第4話 放課後、教室、二人きり、何も起こらないはずもなく

 時刻は朝の教室から夕方へと一気に飛ぶ。

 俺は夕日差し込む教室の黒板を綺麗に掃除している。


 これは贖罪だ――百合の神聖な場所に土足で踏み込んだ愚かな自分への罰である。


 具体的には、主人公とヒロインが今日は当番だったのだが、俺は主人公達の百合デートをさせるために自ら進んで引き受けたのだ。


 百合への贖罪は、百合を支援することでそそがれる。

 これで少しでも罪を精算するのだ。


「よし我ながら良い出来だな(自画自賛)」


 黒板はもちろん、机や椅子に至るまで、新品同然に光り輝いている。

 掃除はやはり気分がいいな、心が洗われるようだ。

 ついでに俺の罪も洗い流してくれると助かるな……。


「さて、日誌を筆跡に至るまで完璧にトレスして書いたし、そろそろ掃除道具を片付けて帰……」


 俺が掃除道具を手に持った所でガラガラと扉が開く。

 入口から長名さんがゆっくりと入って来て、目が合った。

 俺はニコッと営業スマイルで対応した。


「あぁ、確か長名さんだったよね? どうしたんだ? 結城さんだったらもう帰ったよ。あっ、それとも何か忘れ物でも――」


 瞬間、首にヒヤリと冷たい物が当たる。

 恐る恐る視線を下げると、俺の首にはスタンガンが押し当てられていた。

 そしてそのスタンガンは、長名さんの手に握られている。


 俺の額から、冷汗が流れた。


「私、あんまり駆け引きとか苦手だから単刀直入に聞くよ?」


 長名さんの琥珀色の瞳が鋭くなり、俺を絶対零度の視線でさす。


「奏の言ってた女ってあんたの事でしょ? 変態女装野郎さん?」


 俺は別の意味で汗が垂れそうだった。



 □□□



 そして、冒頭の椅子に縛られている状態にされたと。


「うん、やっぱ何度考えても意味わかんないな♪」


「……いきなり喋りだしたかと思ったら何なのあんた?(冷めた目)」


「いや、特にこれといった大した理由はないよ? 具体的には大体九千文字分くらいの回想を終えたから区切りとして喋ってみただけさ♪」


「何の話?」


 冷めた目を通り越して、哀れな者を見る目になってた。

 よし、男に対する態度としては百点満点だな。

 その分、女の子に対しては、甘々だと助かる(願望)


「ぐへへ……(ニチャ)」


「キッショ!? ホントキモイ!?」


「おっと失礼」


 長名さんが体を庇うように、俺から遠ざかる

 いかんいかん、美学研究部ですっかり忘れてたが普通の人はこれでドン引きするんだった。

 クールになれ、俺は百合をたしなむ紳士だろ。


 ゴホンと咳払いして、平静を取り戻す。


「それで? 俺を拘束してどうするつもり? まさか、好きな人のためにこれからお前をバラバラ死体にしてやるぜ! とかじゃないんだろ?」


「発想が物騒!? そんな簡単に人を殺すわけないじゃないバッカじゃないの!? 犯罪よそれ!?」


 まぁ、普通に犯罪ですもんね(監禁も犯罪だけど)


 そして何故にここでツンデレ……いやデレはないけども。

 俺が口を開くたびに長名さんの好感度がドンドンとマイナスに振り切ってくな、俺にとっては良いことだけどさ。


「じゃあ、一体何故こんな無駄な縛りつけを……はっ! 結城さんに行う前の事前練習ってことだな! 謎は全て解けた! じっちゃんの名にかけて!」


「奏でにそんなことするわけないでしょ!? どんなプレイよそれ!? あんたみたいな変態と一緒にしないでよ!!」


 地団駄を踏んでキレ散らかす長名さん。

 何かもうこの子いじるのが楽しくなってきたな。

 あいつらと違って新鮮な反応で面白い。


 だが、そんなのも束の間だった。

 俺の首に再びスタンガンが当てられる。


「ふざけるのも大概にしなさいよ? 私がボタンを押せばビリッよ、ビリッ!」


 得意げにスタンガンを握って、長名さんはそう言う。


「……首にするといくらスタンガンでも、普通に人は死ぬぞ?」


「えっ……そうなの? いやでもドラマだとこうやってた……じゃなくて! もう騙されないわよ!」


 グイグイとスタンガンを首へと押し付けてくる。

 電流流れてなくても痛いんだけど、出っ張りが刺さってる!?

