第12話 いよいよ初配し……その前にデートしよ♡

 初配信まであと残り三日。

 初配信の放送内容もほとんど決まり、瑠璃葉は洸のサポートを受けながら、当日に向けた練習を通信環境のテストも兼ねて行っていた。


「うわぁ~、流石の私でもドキドキしてきちゃったよぉ~。慰めて洸くん♡」


「ガンバ♡」


 瑠璃葉がふざけてあざとくそう言ってきたので、洸もそのノリに乗ってそう返したが……。


「き、キモい……」


 瑠璃葉は顔を引きずりながら、洸の方を蔑んだ目で見ている。


「辛辣!!」


(確かにちょっと自覚はあったけど)


 洸はツッコミながらも、心の中で少し反省した。


「それに洸くんがいつもに増してウザイ……」


「え、いつもはそんなにウザくは……」


(いや、ここ最近、瑠璃葉ちゃんいじる機会多かった気がするからあながち間違ってないか……)


 最近、少しだけ調子に乗り過ぎていたかもしれない。だが、そんなことで瑠璃葉は突っかかってきたりは――、


「洸くんは私を立派なVtuberにしてくれるための協力者であり、師匠的立ち位置でもある、謂わばプロヂューサー」


 突然、瑠璃葉は真面目なトーンで話し始めた。


「きゅ、急にどうしたの?」


 それに少し不穏な空気を憶える洸。


「普段お世話になってるし、洸くんのおかげで登録者数一万人も初配信前に達成することが出来た!!」


「そ、それはどうも?」


(なんか、褒めてくれてるけど……)


 今度は笑顔と明るいトーンで、洸を急に褒めてくる瑠璃葉。それにはたまた少しだけ不穏な空気を憶える洸。


「だが、忘れてはいないかね!!」


「!?」


「君は居候の身であるということを!!」


「うっっっっ!!」


「それも、JKのヒモ!!」


「ぐはっ!!」


(現実を突き付けてきた!!)


 瑠璃葉に上げるだけあげられて、最後、一気にズドンと落とされた洸はズタズタになり、その場にしゃがみ込んだ。


「どうだね洸くん。もう少し立場をわきまえてもらえないかね?」


「調子に乗り過ぎました……」


「うむ宜しい。これからは従順な下僕として励んでね♡」


「変な命令されそうで怖いんだけど……」


「では、先ずは手始めに脱いでもらって、その異性ウケしなさそうな運動不足貧弱ボディーを見せてもらおうか」


「色々となんか言われたい放題なんですけど……」


 ――と、一通りの流れを終えたところで、


「本当は洸くんの元気がどんどん戻ってきてくれて良かったって思ってる」


 瑠璃葉はそう本音をこぼす。かなり安堵が含まれている声。きっとその分、なかなか立ち直れなかった不甲斐ない自分の姿のせいで、これまで彼女にかなりの心配をさせてしまっていたのだろう。彼女は再会してからいつもの微笑みと優しい声で接してくれていた。自分はなるべく彼の前では元気で振舞おうとマイナスな感情も極力隠してくれていたに違いない。

 改めて彼女のそんな気遣いを今のひと声で思い知った洸は、とても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……ごめん」


「うんうん。前も言った通り、洸くんのせいじゃないから。それに、ここ最近、洸くんの笑顔がいっぱい観れて幸せだし」


 瑠璃葉は相変わらず、洸の弱い部分まで包み込んでくれる。そんな優しい彼女の役にもっと立てるようになりたい。洸がそう思うのも必然だろう。


(瑠璃葉ちゃんは今、初配信へのドキドキで心がいっぱいいっぱいのはず……)


 少しでもその緊張をほぐしてあげたい。だから――、


「今日は作業はこれくらいにして、俺と一緒にちょっと出かけない?」


 思わず、洸はこんなことを口走ってしまっていた。


「ふぇ!?そ、それってもしかして、いやもしかしなくてもデートのお誘いですかね……?」


 それに対し、瑠璃葉は口の前に手を当て、少しあわあわし始める。


(流石に引くよな……)


 付き合ってもいない男から急に二人きりで出掛けようだなんて。


「う、嬉しい!!全然行く!!どこ行くの?」


 当の本人はとても喜んでいた。むしろ瑠璃葉の方が食い気味に迫ってきているような気がする。彼女の頬と耳の先は少しだけ赤く染まっていたことにまでは、洸もテンパっていて気付くことが出来なかったが。

