバそうだな。

 機市に暴れられたら、俺は止められないぞ。


 ポンと手を打つ、機市。


「そうか学園があるから不幸になるんだ! とりあえず、手始めに学園長を社会的に……」


「学園長とばっちり過ぎだろ!? お前が言うとマジでやりそうだからこえぇんだよ!?」


 俺を嘘一つない血走った目でこっちを見やがる。

 あっ……これ、冗談で言ってないな。

 多分、止めなかったらマジで実行する気だぞ。


 俺はしばし熟考し、二度目の深いため息をつく。


「分かったよ……今回は物語通りにするのを諦めるよ。この状況を何とかするから怒りを抑えてくれ機市」


「――本当でござるな?」


「お前の癇癪で物語を崩壊させられたらたまったもんじゃないんだっての――ただ、その代わりにお前には頼みたいことがある」


 機市に俺はあるお願いをする。

 そして、話を聞くにつれ機市の言動も落ち着く。


「それくらいなら、もう調べておいたので問題ないでござるが……というか、もしかしなくてもこうなること分かってたんでござるか?」


 機市はジト目でこちらを見てくる。

 それで喜ぶのはドMのショタコンだけだっての。


 頭を押さえながら、俺はスマホを手に取る。


「いや、ただの保険のつもりだったんだが、まさか早速使うことになるとは思わなかった……計画通りにはいかないな人生様よぉ」


 俺はバサッと服を脱ぎ、ある服に着替える。


「じゃあ、始めようか? ――こっからは悪党の時間だ」


 そして、元悪役達は動き出す。

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