第9話 約束は破るためにあるらしい

「では今回は生徒会の仕事を……受けようと思います」


「「「おぉ……」」」


「あんたらテンションが低いな!?」


 部室に戻って、簡潔に仕事を受けないと部活動が廃部になると伝えた。

 それを聞いて空気がほぼお通夜状態だ。


 日々自分の好きなように作品を作っている俺達にとって案件などいう縛りは面倒くさい以外の何物でもない。


 グダァと部活動メンバーが机や椅子にもたれかかる。


 コモリンが俺を揺する。


「おい、しっかりしてくれ! お前達がやる気を出してくれないとボクも困るんだ!」


 俺は頭をかきながら、薄目でコモリンを見る。

 

「渋々と了承したことにテンションが上がるとでも? あぁこういう時は百合だ……百合を見せろぉ~」


「何故花の話を? 分かった! 百合の花でも見て心を安定させる作戦か! 校舎の花壇に埋まってるのを見かけたから見に行くといいぞ」


「いや、そっちじゃなくて……」


「……? 他にどの百合があるんだ?」


 キョトンとした目でこちらを見るコモリン。


 あぁ、ネコとかタチとかそういう単語すら知らないのか。

 無知シチュの百合もいいなぁ、包容力ある桃恵と絡ませるか? あえて小っちゃい部長とって展開も……。


「……(ニチャア)」


「うわ!? いきなり笑顔になるな気色悪い!?」


 コモリンが俺の顔を見るとドン引きする。

 俺は妄想を膨らませ若干の百合成分を摂取したことにより、少しだけやる気が出てきた。


「――よし、スイッチ入った」


 俺は席から立ち上がり、机を叩く。


「おい、お前らこれはある意味チャンスだぞ」


「何がでござる?」


「盟友よ、気でも狂ったか?」


「いつもでは?」


「そうそういつも……じゃねぇよ! 俺はいつだって正気だろうが!?」


 おい、何でマジで言ってる? みたいな目で見てくんだ。

 連携していじってくんじゃねぇよ、話しが進まねぇだろうが。


 俺はコホンと咳払いする。


「今回は生徒会直々のオファーだ。要は俺達の仕事は生徒会の正式な業務に含まれる」


「それがぁ?」


 機市は欠伸をしながら、適当に返事する。


「分からないか? 俺達は生徒会の仕事って大義名分で好き勝手出来るんだぞ?(ニヤリ)」


「えっ、ちょ!?」


「「「……!!(ピクッ)」」」


 三人が体勢を正し、俺の話を聞く気になる。

 よしよし、ギアが入って来たな。


 俺は機市を指さす。


「学園の細部を知るために警備システムを見せてもらってもそれは仕事のため」


「一度システムを見て見たかったんでござる。後でサボるために書き換えるのも良いでござるな」


「えっ……」


 機市はワクワクしたように手を回す。


 次に桃恵を指さす。


「普段は入れないテリトリーに入っても仕事の作画資料を増やすためで問題なし!」


「ふふっ♪ 女子禁制の場所に堂々と入れるのですね♪ それはさぞ……あぁ、捗りますぅ♪」


「ちょ!?」


 桃恵が頬に手をあてて恍惚とした笑みを浮かべる。

 最後に部長を指さす。


「今後学園物を書く際の資料が大量に手に入れられるまたとないチャンス。しかも生徒達には入ることを禁じられた部屋までだ」


「禁じられた部屋! 何て心躍る言葉か!」


「待って!?」


 俺は拳を強く握りしめ高く突き上げる。


「作品を一本仕上げるだけでこれだけの利益が得られるんだ! やらねぇ手はねぇよな!」


 部活動メンバーが力強くうなずき、立ち上がる。


「さぁ、お前ら! 仕事の時間だ!!」


「「「オォォォ!」」」


「話を聞けよあんたらァァァ!!?」


 コモリンの虚しい訴えは届くことはなく、四人が散り散りに場所へと移動した。



 □□□



 数日後、週初めの朝に俺は生徒会室へ訪れていた。


「……随分と早いですね」


「えぇ、迅速な対応が売りなので(ニコッ)」


 ニコニコと俺は生徒会長に頼まれていた物の報告を行っている。


 機市がプログラム関係、桃恵がイラスト担当、部長がシナリオを書き、俺が校内の写真撮影と進行、および補助を行い、スマホのゲームアプリとして完成させた。

 しかも学園が舞台なだけに、入学前の中学生達は校内の様子を事前に確認でき、ゲームとして遊べるという渾身の一作に仕上がる。


