02
歩いて通るのはやはりしんどいトンネルを抜けて、今日も晴れていてよかったと思ったり、歩道から見える多めの植物に癒されたりしながら歩いた。ミチはファンクラブ限定の生配信の話をしている。月一の生配信も楽しみだけれど、道端に咲く春の花はかわいいし、途中のクリニックの庭には園芸種で整えらえた花壇なんかもあって立ち止まりたくなる。ひとりで散歩していたらトンネルは避けるだろうし花が咲いていたら写真を撮っていたと思う。
たどり着いたカフェ。今日はシャッターが全開している。外観をゆっくり眺める間もなくミチがガラス戸を開いた。
「Hello!」
日本語で大丈夫かなと思いながらカウンターの奥に「こんにちは」と応える。
「店内のご利用ですか?」
笑顔の店員さんが出てきてくれた。
「はい」
「お好きな席へどうぞ」
やばいメニュー見ただけじゃよくわからん、ミチと顔を見合わせる。値段をチェックすると、たまに親と行くカフェのドリンクと同じくらいだった。
「これコーヒーじゃないんじゃない?」
ミチが指差すハウスアイスシェイク。八百円はきつい。
「俺はカップチーノにするわ」
昨日はカプチーノって言ってなかったっけ、メニュー表の英語の横のカタカナのとおりに発音するミチ。
「シェイクにしとく」
冒険できないお互いのチキンっぷり。内装と店員さんのクールさに圧倒されながらオーダーした。クールだけど笑顔と応対が温かい。
先に届いたハウスアイスシェイクのストローを口に運ぶ。冷たいざりっとした塊が舌の上で溶ける。
「わけわかんないくらいおいしい」
「一口」
ストローをペーパーナプキンで拭いてからグラスをミチに手渡す。
「うまっ」
満面の笑みで親指を立てるミチ。ミチの前にもカップが置かれた。ミチは泡立った表面にスプーンを突き立てて混ぜている。もう一度ストローをペーパーナプキンで吹いて二口目のシェイクを啜る。わけがわからないくらいにおいしい。
「あちい」
一口飲んだミチは舌を出して片目をつむった。
「でもめっちゃ美味い。俺の知ってるカップチーノじゃないわ、これ。なにこれ」
「冷めたら一口ちょうだい」
「飲めそう?」
「このシェイク出す店のものなら飲みたくなる」
スマホを店の Wi-Fi に繋いでカップチーノを検索する。
「勝手にスマホいじんなし」
「うるさいな。カップチーノ調べてんの。まずエスプレッソがわからんけど、そのあわあわはミルクか。だろうな。エスプレッソってコーヒーだよね」
「そうじゃない? なんか小さいカップのコーヒー。多分濃いやつ」
カップチーノで検索してもカプチーノしか出てこなかった。エスプレッソに泡立てたミルクを注いだものらしい。私コーヒー好きなんじゃないのか、と思うくらいにカップチーノはおいしかった。この店以外でもう飲みたくないよ、とミチがいうのも大袈裟ではない気がする。
また来ようというミチに「ごめん。今度はないわ」と返す。
「なんで? 思ってた以上だったことない? まじ渋いわあの店」
「私 EG のライブに行きたいんだ。いま貯金してんの。次に東京か横浜のライブが決まったら会員先行で応募する」
「ガチか」
「だから、あの店は本当によかったから親に教えて連れてってもらうよ」
「俺も行く」
「は? うちの親と?」
「ライブ。俺も応募する。一緒に行こうよ。つか俺が二席応募するわ。そうしないと席がバラバラになるじゃん」
「席がないライブハウスでも行くから。オールスタンディングの一階に応募するし。うちは親子仲冷めてないから、親に送ってもらうつもりなんだよ。一緒には行けなくない?」
「ライブハウス行くよ。俺も親に聞いてみるから隣で観ようよ。うちも仲が冷めてるわけじゃないけど二人でカフェとかはもう恥ずかしい、つかJCと親の組み合わせは恥ずかしいと思わないけど」
「ちょ待って。うちの親とミチの親に送らせて、ライブの間、待たせるってこと?」
「リナの親だけじゃ悪いじゃん。リナの母さんと俺の母さんってどうだったっけ、DMとかたまにしてない?」
「もうクラス違うし、してないんじゃないかな」
「でも知らん仲じゃないよね」
やっぱり。
「母さんからリナの母さんを誘わせるから。あのカフェで四人で話し合わん?」
「まだ次のライブも決まってないのに、早いって」
「来週からツアーじゃん。早かったら初日に次のライブの告知くるよ」
そうなのだ。EMPTY GLASS は大体ツアーの初日に告知をする。次のツアーだったり、単発のライブだったり、なにがくるかはわからないけれど。
ミチは告知後の土日あたりに四人でカフェに行きたいと言うし、ひとりでライブに行くよりは二人の方が心強いかもしれないけれど、なんでミチと。できることなら
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