第11話 精一杯やった自分を褒めてあげてもいいんじゃないかな

「君がいなくなったらボクは生きられない。君の死とボクの死は直結しているんだよ。君に、ボクを殺す覚悟があるかい?」


顔を正面から殴られたみたいな衝撃があった。実際にそんな経験をしたことはないけど、ナツの目や放った言葉にはそれくらいの強さを感じた。

殺す覚悟って、そんな大げさな。そう思って、でも口には出さなかった。

……そうだ。ナツが言っていることは間違っていない。僕がいなくなってしまえば、ナツの世話をする人もいなくなってしまう。そうなれば確実に、ナツは死んでしまう。混乱のあまり、僕はひどく無責任なことを口にしていたのだ。


「そうだよな。ごめん、ナツ」


僕の謝罪にナツは首を振る。


「……いや、ボクの方こそ意地悪を言って悪かったよ」


ナツはそう言って頭を下げる。先ほどとは打って変わったしおらしい反応に思わず笑みがこぼれた。

ナツが人間的な動きをすると、アニメかなにかのキャラクターみたいで普段よりも愛らしく見える。気持ちが少し落ち着いたところで、僕はおもむろに口を開いた。


「ねぇ、ナツ。僕が今までやってきたことは、間違っていたのかな?」


逃げ続けた人生の中でも今の仕事は精一杯できることをやったつもりだった。もう後悔はしたくない、その一心で。だから少しずつ結果が出始めたときはうれしかったし、自分は変われたんだと思った。でも、結果として僕が苦労して掴んだ成果はいとも簡単に手から抜け落ちた。まるで初めからなにもなかったかのように、きれいさっぱりと。


これからもこぼし続けるのではないか。そもそもなにも掴めやしないのではないか。そんな不安が汚泥のようにべっとりとまとわりついている。

もしかしたらこんな風に答えを求めることがすでに大間違いだと言われるかもしれない。それでも聞かずにはいられなかった。今は自分以外の、ナツの言葉が必要だった。


「正しいとは思わない」


ナツははっきりとそう言った。

僕は息を吐きながら項垂れる。否定されることを予想していなかったわけではないが、やはり胸に突き刺さるものがあった。胸に手を当て、これは必要な痛みだと自分に言い聞かせた。心臓の音が腕を伝ってうるさいくらい耳に響く。


「でも……」


内に鳴り響く音を押しのけてナツの声が届いた。

僕は顔を上げて無言でナツを見つめる。


「間違っているとも言えない」


「……え?」


思わず間の抜けた声が出た。すぐに頭の中でナツの言葉を反芻する。

正しくないけど、間違ってもいない……?

いったいどういうことなのか。意味が分からず、目で説明を訴えた。


「前にも言ったかもしれないけど、君の今いる環境は君が生きるのに適していない。例えるなら、ボクが極寒の地で過ごすようなものだ。そんな場所じゃどんな努力をしても意味がない。……でも君は、それでもふんばろうと努力できる。自分の精一杯を貫こうとする。そういう生き方は、間違っていないと思う」


僕は時間が止まったみたいに固まっていた。言葉の意味や感情の処理が追い付かない。そんな僕に、ナツは顔を近づけてやさしく言う。


「失敗したことは確かに悲しいし、つらい。でも精一杯やった自分を褒めてあげてもいいんじゃないかな」


胸に当てていた手がするりと落ちた。

自分の身体がじんわりと温まり、ほどけていくのが分かった。ゆっくりと溶けていくような感覚が全身を巡る。心地よさと同時に、こんなにも強張っていたのかと驚かされた。

気がつくと、一筋の涙が頬を伝っていた。顎まで達して雫が落ちると、今度は堰を切ったように両目からあふれ出した。止めようとしても止められず、声にならない息が漏れる。

溜まったものを吐き出すように、僕はひたすらに泣き続けた。

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