第5話 ツンデレヒロインを助けるにはどうしたらいいだろうか?

空気がピリピリと張り詰める。

あぁ、これはいけないな。

百合園に男が入ったから空気が悪すぎる。


誰か助けて……いや、俺を殺して……。

百合は好きだけどドロドロした百合は嫌いなの……。

こんな展開にしたかったわけじゃないんだ。


長名さんは慌てて首を横に振る。


「ち、違うの奏! これは……」


「これは……何なのかな? 同級生を縛ってスタンガンでいじめるようなことに正当な理由があるの?」


「そ、それは……」


結城さんが有無を言わさなかった。

長名さんは口を噤んで俯いてしまう。


そうなんだよな……。

どういい繕った所で俺を縛ったことも脅したことも事実なことには変わりないのだ。


まぁ、普通に縛られて脅された人物が庇いだてする理由なんてこれっぽっちもない。

むしろ、結城さんの方に加勢して長名さんを責め立ててもいいレベルだ。

だけど……。


俺はチラリと長名さんの顔を見る。

嫌われたらどうしようという不安な表情。

それが好きな人ともなれば、そんな表情になってしまうのも無理はないだろう。


ここで、己に問う。


百合豚として、目の前の出来事を許容できるのか?


いつか百合の花を咲かせるだろう二人をこのままにして、蕾を閉ざしてしまうのは果たして百合を守護する者として許せるのか?


答えはシンプルにして明快。


許せるわけねぇだろバァ~カ、だ。


俺は口角を上げてふざけたように笑う。


「いや~結城さん何か勘違いさせたみたいでごめんね?」


「勘違い?」


長名さんと結城さんが俺を見つめる。

特に長名さんは何を口走る気かという視線を感じた。

まぁ、見てなって。


「これは部長の小説取材なんだよ。知ってるだろ? うちの部長は結構人気な小説家なんだ」


「う、うん……二藤さんだよね?」


流石部長、ネームバリュー半端ないな。

あの時迷惑かけられた分、俺の嘘にこのまま付き合せてくれよ部長。


俺は笑顔のまま、首を縦に振る。


「そうそう、当番の仕事終わらせた後に部長から頼まれてさ? 縛られてる役の感想を聞かせてくれって言われたんだけど、部長も別の用事があるようだし、他の部員も出払っててさ。一人じゃ縛られることも出来ないし、どうしようか困ってる時に長名さんが心優しくも手伝ってくれたんだよ。いや~本当に感謝感激雨あられだよ」


まくし立てるように俺はツラツラと言い訳を並べ立てる。

口先八兆手八丁で百合のために主人公様を騙す――俺になら出来るだろ?

 だって俺はこの口先だけで原作では――主人公様を貶めた悪役なんだからな。


すっかり俺の口車に乗ってしまった結城さんは、困惑したように長名さんを見つめていた。


「……本当なの?」


「えっ!? あっ、うん。困ってるみたいだったし泣いて頼まれたから仕方なく。仕方な~く手伝ってただけなんだからね! 別にこの男と仲良くしてたわけじゃないから勘違いしないでよね!」


