第13話 ホラー映画。ラブコメお約束展開。

 一人の女性の悲鳴とともに、お待ちかねのホラー映画は幕を開けた。シャワーを浴びていたら、いきなり黒い影が後ろから現れ――みたいな何ともテンプレ的な始まり方だ。


 ふと、左隣に座る瑠璃葉の方を覗いて、様子を確認してみる。


「ひょぇ~」


 もう既に手で目を覆いながら震えていた。スカートで隠れている細い華奢な膝が、今も収まることなく、小鹿のようにプルプルしているのが伝わってくる。


(なんか瑠璃葉ちゃんの方見てたら落ち着いてきたな)


 隣の人が自分よりも怖がってたら逆に冷静になれるというやつだ。


(まさか言い伝えは本当だったとは)


 ホラー映画でそれを体験するとは正直思わなかった。


「こ、怖いよぉ~」


 気付けば瑠璃葉が小さくそう呟いていた。いつもの洸をからかうためのあざとい感じのものではなく、本当に怖がっているのが伝わってくる。


(ど、どうしよう……手とか握ってあげた方がいいのかな……)


 洸は迷う。流石に、同棲したり二人きりでデートにきたりして、付き合ってない男女とは考えられない程の距離感のバグり散らかし方なので、大丈夫な気もするが……もしも、それを行動に移して拒否されたら、流石に心が立ち直れなくなる。


(やらない方がいいのか……)


 一瞬、そう尻込みしそうになったが、


(どうにでもなれっ!!)


 どこからか、そんな勇気が湧いてきた。


 洸はゆっくりと瑠璃葉の方へと手を伸ばした。ごくりと自分が唾を飲み込む音が聞こえる。心臓もドキドキしてきた。それでも彼は引き返さなかった。


 ネイルで彩られた爪のある肌白く細長い整った指先。そこへ慎重に重なり出す洸の手。


 ――ギュッ。


 気付けば、上に置いていた洸の手はいつしか瑠璃葉の手の下に潜り込んでおり、そのままお互いの指先同士が絡み合っていた。


(えっ、これってもしかしなくても恋人繋ぎじゃね?)


 瑠璃葉は恐怖に怯えながらも、映画にかなり集中しており、おそらく無意識のうちに握っているという感じだ。


(とにかく引かれなくて良かった……)


 そもそも意識されていない感じだが、自分の手が受け入れてもらえて、洸はそれだけで嬉しかった。


 そして、どうやら映画も中盤らへんに差し掛かってきた頃だった。


【ぎやああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!】


 映画の中の化け物が雄叫びをあげながら襲いかかってくるシーン。ここからが観客の不意を付いたような演出のオンパレードだった。

 突然の『ドーン』といった物音は鼓膜の奥まで響き渡り、散りばめられたちょっとしたグロい演出も脳裏に焼き付きそうだ。


(な、なるほど、これは確かに怖いな……)


 今、この映画が高い評価を受けて、流行っている理由がよくわかる。これは物凄いクオリティーだ。

 Vtuber時代に度々ホラーゲームの配信をして、そこそこ耐久が付いている洸でも、鳥肌が立つ程恐怖を感じる、かなりの迫力と際立つ演出。先程まで、そこまで集中せずに観ていた彼がそんな状態であれば、当然、ホラー耐性なんて全く付いていない瑠璃葉の方は――、


「ううぅ……もう無理ぃ~」


 涙目になりながら、ぼそりと小声でそんな弱音を吐き出しながら、先程以上に震えていた。それに加え、どんどん瑠璃葉の恐怖がエスカレートしていくに連れ、洸の手を握る強さも増してきている。


(る、瑠璃葉さん……ちょっと、流石に痛いんですけどぉ~)


 洸は洸で、別の意味でパニクりそうになってきた。こんな美少女からここまで強い恋人繋ぎをされる経験なんて今後あるだろうか。そんな感じで、彼の脳はホラーとラブコメが行き来し処理が追い付かなくなってきた。

 しかし、事態は今を上回っていくようにどんどんなってきた。


【ぐぎあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】


 スクリーンから今にも飛び出してきそうな化け物。


(ぐっっっっ、これは声が出そうになるレベルだった)


 ふと、スクリーンからシアター内に目を落としてみる。目の前のカップルも隣のカップルも皆、今のシーンで泣きつき始めていた。


(まあ、無理もないかぁ……って、ん?)