 首に刺さってるからさ!!?


「じゃあ、まじめに言うけど目的は?」


「そんなの決まってる……奏を諦めなさい、でないとひどい目に――」


「うん、いいよ」


「あうことに……っていいの!?」


「言った本人が驚くなよ……」


 断られると思っていたのか驚いた表情でこちらをキョトンとした二つの瞳が覗く。


 その表情は確かに可愛いけども、女子に! 

 必ず女子相手にしてくれ!

 お兄さんとの約束だぞ!!


 俺はやれやれと首を横に振る。


「というか、そもそも俺は女子単体には興味がない」


「えっ……つまり……」


「言っとくが、男が趣味ってわけじゃないからな?」


 こいつも部長と一緒の腐の者かと思ったぞ。

 だが、俺をまだ疑っているのか、長名さんはジト目でこちらを見つめる。


「男なのに女子に興味ないなんてありえない、男はみんな狼だし」


 長名さんは疑いの視線を向ける。


 信じられないか……ならば語るしかない。

 俺の百合への思いを言葉に!


 ゴホンと咳払いする。


「いいか? 俺は女子単体には興味がない――だが百合は大好きだ。ボーイッシュとポニーテールの百合が好きだ。ケモ耳どうしの百合が好きだ。メガネと隠れ目の百合が好きだ。ギャルと委員長の百合が好きだ。高嶺の花と地味娘の百合が好きだ。会長と副会長の百合が好きだ。姉妹の禁断の百合が好きだ。アイドルとオタクの百合が好きだ。宇宙人と地球人の異種族百合が好きだ。年の差百合が好きだ。ロミジュリばりの敵対しているどうしの百合が好きだ。甘々な百合が好きだ。少し甘酸っぱい百合が好きだ。ほんのり苦い大人な百合が好きだ。俺は百合の信者、百合の信奉者、百合は絶対不可侵の領域だと理解している。その俺が百合園を破壊するようなノーマルな恋愛するとでも? 笑止千万だ、お分かり? ドウ ユウ アンダスタン?」


「へ、変態怖い……」


 長名さんはドン引きしたように身を引いて、距離をとった。


 ……あれ?


 ここは何て素晴らしい百合への愛なんだ! と拍手喝采し涙する所だと思うんだが……やはり、百合豚は孤高か。


 理解されるとも思ってもいないけどさ。


「まぁ、とにかく俺は百合が好きだ。君たちの幼馴染どうしでお似合いの百合を汚すようなマネは絶対にしたくない。女装が気に入らないのなら二度としないと誓うよ。――というか二度としたくねぇ」


 俺がうんざりしたようにそう言うと、ようやく納得したかのように長名さんは表情が和らぐ。


「そ、そう……まぁ、お似合いなんて当然だけどね! そんな調子のいいおべっかで気を良くすると思わないことね? ……フフン♪ お似合いか♪」


 長名さんは俺のお似合いといった言葉が大変お気に召したそうでヘニャっと笑う。


 何だこの生き物、可愛いかよ?

 主人公さんがこれ見てたら絶対惚れるだろ?

 見所ですよ主人公さん!


 いや、俺いるからこの場にいたらまずいか(冷静)。

 今のままだと百合の間に挟まる男の図になってしまう。

 あぁ、良かった主人公がこの場にいなくて(ほっ)


 ……あれ、これもしかしてフラグ?


 そう思った瞬間、教室の扉が開く。


「百花君、仕事押し付けちゃってごめんね? やっぱりわたしの仕事だし自分……で……する……」


 結城さんは扉の前でフリーズする。


 さて、問題です!


 教室にはスタンガンを持った幼馴染。

 そして椅子に縛られてる同級生。


 これを見た心優しき当人の反応は?


 答えは……。


「百花君に何してるのかな、みっちゃん?」


 優しい緑の瞳を怒りで満たす、静かな怒りであった。

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