第3話 噂の美少女様(男)

 翌日の朝、俺は教室で女装して闊歩していた変態として、クラスの笑い者になって……はいなかった。


 別にそんな噂も広まっておらず、いつもと変わらぬ朝だ。


 いつものように朝礼前に俺達部活メンバーは教室で雑談をしている。

 部活動メンバーは全員同じクラスのこともあり、いつも一か所に集まっては他愛ない話を繰り広げていた。


「だ・か・ら! あの子達は絶対付き合ってるって! 間違いないね!」


「はぁ~これだから百合脳は困りますな? 公式が恋愛感情はないって言ってるんだから、あり得ないでござる」


「公式が勝手に言ってるだけだろ! 公式が否定しようとも俺はこの二人を推すね!」


 ワイワイと機市から借りた漫画の登場人物について、熱い議論をしてると、やれやれと言った風に部長が呆れる。


「またやってるのか二人とも……正直どっちでもいいではないか? それぞれが楽しめれば――」


「「素人は黙っとれぇ!」」


 俺たちの剣幕にビクッと部長が震える。

 オロオロと桃恵の元まで歩いていき、ひしっと抱き着く。


「うぅ……桃恵ぇ」


「あぁ~よしよし、怖かったですねぇ♪」


 部長が桃恵の頭を撫でられる。


 俺はシュバッとスマホを取り出し、連写でその様子を撮影する。

 お姉さん系の包容力がある桃恵と、ついつい甘やかしたくなる程庇護欲を誘うロリ娘部長の相性はバツグンだ!


「あぁ~いい百合ですなぁ~(ニチャリ)」


「うわぁ~きも~い♪(ドストレート)」


「ぐすん……変態」


「今日も百合豚は平常運転でござるな(ジト目)」


「俺を罵倒する時だけ仲いいなお前ら!?」


 そんなバカな会話の陰で、ヒソヒソとクラスの女子達の内緒話が聞こえてくる。


「また、美学研究部の連中が集まってるよ。きもっ」


「本当にねぇ? 才能も顔もいいだけに言動がマジムカつくわ。放課後はずっとスク水姿で徘徊するとか、改造制服とカラコンで学校来るし」


「長身男は女の子同士で喋ってたらいきなり写真で撮ってニヤニヤしてるし、男のチビは一々オタク発言がきもいし」


「変人集団何てさっさと廃部になればいいのに」


「まじ、それな。何であれで廃部になってないの?」


 こんな会話が聞こえてくる。


 百合豚イヤーは地獄耳♪ 

 お嬢さん達~ばっちり聞こえてるよ~?

 まぁ、今言われたこと全部事実だからしゃあないけどな。

 いくら事実だとしても、聞いてて愉快なものではない。

 百合の蕾じゃなかったら、徹底的に追い込んでやる所だ。


 俺達の学園での立ち位置は、言ってしまえば嫌われ者。

 原作でも、この四人はそれぞれ理由があって全員が嫌われてたしな。


「まぁ、俺と機市は、原作とは違う理由になっちまったけど(ボソッ)」


「……? どうかしたか?」


 部長が下から覗き込むように見つめてくる。


「いや、何でもない。遠くから百合の気配を察しただけさ♪ それより俺を気遣う余裕があるなら、上目遣いは可愛い女子にッ! 女子にしてもらえるとッ!!(熱弁)」


「うん、心配して損したな」


 俺が声高らかにそう言うと、部長が大きなため息をつく。


 すると、誰かが教室の扉を開ける。


 俺はビクッと体を振るわせて警戒してしまう。

 もう女装もしていないというのに、昨日の事もあって少し神経質になってるのかもしれないな。

 体が反射的に反応してしまった。


 ゆっくりと視線を音のした方へと向けると美少女集団のお通りだ。


 奏を囲むように歩くヒロイン達。


 幼馴染、モデル、生徒会役員、写真部、アイドル、不思議ちゃん、メイド、お嬢様、エトセトラエトセトラ、そんな多種多様な美少女に囲まれて登校する愛されヒロイン、我らが主人公様。


 あぁ、見てるだけで尊い……。


 だが、いつもは和気あいあいとしているのに、今日は全員が顔が暗いというか、主人公様以外元気がない様子だった。


 一体どうしたというのだろうか?