 だが、生徒会長は無表情だった。


 流石男子に冷徹女王の異名の生徒会長様。

 今回は他にも理由がありそうだがな。


 生徒会長は多数の紙束を掲げて、俺に見せる。


「色々な所からクレームが来ている。どれも君達美学研究部の物だ。生徒会の依頼だと言っているようだが、これは君が主導したものか?」


 生徒会長の射抜かれるような鋭い視線がこちらに向く。

 俺は平静を乱すことなく、笑顔でしゃべる。


「いえいえ、俺なんて何も出来ませんよ。部活動メンバーは基本的に非常識なので、流石に常識人が俺一人じゃ止められませんよ――それに優秀で聡明な生徒会長様なら、こうなることは予想できたのでは?」


 俺が口角を歪ませると、生徒会長の眉間にしわがよる。


「……君の本性はそっちか、狂人め」


 嘲るように俺は笑う。


「生憎あの部活にいると正常でいられなくてね? でも、約束は約束です――守ってはもらいますよ?」


「……あぁ、そうだったな」


 生徒会長はそう言うと、先程の不機嫌がどこにやら。

 笑みを浮かべているようにすら見える――不気味な程の笑顔を……。


 椅子から立ち上がり、生徒会長は外を見る。


「君達は最後に良い働きをしてくれた」


「最後? まぁ、確かにこれ以上は生徒会に関わ――」


 俺が言いかける前に、スマホの着信音が鳴る。


「出たらどうだ? きっといい知らせだ」


 後ろ姿で良く見えないが、生徒会長の機嫌がいい。

 俺にはそれが嫌な予感しかしない。


 だが、出ないわけにもいかずスマホに応答する。


「もしもし」


『大変でござる良助氏!』


 電話から聞こえてきたのは機市の焦ったような声。

 ――本格的な嫌な予感がする。


「どうした? そんなに焦って?」


『良助氏が女子更衣室を盗撮したと教室の黒板に張り紙がそこかしろに張られてるでござる! ここまで大体的にやられたらカバーの仕様がないでござる! どうするでござるか!』


「……悪い機市、また後でかけ直す」


 俺は機市からの着信を切ると、生徒会長を睨む。


「やってくれたなあんた」


「あら、何の事かしら?」


 生徒会長様は白々しい態度をとる。


 なるほどな、確かに物を受け取った後で裏切れば総どり出来る。


 ただし俺どころか他のメンバーの怒りもかうことになる。

 ――かなり暴挙に出たな。


「約束は守るタイプだと思っていたんだがな」


「約束は守るさ――真っ当な人間との約束ならな?」


 クスクスと氷の女王様は俺を嘲笑う。


 つまり、俺はそもそも人間扱いされてないってことか。

 ――好きな奴以外には相変わらず冷たい奴だな。


 主人公視点なら自分だけを見てくれるクール美人は、グッとくるものがあるのだろうけど、その他の奴らにとって、この言動はたまったもんじゃないだろう。


 まぁ、でも……。


「――今回は百合のために大人しくしといてやるか」


「……何か言ったか?」


「いや、別に?」


 生徒会長様は俺の言動に眉をひそめる。


 ヒロイン様のやる事には基本的に抗わない。

 物語を壊さないために一年の頃から決めていたことだ。


 助けるならともかく、今回は完璧に俺が敵。


 俺がこれ以上暴れたりしたら物語が滅茶苦茶になりそうだし、それに俺以外の部活動メンバーが何をされるか分からないからな。


 他にも理由はあるが、俺が取れる行動は決まった。


 生徒会室の扉が勢い良く開かれる。


「おい、百花良助! 黒板の張り紙について詳しく話を聞かせてもらうぞ!」


 生徒会室に先生の一人が乗り込んでくる。

 俺は両手を上げる。


 無抵抗、それが今できる俺の最適解だ。


「そうだ……最後に一つだけ」


 俺は連行される前に生徒会長に顔を向ける。


「今回の犯行は俺が一人でやったこと。そういうことにしとかないと――あとで後悔することになるぞ」


「……覚えておこう」


 生徒会長様は話半分でまともに聞く様子がなかった。

 まぁでも忠告はしたし、後は知らんぞ。


 その後、真相が分かるまで自宅謹慎という形になった。

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