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𝚊𝚒𝚗𝚊

01

 もう二十分は歩き続けていると思う。中学校の校門を出て最初の信号を家と反対方向に歩き出した。まあここはバス通りだし知っているから迷うことはないだろうけれど、途中に短いトンネルがあってまあ出口は見えていたけれど少し怖いから通るのが嫌だった。一緒に歩いているミチとは EMPTYエンプティ GLASSグラス だけのつきあい。私は EMPTY GLASS のヴォーカルの NOLノル のことが本当に好きで、曲も、作曲しているギターの AKIアキ も、もちろん好きだけれど、NOL が書く歌詞と NOL の声と歌が大好き。笑顔は天使。

 EMPTY GLASS の曲は全曲 NOL が作詞、AKI が作曲をしている。サポメンのベーシストとドラマーと一緒によくアニメとタイアップしているバンドだ。有名な曲は、アニメ『ブラックラビット』のオープニングの『GUILTY DROP』や、アニメ『BUZZERブザー BEATERビーター』の『Flying High』、『ツバサの色』、ほかにも。

「このまま真っすぐ行くとめっちゃかっこいいカフェがあるんだよ。NOL とか来そうな感じの。店のインスタ見たら今日は定休日らしくて」

「なんで休みのカフェに行くの? やっててもお金ないから入れないけど」

「最近体育さぼってるから運動だって」

 今日は五限目が始まる前から保健室にいたのだけれど、六限目も出ないで帰ることにした。不登校気味で保健室登校の日もある私と似たようなミチは午前中に相談室でスクールカウンセラーと過ごしてからずっと保健室にいたらしい。一緒に昇降口まで行ってお互い上靴からスニーカーに履き替えると「散歩しない?」というミチに頷いて歩いてきた。

「ここかなって気はしてた」

 マンションの一階で前まで車の整備工だった場所。ずっとやってなかったけれど去年くらいから怪しいカフェができていたのは知っていた。怪しいというのは『COFFEE』と書いてあるだけの壁は真っ黒で、ガラス張りの店内はテーブルとかカウンターよりアメリカンなバイクとかバイカーとかのカルチャーが蔓延はびこっていそうな内装だったから。

 NOL こういう店好きかなあ免許持ってないからバイク乗らないはずだしと思いながら半分シャッターが閉まっている店内を覗き込む。ミチは外壁ぎわのベンチに座ってバス通りを眺めている。小さなテーブルがベンチを挟んでいた。

「コーヒーっておいしいのかな」

 そう言って私もベンチに腰を下ろす。

「カプチーノは美味うまくない?」

「カプチーノも飲んだことない」

「こんどさあ、ほかの曜日に飲みにこようよ」

「コーヒー飲めるかわかんないな」

「いろいろメニューあると思うし大丈夫だよ」

 高そうな店だから心配だった。私のそんなに多くない小遣いのほとんどは EMPTY GLASS の円盤に溶かしているし、じつは計画していることがあって貯金もしていた。

「今月、やっと EGEB に入ったんだ」

「おー、やったね」

 ミチは中一になったときに EMPTY GLASS のファンクラブ『EG GIRL, EG BOY』のサブスクを始めたはずだから、今年で二年目の EG BOY だと思う。私が EMPTY GLASS を知ったのは小六で、初めて『ブラックラビット』を観たとき。Spotify で EMPTY GLASS を聴きまくり、公式 YouTube で MV やライブ映像を観まくり、お年玉で最新ライブのブルーレイをゲットしてからは毎日繰り返し観てきたし、CDとブルーレイがそこそこ増えた今でも、毎月千百円のサブスクは無理だと思って諦めていた。のだけれど、中二になって小遣いが千円上がった勢いで『EG GIRL, EG BOY』に入会したところ。ファンクラブの会員になることはの第一歩だったし、やっと EG GIRL を名乗れるのがすごくうれしい。

「だからカフェとか行く余裕ないかも」

「なんとかならないかな。俺に奢れる余裕があればよかったんだけど、ここまじで入りたいんだよ」

「親と来るか、ひとりで来たらいいじゃん?」

「親とは無理。ひとりじゃつまらんし。中学入ってからつるんでるのリナしかいないし。お願いだよ」

「お願いー? EG の円盤しょっちゅう貸りてるし、お願いって言われたら断れないじゃん」

「さすがリナ。ありがと。いつにする?」

 同級生とか同じ中学の子たちに見られるのは嫌だけれど、平日の昼間にうろつくのも勇気がいる。

「やっぱいろんな意味で無理かも」

「じゃあさ、明日にしよ」

「はあ? 無理って言ってるのに」

「善は急げだし」

「善か?」

 ここから家まで歩くと片道五十分くらいかかりそう。

「明日も歩くの?」

 バス停はすぐそこだけれど、帰りもやはり歩きだ。

「いっぱい歩いたあとのコーヒーは美味いと思うな」

「だからコーヒーは飲まないって。学校はどうすんの?」

「私服で来たいよね」

「まあね」

「明日は学校を休んで午後から集合しようか」

 ミチは学校を休むことに罪悪感を感じないのかな。べつに悪いことではないのだろうけれど。

「わかった。何時?」

「二時にリナん家」

「りょ」



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