悪夢

 なにかがおかしい。


 いつもの夢と明らかに様子が違った。何度も見ている我が家のはずなのに、目の前の景色がまるで度の合っていない眼鏡をかけているように、輪郭がぼんやりとしてはっきりとしない。

 心なしか辺りがうす暗いようにも感じた。ふと窓を見ると雨で濡れていて、それで部屋が暗いのだと悟る。ザーッという雨音が部屋に響き、その音だけがなぜか妙にリアルに感じられた。

 気味の悪い違和感を覚えながらもまずは二人に会おうと思い、俺はリビングに続く扉を開けた。


 そこには二人の姿があった。地元の中学校の制服を着た美央がテーブルに座っていて、里美は台所で朝食の準備をしている。二人とも下を向いているので顔は見えないが、姿があったことにひとまず安堵した。


 俺に気づいたのか二人が頭を上げてこちらを向く。その瞬間、俺は目を疑った。

 二人には顔がなかった。のっぺらぼうのように塗りつぶされていて、俺は大きな悲鳴を上げる。


 そして美央の姿をした化け物が立ち上がって「おとうさん」と俺を呼びながら近づいてきた。しかし、その声はまるで機械でスロー再生したかのような、不気味なまでに低い声だった。里美の姿をした化け物も同じ声で「あなた」と呼びながら近づいて来る。

 俺は後ずさりしながら必死に「来るな!」と何度も叫んだ。それでも二体の怪物は止まらず俺の目の前までやってくる。


 寝室へと逃げ込んだものの、逃げ場もなく壁に追いやられた。俺は腰が抜けて座り込み、二体の化け物を絶望の思いで見上げる。


 来るな! 来るな、来るな、来るな!


 二体の怪物は俺に覆いかぶさるように襲い掛かり、俺は絶叫しながら身を丸めた。




「うわああああああっ!!」


 俺は叫び声を上げながら飛び起きた。

 肩で息をしながら周りを見渡す。部屋は薄暗いが鮮明な視界がそこにはあって、頬をつねってみるとしっかりと痛みを感じた。


 よかった、現実だ……。


 心臓の鼓動がかつてないほどの激しく動いている。身体は冷たいにも関わらず、額や背中にはぐっしょりと汗をかいていた。

 いったいなにがどうなっているんだ? 紙の効果が発揮されなかったのか?

 そう思って枕を上げてみると紙はどこにも見当たらなかった。その事実がさらに頭を混乱させる。


 紙は効力を発揮したら自然と消滅するようになっている、と夢野さんは言っていた。実際、いままで見た夢も例外なくそうなっている。だから、いま紙が見当たらないということは、俺が見たあの悪夢は紙が効力を発揮した結果ということになる。


 あれが、あんなものが、俺の望んだ夢だっていうのか?

 そんな、そんなわけがない……!


 俺はギリッと歯ぎしりをする。

 まさか、騙したのか……? あいつ……。


 時刻はまだ七時を少し過ぎたところだったが、俺は適当な服に着替るとすぐに傘を掴んで家を飛び出した。

 外は台風のせいで荒れている。行く手を阻むかのように雨風が容赦なく向かってきて、それを傘で受けながらも俺はただひたすらに走っていた。

 商店街に着くと、店はどこもシャッターを下ろしていた。来るものすべてを拒むような様相の中にひとつ、シャッタ―もなく雨風にさらされたボロボロの建物があった。

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