 洸はゆっくりと左隣の席に目をやった。


(これはおそらく夢ではない……)


 気付けば、瑠璃葉がコアラのような感じで、洸の左腕に抱きついているではないか!


(ありがとうございます、神様、仏様)


 思い返せば、デマ情報を流され、Vtuberも辞めざるを得なかったあの辛い日々も、いつしか絵に描いたような心優しいヒロインに物理的に抱きしめられる幸せな瞬間に変わっていた。

 これは天からのギフトと言っても過言ではないだろう。もし、自分がラノベ主人公なら作者にめちゃくちゃお礼を申し上げているところだ。


 しばらくもしないうちに、振り向いた洸と目が合った瑠璃葉は、涙目でうるうるしながら、上目遣いでこちらを見ている。

 きっと、スクリーンから目を逸らそうとしているのと、こちらに必死で助けを求めようとしているのが合わさって、こうなっているのだろう。


(か、可愛すぎるって!!!!!)


 とにかく破壊力が凄まじ過ぎた。映画も、隣の美少女も。


 ●○●


 上映終了後、二人は映画館のある駅から少し離れた場所にある瑠璃葉の行きつけだというカフェで、くつろいでいた。


「私はメロンクリームソーダとイチゴパフェで。洸くんは?」


「俺はコーヒーでお願いします」


 二人の注文を聞き終えると、店員は厨房の方へと去っていった。


「ここでは変装解いちゃっても大丈夫だよ」


「それって、どういう――」


 洸はそう瑠璃葉に問い掛ける前にハッとした。このカフェにいる他の客は向こう側の席に腰掛ける男性三人組だけ。そして、皆、何処かで観たことのある顔。


「ここって?」


「ここは私のお父さんの会社が運営してるカフェで、私が今、貸切状態にしてもらってるから、ここには私たちと信頼できる運転手さん、ボディーガードの二人だけだよ」


 なるほど、つまりこのカフェは坊城グループが経営しているわけだ。


(まさか、芸能関係以外のことにも手を伸ばしていたとは……)


 一応、坊城グループが経営していたVtuber事務所に所属していた身だが、全く興味がなく知らなかった。


「まあ、ともかく、さっきのホラー映画、私はそこまで怖くなかったね」


「噓つけ」


「うぐっ……バレてたか」


 洸に突き刺された瑠璃葉は少し苦い表情を浮かべたが、それはすぐに赤面の方へと切り替わっていった。


「あの、さ……」


 瑠璃葉は、赤く染まった顔のまま、急にもじもじし始めながら、しばらくこちらと目を合わせたり、逸らしたりを繰り返していた。そして、覚悟が決まったのか――、


「私、映画館で手をギュッってしちゃったり、抱きついちゃったりしたけど……その引いたりしてない?」


 と、洸に言ってきた。


「だ、大丈夫だよ……」


(むしろ、こちらとしては嬉しかったです)


「その、あのね、無意識と言えば、無意識だったんだけど……気付いたときにはなんか洸くんを抱き枕にしてたというか……」


 瑠璃葉は幼い子どものように、しばらくの間、たどたどしく話していた。


「あむっ、んんっ、おいしい♡~」


 頼んだメニューが来てからというもの、瑠璃葉は先程までのホラーの恐怖も、洸への羞恥も忘れたかのように、パクパクとパフェを食べ始めた。


「はぁ~とろける♡」


 瑠璃葉は頬に手を当てながら、とても満足そうな顔をしている。これは完全に目の前のパフェとドリンクに気を持っていかれている。甘い物だけでこんなに浮かれれるとは。


(なんか、もうひと展開起きそうな予感……)


 洸のそんな予感は当たっていた。


「はいっ、洸くん。あ~ん♡」


「えっ……」


(それは完全に間接キスでは!?付き合ってる者同士がやるやつでは!?)


「ほら、あ~んってして♡」


「あっ、はいっ」


 推し気味の瑠璃葉に、洸は抗えず口を開けた。


 ――パクッ。


(これまた正気に戻ったときにめちゃくちゃ恥ずかしさが襲ってくるやつだ)


 先程のホラー映画で、全く学ばない二人であった。

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