 それにしても、疑問は抱かないのだろうか。カップルでもない男女が二人きりで……。


(……って、でも確かに俺ら、今、二人で同棲してるんだった)


 お付き合いしていない男女が二人きりでデートなんて、同棲していることに比べたら、全然つっかからないレベルだ。


「一応、変装して身バレしないように俺はしなきゃいけないけどね」


「じゃあ、人混みの多い場所はダメかな?」


「いや、それなんだけどさ――」


 こうして、二人はそれぞれ、着替えたり、変装したりして、デートを開始するのだった。


 ●○●


 駅と直結したショッピングモール。人混みが多く、変装していなければ、一瞬でネット記事などを目にしている人間にはバレるであろう。そんなちょっとした危険地帯をくぐった最上階にあるのは――、


「久しぶりにきた気がする」


「俺もここ数年は、Vtuberの活動が忙しくて観に来れていなかったな」


 他のお店とは少し暗めの室内。あちらこちらから匂うポップコーンの香り。そう、映画館だ。


「ポップコーンはどの味にする?因みに、私はキャラメルで、飲み物はコーラかな」


 こちらに向けて、満面の可愛い笑みで迎えてくる瑠璃葉は、マンションにいるときのラフなものとはギャップのありまくる姿をしていた。

 どこかのブランドのロゴTシャツの上に、ベージュのジャケットをはおり、デニムのスカートで合わせた春コーデ。ラフな感じだが、非常に大人びていてオシャレに見える。

 それに加え、茶髪のショートヘアーの上半分をアップスタイルにしたハーフアップですっきりした上品さを表している。

 おまけに、控えめなアイラインやぷるっとした唇に桃色のリップ、ファンデーションの広がる肌から全体的に甘い感じが放たれ、洸は彼女が振り向く度に悶えそうになる体を必死でこらえた。


「私、これ観たいんだけど、多分、洸くんも同じだよね」


 瑠璃葉はチケット販売機に表示された映画名を指さした。


「うん。どうしても瑠璃葉ちゃんとこれを一緒に観たくて」


 二人が選んだ映画。それは――、


「ほ、ホラー映画なんて私、人生で観るの初めてだけど、流行りには弱いからなぁ~」


「俺もだよ。でも、Vtuberになったらそのうちホラーゲームの配信とかもする機会あるだろうし」


「まあ、その練習と気晴らしも兼ねて観てみますか」


 こうして二人は、作品が上映されるシアター内へと足を踏み入れた。


 ●○●


 映画本編が始まるまでの約三十分間、スクリーンに映し出されるコマーシャルを眺めながら、洸はずっと考えていた。


(俺らが座ってるところってペア席だよね)


 スタッフに切られたチケットを再度確認しながら、洸は左隣に座る瑠璃葉の顔を横目に見る……が、特に彼女に気にした様子はない。


(俺の分まで、まとめて発券してくれたのは瑠璃葉ちゃんなんだけど)


 今回は洸から誘ったのと、デートだったらやっぱり自分が瑠璃葉の分まで払いたいという気持ちもあり、彼が二人分出すことにした。すると、彼女は承諾してくれたが、代わりに「私が洸くんの分まで、一番見やすい席を選んであげるよ」と言って、発券機をいじり始めたのだ。そして決まったこの席。


(なんか、ちょっと値段安かったなとは思ったけど……)


 ペア席だと一人当たりの値段が割安になる。正直、入場する際にチケットを切られたときも全く気が付かなかったが。これは果たして、単純に瑠璃葉が見やすい席にしてくれたのか、値段のことを考えてくれたのか、それとも俺のこと彼氏だと思って……的な洸の願望を彼女も心の中で想ってくれたのか真相はわからない。


 普通、こんな可愛い美少女とこんな席に座っていたら、目立ちそうな気もして一瞬心配したが、周りもほとんどカップルばかりとあってか、特に注目されずに済んだことには幸いした。

 そんなことで脳内がいっぱいいっぱいの彼とは反対に、何も考えてなさそうな顔をしながら、彼女は、


「あともうちょっとで始まるね」


 と、映画館限定の囁き声でこちらを向いてきた。優芽とのASMR特訓で鍛えられただけあり、かなりの素晴らしいボイス。それに反応し、チラッと横を見ると、彼女がとても可愛い顔をこちらに向けくれていた。

 そして、いよいよ上映目前となり、シアター内がどんどん暗くなっていた。

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