 俺は百合園の会話に耳をすました。


「でねでね♪ すごく綺麗な人がいたんだよ♪ まるで物語から出てきたみたいな♪」


「「「「そうなんだ~(棒読)」」」」」


 主人公様は綺麗な天然黒髪と腕をぶんぶん振り回して、元気よく女の子について熱弁していた。


 うわぁ……これはいけません、これはいけません。


 一人の女の子をそんなべた褒めしたら、百合ハーレムメンバーと戦争不可避ですよ?

 百合は大好物だけど、ドロドロとした昼ドラ的な百合はノーセンキューだぜ(唐突な自分語り)


 あぁ、怖い怖い♪

 誰なんだろ、そんな命知らず♪

 その女の子はかなり可哀想――。


「昨日の放課後に教室で会ったんだ♪」


「ごぶっ!?(絶命)」


「うわ、良助汚ったない!?」


 俺は思わず噴き出してしまった。


「あっ、部長ごめん」


 部長に謝りつつ、俺は頭をフル回転させる。


 えっ、何!? 俺の聞き間違い!?

 ――いや、聞き間違いであってくれ!!(切望)


 そ、そうだ……俺の後で誰か来たんだ。

 絶対そうに違いない!!


「私と同じ黒髪ロングでね♪ 窓付近に座ってたの♪」


「あぁぁぁ……(絶望)」


「ちょっ、大丈夫か盟友!? 顔色が青どころか紫に近いぞ!?」


 俺を心配する部長の声すら遠くに聞こえる。

 あぁ、神様……噓だと言ってくれよ。


「窓を物憂げな表情で見てたの♪ 最後に私に向けた笑みが頭から離れないくらい綺麗な人だったんだ♪」


 違う……違うんだ……。


 物憂げに見てたんじゃなくて、百合を遠くからウォッチしていただけの変質者なんだよそいつ……最後の笑みも気持ち悪い百合豚の汚い笑みなんだ……。


 マジで目を覚ましてくれ主人公……。


「また会えないかなぁ~」


 ウキウキした様子で俺の女装姿を称賛する主人公。


 あぁ……百合園に土足で踏み込むとは万死に値する大罪。

 まさか俺が……そんなことを……百合の奴隷たるこの俺が……。


 俺はゆっくりと顔を上げ、部長の肩にポンと手を置く。


「……俺を過急的速やかに殺してくれ(懇願)」


「どうした一体!?」


 部長はアワアワと小動物のように慌てる。

 可愛いなこいつ、俺以外の女の子と付き合って欲しいな。


 でも、俺がもうこんなこと言う資格はないのかもな。


「もう……俺は百合豚として生きてけない……」


「ヤバいぞ百恵!? いつも変だけど今日の良助はより変だ!?」


「かなり重症ですねぇ?」


「保健室行くでござる」


 放心状態の俺を機市と百恵が運ぶ。

 その様子を見た主人公が首を傾ける。


「百花君どうかしたのかな? ちょっと心配……」


 お優しい主人公様は俺なんかの体調を気にしてくれる。

 出来れば、その心配は女の子にしてもらえると(懇願)


 主人公の幼馴染、長名美千代が俺を鼻で笑う。


「気にしない気にしない。あいつら変人の集まりの美学研究部だし問題ないでしょ」


「こら、部活動で差別しちゃダメだよ? 例え変人だからって体調悪い人をそんな風に言っちゃダメ」


 お優しい主人公が可愛く怒る。

 でも、あまり俺のせいで不和を招きたくないんだが……。


 俺は長名さんに睨まれながら部活動メンバーと共に保健室へと向かったのだった。

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