第29話 朱雀
先を下にし、地面に突き付けられた
大口を開けた
大鉈ではあるが、刀の様な見た目でもあり、その柄には見事な朱色の柄巻きの紐が巻かれている。
その房が、フワリと動く。
「
朱陽の口角が無意識に上がる。が、その瞳は、【朱陽】というその名の通り、燃え上がる太陽の光の如く、
【朱雀】と呼ばれたのは、
大天狗の、いや正しくは朱陽の大鉈は、
大鉈は、その朱色の房を再びフワリと揺らす。
「行けるか……?」
その問いに応えるように、刃が妖しくも美しい光を揺らす。
「大介。私はお前を殺したくは無い。例え、お前が私を殺したいと思っていたとしてもだ。だが、もしお前が過去の世話役殿達を殺して来たように、今の世話役殿を狙っていると言うなら話は別だ」
朱陽の言葉に、シロガネがハッと息を吸い込む。
『なんの話だ。俺が世話係を殺したなど、何の証拠がある』
大鉈に牙を引っ掛けたまま、大介はギリギリと強い力で押して来るのを、朱陽は両足を踏ん張りつつも顔色は変えずに押し返す。
蛇の毒牙が朱雀に流れる度に、ジャワッと音を立て煙が舞い上がる。その煙にも毒が混ざってはいるが、朱雀の力により煙が上がると同時に浄化される。
「ほう? ならば、お前の番の仕業か? ならばお前の番を殺すまで」
その言葉に大蛇の瞳がカッと見開き、先程までとは比較にもならない力で大鉈を振り払った。
朱陽は、フワリと舞い上がり後ろへ下がる。
大鉈を構え、かつて愛した相手に刃を向ける。胸の奥がチリリと焼ける様な痛みを感じながらも、大介の【番】に対する感情の大きさに、朱陽は僅かに切なげな瞳を覗かせた。もう自分が愛した大介は、ここには居ないのだ、と。
鎌を掛けて訊ねた『世話役殺し』も、その反応から恐らく大介自身は関与しては居ないだろうと朱陽は思った。が、しかし。
大介が先程から纏う通力は、間違いなく『世話役』の力そのもの。
天狗の世話役では無くなった今の大介が、世話役の力を持っていることは、あり得ないのだ。
考えられるとすれば、過去亡くなった世話役達の通力を、根こそぎ奪い取り、その身に流し込んでいるとしか言いようがない。
それならば、世話役達の痣が消えていたのも頷けるのだ。
しかし、そうなると大介の痣が消えていたのは何故なのかと、朱陽は大蛇の姿をした大介を見つめる。
『朱陽、教えてくれ。お前は何故、俺を見捨てたんだ?』
大蛇の瞳の奥。じっとその目を見つめれば、そこにある大介の本質がチラリと見えた気がして、朱陽は構えていた大鉈から、僅かに力を抜いた。
その瞬間。
『『朱陽様!!』』
「朱陽!!」
「ッ!! 大丈夫だっ……!」
大蛇が一瞬の隙を突いて、朱陽に襲いかかった。
急いで避けたものの、朱陽の左腕の袖は焼かれた跡の様に黒く焦げ、その下の腕から血が滲む。
毒が触れたか、避けたため僅かな傷であるはずが、異様に熱く痛む。
『朱陽様!』
「シロガネ、手を出すな」
背を向けたまま静かな声でシロガネに伝えれば、その足がもどかしげにカチカチと爪を鳴らす。
朱陽は、自分の中に甘い考えがあることに、小さく首を横に振る。
しっかりしろと、自分に言い聞かせ、再び大鉈を構えれば、天井からミシリと軋む音が聞こえた。
大鉈を向けられたにも関わらず、大蛇姿の大介が天を仰ぐ。
その様子に合わせて、朱陽は大鉈を構えたまま、チラリと天井に視線を走らせた。
天井といっても、雷雅が施した結界。
その結界の一部に、ひび割れの跡が見て取れた。
「この結界を破るだと!? 何者だ!」
真っ先に声を上げたのは、他でもない雷雅だった。そして、真っ白な翼でバサリと音を立て舞い上がる。
再び、ピシリと音が響く。
雷雅が、ひび割れた結界へと近づくあと一歩のところで、結界に穴が開かれた。
「兄さん! こんな所で何やってるですか!」
穴から顔を出したのは、黒髪の蛇肌を持った男。その肩には、ダラリと力の抜けた白髪の男が。
『巳黒か。向こうは終わったのか?』
「それが失敗しちゃて! でも、見つけましたよ、アイツを!」
そう言って笑う黒髪の蛇肌男に向かって、雷雅が小さな雷を、その身体に落とす。が、男は素早くそれを避け、穴を抜けて大蛇の傍に降り立った。
『巳黒!』
シロガネが嫌悪感たっぷりな声を上げるが、巳黒は無視をして大蛇に話しかける。
「ついに、見つけましたよ。アイツが、兄さんの力を持った世話役だ。アイツをコロ……」
『待て、巳黒』
巳黒が空気も読まず話しかける事、そしてその次の言葉を朱陽に聞かせるわけにはいかないと感じた大介は、すかさず制止の声を上げた。
「やっぱり、お前達は世話役殿を殺して来たんだな。そして、今の世話役殿までも殺そうとしている。ならば、もう容赦はしない。大介、お前は私が責任を持って……斬る!」
朱陽の纏う空気が変わった。
それに気が付いた巳黒は、しまった! と顔を歪めだが、もう遅い。
まるで結界の中の空気を断ち切るかのように、朱陽は大きく大鉈を振り回したのだった。
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