ブレーメンの音楽隊

洞貝 渉

ブレーメンの音楽隊

 一台の軽トラがブレーメンという町に向かって走っていました。

 軽トラの荷台にはなにも乗っておらず、車内にも誰もいません。軽トラは廃車にされるはずだったところを逃げ出してきた野良軽トラでした。

 野良軽トラの考えでは、ブレーメンへ行けば、その町の音楽隊にやとってもらえるかもしれないと思ったのです。


 しばらくいきますと、一台のロボット掃除機が道の小さな段差にハマり込み、けたたましいメロディー音を発していました。

「おい、きみはどうしてそんなに、にぎやかにしているんだい」と軽トラがたずねました。

「いや、じつはね」とロボット掃除機がいいました。

「おれもすっかり人気者になれたと思っていたんだがね、主人が子猫を拾ってきちまった。子猫のやつ、普通だったらおれの上に乗ったり、おれの後をついてきたりして懐いてくれてもいいものを、すっかりおれのこと怖がってしまって。それで処分するだとか言ってきたから、慌てて逃げ出してきたってわけなんだ」

「そんなら、どうだい」と、軽トラがいいました。

「おれは、これからブレーメンへいって、あの町の音楽師になろうと思っているところだが、きみもいっしょにいって、音楽隊にやとってもらったら。おれはギターをひくから、きみはたいこをたたきなよ」

 それを聞いてロボット掃除機はすっかりよろこびました。そこで、二台はいっしょにでかけました。


 すこし歩いていきますと、一台の炊飯器が道ばたにすわりこんで、三日も雨にふりこめられたような顔をしていました。

「おや、日本人の必需品さん、なにをそんなにこまってるんだね」と軽トラがたずねました。

「わたしゃこの通り、型落ちもしちまったし、保温機能も米を乾燥させちまって長時間は使えない。それに、炊けた米より生米のザラザラした感触の方が好きなのさ。ところがそうすると、うちのおかみさんは土鍋を重宝し始めて、わたしをスクラップにしてしまおうって気をおこしたんだよ。それで、わたしゃ、いそいでとびだしてきたんだけど、といって、うまい知恵もなし、これからどこへいったらいいだろうねえ」

「おれたちといっしょに、ブレーメンへいこうじゃないか。おまえさんは炊きあがりの音楽がおとくいだから、町の音楽隊にやとってもらえるよ」

 炊飯器は、それはいい考えだと思いましたので、みんなといっしょにでかけました。


 にげだしてきたこの三台のものたちは、やがて、とある屋敷やしきのそばをとおりかかりました。すると、門の上に目覚まし時計がとまっていて、ありったけの声でさけびたてていました。

「きみは、腹のそこまでジーンとひびくような声でないてるが、いったいどうしたんだ」と、軽トラがききました。

「なあに、いいお天気だと知らせてるとこさ」と、目覚まし時計はこたえました。

「なにしろ、きょうは日曜日だろう、サザエさんを観て社会人たちは気を落とす、かわいそうな日だからね。ところがあしたの月曜日からは、大きな音ではなくて優しい環境音と光で起床を促す最新式の目覚ましが導入されることになる。それで、なさけしらずのおかみさんが、不快な目覚めしかもたらさないこのぼくはいっそ捨ててしまえというんだ。それで、せめて声のだせるいまのうちにと思って、のどのやぶれるほどないているとこさ」

「おい、おい、なにをいってんだ」と、軽トラがいいました。

「それより、おれたちといっしょにいったらどうだい。おれたちは、ブレーメンへいくところだ。死ぬくらいなら、それよりもましなことは、どこへいったってあるさ。だいいち、きみはいい声だ。おれたちがいっしょに音楽をやりゃ、たいしたもんだぜ」

 目覚まし時計は、この申出がたいへん気にいりました。それで、こんどは、四台そろってでかけました。


 けれども、ブレーメンへは、一日ではとてもいけません。

 やがて夕がたになったとき、遠くのほうに、火がちらちらしているように見えました。そこで、そう遠くないところに家があるにちがいない、あかりがついているようだから、と、みんなはあかりの見えるほうにむかって、歩いていきました。歩いていくにつれて、だんだんその光がはっきりしてきて、ますます大きくなりました。やがて、みんなは、あかあかとあかりのついている家のまえまできました。

 いちばん背の高い軽トラが、窓のそばへいって、なかをのぞいてみました。

「なにが見えるね、じいさん」と、目覚まし時計がききました。

「なにが見えるかって」と、軽トラがこたえました。

「上等そうなバッテリーやガソリンの、いっぱいならべてある棚があってな、そのまわりに強盗どもがすわって、ごきげんでいる」

「電池やUSB、コンセントなんかもあるかい?」と、目覚まし時計がいいました。

「うん、うん、もちろんさ。なんとかして、あそこへはいっていきたいなあ」と、軽トラがいいました。

 そこで、無機物たちは、強盗どもを追っぱらうには、どうしたらいいだろうかと、相談をはじめました。そして、いろいろ相談したあげく、うまい方法が見つかりました。


 つまり、軽トラが前足を窓にかけ、ロボット掃除機がその背中にとびのる、そのまた上に炊飯器がのぼり、さいごに目覚まし時計がとびあがって、炊飯器の頭の上にとまる、ということにしたのです。

 そのとおりのじゅんびができますと、みんなはあいずにあわせて、いっせいに音楽をやりはじめました。軽トラはプップー、ロボット掃除機はキュルキュル、炊飯器はアマリリス、目覚まし時計はジリリリリリとなきさけびました。それから、窓をつきやぶって、四台がいっせいにへやのなかへどっととびこみました。窓ガラスはガラガラ、ピシャンと、ものすごい音をたてて、こわれました。

 強盗どもは、このおそろしいさけび声をきいて、びっくりしてとびあがりました。てっきり、おばけがとびこんできたにちがいないと思いこんだのです。みんなはふるえあがって、森のなかへいちもくさんににげていきました。

 そこで、四台はめいめいバッテリー交換したり充電したり電池交換をしました。

 四台の音楽師はそれぞれの作業を終えますと、あかりをけして、めいめいの生まれつきにしたがって、それぞれ寝ぐあいのいい場所をさがしました。


 ま夜中すぎになって、強盗どもが遠くからながめますと、家のなかのあかりはもうついてはいませんでした。それに、いやにしずかなようすです。そこで、かしらがいいました。

「おれたちゃ、あんなにびっくりしなくてもよかったんだ」

 そして、ひとりの手下をやって、うちのようすをさぐらせました。手下がいってみますと、うちのなかはしーんとしずまりかえっています。

 しばらくしますと、強盗の手下は、あとをも見ずに、むちゅうになって、かしらのところへとんでかえって、いいました。

「ああ、あのうちには、おっそろしい害獣がいますよ。嫌に固い体のネコが台所で丸まってアマリリスを狂ったように歌っていたんです。びっくりぎょうてんしてあわててうら口から出ようとしたら、そのとたん、そこにねていた犬が、おいらの足にかみつこうとコンコン音を立ててぶつかってきやした。ますますあわてて、庭へとびだして、きたないわらのつんであるそばをかけぬけようとしますと、こんどはロバが、あの巨体でいやというほど体当たりしました。おまけに、オンドリも、このさわぎに目をさまして、横木の上から、ジリリリリリと、さけびたてました!」


 それからというものは、強盗どもは、二度とこの家に近づこうとはしませんでした。いっぽう、ブレーメンの四台の音楽師たちは、たいそうこの家が気にいって、もうここからでていこうとはしませんでした。

 これは、動画で見たという人の口から、きいたばかりのお話なんですよ。

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