第13話 顔を上げて、前を向いて、全力疾走することだよ 1
翌日、僕はいつも通り出勤した。昨日は確かに体調が優れなかったけど、一晩経ったら回復して今はなんともない。ナツは行きたくなければ休めばいいと言ってくれたけど、理由もなしに休むことが僕にはできなかった。だったら理由をテキトーに作ればいいとも言われたけど、嘘をつくこともはばかられて結局出勤することにした。
ナツには、真面目だなぁ、と言われ、ふと、昔から真面目だとよく言われていたことが思い出された。この真面目という言葉の中には、ナツの言っていた自己犠牲というのも当てはまるのだろうか。会社に向かう途中、ぼんやりとそんなことを考えていた。
会社に着いてからはまず課長に話をした。話の内容は体調が回復したことの報告と休んで迷惑をかけたことのお詫びの二つ。ナツがそばにいたらまた溜息交じりに真面目だと言われたかもしれないけど、一言あった方がいいかなと思い、気乗りしないけど声をかけることにした。
僕が話しかけると、課長は早退を申し出たときと同じで終始興味の無さそうな様子だった。あの失敗によって僕への信頼を失ったのか、上から小言を言われて不機嫌なのか、正確な理由は分からないけど、僕に関わりたくないということはよく分かった。こんな風に不機嫌に曝された時、以前の僕だったらひどく落ち込んでいただろうけれど、今回は多少胸が痛くなったものの、そこまでのダメージではなかった。そういう反応がくるだろうと予想していたし、昨日から気持ちが吹っ切れている部分があったからだと思う。課長の次には仕事を引き継いでくれた先輩にも同じ話をしたけれど、反応は課長の時と全く同じだった。それでもやはり、気持ちが大きく沈むことはなかった。
今週は仕事をしながらナツの言っていた「自分を識る」を実践していた。字面だけで見ると仰々しく思えるけれど、別に特別なことはしていない。以前ナツに言われた、好きなもの、やっていて苦にならないこと、許せないことを探したのだ。自分に「ある」ものがなにかをもう一度確かめるために。
この作業は言わばカメラのピントを合わせることと同じだ。自分にフォーカスを当てることで、それまでぼんやりとしていた自分の姿がはっきりと映るようになる。以前はこの作業の重要性を理解しないままなんとなくやってみただけだったから、解像度が低いままで終わっていたけれど、今回は慎重にフォーカスリングを回すようにして自分と向き合った。おかげで、以前よりもずっと解像度高く自分のことを識ることができた。
そして日曜日、僕はナツに餌やりをしていた。ナツが脱皮前だったこともあって、こうして日曜日にナツと向き合うのはずいぶんと久しぶりのように感じられる。僕はナツがマウスを呑み込んでいく様子を黙って見つめていた。やがてマウスを呑み終えると、ナツは再びクアァッと口を開いていて顎を動かした。ヘビは食事の時は顎が外れるくらいに口をめいっぱい広げるので、呑み終わった後に口を開いて顎を元の状態に戻しているのだ。
「今日はずいぶんと顔色がいいね」
ルーチンが終わったナツは穏やかに言う。
「そうかな?」
「わんわん泣いて気持ちが吹っ切れたかな?」
ナツはからかうように僕の顔を覗き込んだ。
心なしか、口角が上がっているようにも見える。
「……ぐっ、それは言わないでくれよ」
僕が恥ずかしさから顔を逸らすと、ナツは「ごめんよ」と笑いながら言った。
「でも、いい傾向じゃないか。今の自分について、いろいろ見えてきたんじゃないかい?」
「まぁ、分かったことはあったよ……」
僕はそう言って、宙に視線を向けた。
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