第三章:恋する少女

最高の目覚め

 今日の朝は最高の目覚めだった。

 夢にあのスガッチが出てきてくれて、しかもその夢の内容がすごかった。わたしの部屋で二人きり、まるで長く付き合っている恋人みたいにゆったりと過ごしたのだ。わたしの手をそっと握って、「千沙、好きだよ」って言ってくれた。

 あまりの衝撃に目が覚めたときは飛び起きて部屋中を見渡した。すぐに夢だと分かって少しがっかりしたけど、印象の残る夢だったからか起きてからもずっと内容を覚えていて、今日一日あの甘い時間を思い出すたびに顔がにやけそうになるのを堪えていた。おかげでいつもは嫌な学校も今日はそれほど苦ではなかった。多少モヤっとすることは、夢の中のスガッチと一緒に乗り越えることができた。

 退屈な授業が終わって放課後になったいまも油断すると上がってくる口角と戦いながら、わたしは下駄箱で靴を履き替えていた。


 わたしが通う中学校は家から歩いて二十分くらいの距離にある。人によって感じ方は違うかもしれないけど、わたしは結構遠いなと思っている。正直毎日歩いて通うのは面倒だから自転車で通いたいけど、ウチの中学は自転車通学が禁止されている。入学してから一年が経ってこの面倒臭さにも多少は慣れてきたけど、まだあと一年同じように通わないといけないと思うと、少し憂鬱な気分にはなってしまう。

 歩きながら、学校に居たときのように夢を思い出して気分を上げようとしたそのとき、ヒュウっと乾いた風が吹いて、その冷たさに思わず身体を縮こませた。


「うぅ、寒」


 十一月に入ってからというもの、めっきりと寒くなった。十月はまだ少し暑いかなと感じる日もあったくらいだったのに、いつのまにか周りの街路樹は紅葉に色づき、制服は冬服じゃないと耐えられないくらいになっている。

 秋の到来を感じたばかりだけど、このぶんだとすぐに冬の厳しい寒さに見舞われることになるんだろうな。夏のときはあんなに早く涼しくなってほしいと思っていたのに、いざ寒くなるとあの蒸し暑い日々が恋しくなってしまう。

 さすがにあの夢でも冬の寒さには耐えられない。しかも悲しいことに時間経ったせいで一部の内容が曖昧にもなってきていた。

 わたしはため息をつき、寒さに耐えるように背中を丸めながら早足で歩を進めた。

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