はい、ツンデレいただきました。

いや、泣いて頼まれてって……これから俺がそう言ったっていう演技しないといけなくなったんだけど。

まぁ、これなら許容範囲か、変人扱いはいつものことだ。

それよりも今は百合の修復が最優先だ。


結城さんは俺の手の紐をジッと見つめる。


「でも、そんなにきつく縛られて……」


「いや、全然大丈夫。見た目程きつくないんだ、ほらね?」


俺が自分の出来る限りの力を込め、無理矢理ロープを引きちぎった。


それを見て、結城さんは納得した様子で、長名さんは目を見開いて驚いていた。


まぁ、強く縛ったのに何も使わず引きちぎったら普通は驚くよな。

これでも筋トレで鍛えてるんだよね。

俺にとってはこんな拘束は意味ねぇよ。


ニコリと俺は笑う。


「だからいじめとかじゃないから、むしろ結城さんに誤解を与えるようなことして申し訳なかった。長名さんもこんな事やらせてごめんね?」


俺は両手を合わせて謝罪する。

長名さんは俺にあわせていつもの調子を取り戻す。


「ふ、ふん! 本当よ、おかげで奏の誤解されたじゃない!」


……張り倒してやろうか、このツンデレ娘。

せっかく庇ってやってるのにやる気が失せそうだ。


結城さんはアワアワし始めて、頭を下げる。


「ご、ごめんねみっちゃん! そうと知らずに勝手に責めるようなこと言っちゃって!」


「べ、別にいいわよ……」


良心が痛むのか、長名さんは顔の端が引きつってる。

結城さんは気付いてないようだけど、俺から見ると丸わかりである。


俺はパンと自分の両手を叩く。


「当番の仕事はもう終わらせてやることないし、お二人さんは仲良く帰りな? あっ、俺は部長に報告しなきゃいけないことあるから♪ じゃあ、また明日教室で♪」


自分の鞄をひったくるように机からとり、教室を後にする。


「仕事変わってくれてありがとう! 今度何かお礼するね!」


後方から結城さんの元気な声が響く。

俺は親指を立てて、腕を上げながら走り去る。


良い百合を、咲かせろヒロイン、ファイトだよ。



□□□



次の日の教室。

嫌そうに長名さんが俺の前に立つ。

昨日俺に助けられたのが、よっぽど気に食わないらしい。

俺は嘲るようにニヤニヤと笑う。


「おやおや、どうした? そんなゴミムシ以下の下等生物に借りを作っちゃったみたいな顔してさ? 昨日の放課後デートは楽しかったかい?」


「……あんた、ほんっと性格悪いわね? 皮肉のつもり?」


 やれやれと俺は肩をすくめる。


「助けてやったんだから文句くらいは言わせろよ? ついでに言うなら昨日の放課後デートの様子が写った写真を俺に献上するのなら、態度も軟化するぞ?」


俺がクイクイと手招きすると、はぁ……と深いため息をつかれる。


「つくづく気持ち悪い奴ねあんた……でも、借りは借りよ――それで、何が望み?」


ニヤリと俺は口角を歪ませる。


「お前に結城さんが放課後会った奴が、俺の女装した姿だって教えた人物を教えろ」


ピクッと長名さんの眉が動く。


「どうして答えにたどり着いたのが私じゃないと?」


俺は足組みして解説を始める。


「あの時、俺が女装した姿を知ってるのは美学研究部だけ、でもあいつらは部室にいたから俺が結城さんと合ってるなんてことは知らないはずだ。それに俺が女装姿で部室に向かう際、人通りは極端に少なかった――いや、ゼロと言ってもいい。なのに俺だって確証を持って詰め寄れたのは何か理由があるからだ、違うか?」


俺が推理を口にすると申し訳なさそうに俯く。


「……ごめん、それは言えない――というか、私にそのことを教えた人物を知らないの」


「知らない?」


「えぇ、私が知ることが出来たのは昨日机の中に、この写真が入ってたからなの」


長名さんはそう言って二枚の写真を出した。


そこには放課後の教室で女装途中の俺と美学研究部メンバー全員が写った写真。

もう一枚は女装が完了した俺が結城さんと会っている写真だった。


「なるほど、これを見て俺を問い詰めたと」


「うん、だから本当に知らないのよ」


表情を見る限り嘘をついてるとも思えない。

まぁ、でもこれでハッキリしたな。

この学校に、主人公様とヒロインとの仲をあえてバラバラにしようとしてる奴がいるってことが、だ。


だってそうだろ?


ヒロインがたまたま俺に詰め寄ってる教室で、たまたまあのタイミングで主人公が来るって、随分と都合が良すぎないか? これは果たして偶然か?


俺には、誰かが意図的に仕掛けたとしか考えられない。

――面倒なことになってきたな。


もうここはハッピーエンドを迎えた後の物語だ。

原作では一年生時点までしか描かれていなく、皆友達のままで幕を閉める友情エンドという展開で終わっている。


つまりその先の話はなく、もし俺が死んだ後に続編が出ていれば話は別かもしれないが、少なくとも俺の知っている原作では一年生時点で大団円を迎えているのだ。


言わば今は蛇足も蛇足、だがそれでも物語は続く。


そしてハッピーエンドの蛇足はハッピーエンドでなくてはならないと俺個人としてはそう思ってる。

この美しき愛の物語を汚すようなマネは、俺が絶対に許さないと。


――例え、俺がこの終わった物語の悪役なんだとしても。


俺は写真二枚を回収し懐に入れる。


「じゃあ、これで貸し借りなしってことで……あっ、あとで結城さんに昨日言ってたお礼の件について、伝えて欲しいことあるんだけど?」


そう言うと、長名さんは露骨に嫌そうな顔をする。


「……奏に何させる気よ」


「おいおい、そう睨むなよ? お前にとってもいい話だから今回は俺に協力しろよ」


「いい話?」


「あぁ、いい話だ♪」


長名さんは首を傾げる。

俺はニヤついた笑みを抑えながら次の行動に心躍らせた。

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