文房具屋

 家と学校の間には商店街がある。

 学校からは制服で遊び歩くのを防止するために、その商店街からひとつ道路を挟んで隣にある大通りを使って登下校するように言われている。だけど、わたしを含めその言いつけを守っている人はあまり多くない。わざわざ大通りに行くより商店街を突っ切った方が早く帰れるし、なにより遊び歩けるほどこの商店街には活気がない。

 シャッターばかりで開いている店がそもそも多くないし、例えばゲームセンターみたいな遊べる施設があるわけでもない。あるのは古着屋とか文房具屋とか本屋とか、あとは和菓子屋とか肉屋があるけど、どれもこれも個人でやっている小さな店だ。

 だけどわたしはこの商店街のそんな落ち着いた雰囲気がむしろ好きだった。帰りに文房具屋とか本屋に寄れるのも便利で気に入っている。もしもここが人通りの多い騒がしい場所だったら、わたしは学校の言いつけ通り遠回りをしていたはずだ。


 そういう理由で、わたしは今日も商店街を通って帰っている。ただ、今日は近道というだけではなくて、ちゃんと用事がある。授業で使っているノートがそろそろなくなりそうだったので買いに来たのだ。わたしは北口から入ってちょうど中ほどに位置する文房具屋に向かった。こぢんまりとしたその店は、わたしがいつも文房具を買うのに利用している店だ。スライド式のガラスドアからは狭い店内がよく見えて、正面奥のレジカウンターの中では店主のおばあさんが卓上の小さいテレビを見ながら座っている。

 中に入るとおばあさんはテレビからわたしへと顔を移し、「いらっしゃい」と笑顔をくれた。それに会釈を返しながら、わたしはノートが置いてある棚へと足を運ぶ。残りページの少ないノートが何冊かあったはずなので、五冊セットになったものをひとつ手に取りレジに向かった。


「六百円ね。このままでもいいかい?」


 学校帰りで鞄を持っているのでわたしは「はい」とうなずき、財布から千円札を取り出した。


「四百円のおつりね。それと……」


 おばあさんはレジカウンターの下から底の浅い紙箱を取り出した。


「良かったらこの中から好きなのを選んでいいよ」


 紙箱の中には昔懐かしいフーセンガムがあった。凹型のガムが銀紙に包まれていて中に入っているクジが当たりだったらガムひとつと交換してもらえるのだ。

 この文房具屋のおばあさんはこうしてときどきおまけとしてガムをくれる。確かめたことがないからあくまで予想だけど、五百円以上の買い物をしたときにガムをくれる。

 わたしは別にフーセンガムが好きというわけではないけど、おばあさんのこういうやさしい遊び心は気に入っている。ガムはいちご味、コーラ味、ヨーグルト味、ソーダ味、ぶどう味、青りんご味の六種類あり、今日はぶどう味を選んだ。


「ありがとうございます」


 わたしはノートを鞄に、ガムを制服のポケットに入れた。


「毎度あり。気をつけて帰りなさい」


 おばあさんはそう言って再び笑顔を見せた。皺の入ったやさしい笑顔。わたしも思わず笑みがこぼれ、会釈を返して店を出た。


 用事を済ませた私はいつも通りであれば、これ以上の寄り道はせずまっすぐ家に帰る。基本的に寄り道はしないことが多いし、するにしても文房具屋や本屋にしか入ることはない。今日は特に本屋で買いたい本はなかったのであとは家に帰るだけのはずだったのに、わたしはひとつの建物の前で足を止めていた。文房具屋を出てから少し歩いたところで左手側に見慣れない雑居ビルがあったのだ。

 あれ? こんなところに雑居ビルなんてあったっけ?

 だいぶ老朽化が進んでいる見た目をしているけど、むしろそれが商店街の雰囲気と合っていていままで気がつかなかったのだろうか。


 訝しんで見ていると今度は入り口付近に張られた一枚の張り紙が目に付いた。そこには「夢のつづきを見にいこう」と手書きで大きく書かれていた。隣には小さく矢印と「この先、二階」とあり、ビルに入ることを促している。顔を上げてビルを見ると、三階建てと思われるその建物の二階の窓に黒いカーテンがかかっているのが見える。


 なにかお店があるのかな。そう思ってもう一度張り紙を見つめる。大きく書かれた夢という文字からわたしは目が離せなかった。自然とスガッチと過ごしたあの幸せな時間が思い出され、気がつけば口元が緩んでいる。

「夢の続きを見に行こう」ってどういうことだろう。もしかして文字通り、あの夢の続きを見ることができるのかな。あの夢ではスガッチと身を寄せ合って談笑して目が覚めたけど、この張り紙が示す場所に行けばもっと恋人らしいこともできるのかな。例えば……キスとかも……。

 想像したらカーッと顔が熱くなり、わたしは駆け込むようにビルの中へと入っていった。

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