いまの里美と美央
消えていたはずの雨音が再び耳へと届いてくる。
それを感じてすぐに夢から覚めたのだと分かった。起き上がってカーテンを開けると、昨日の夜から続く雨は風と共に勢いを増していて、空はその雨の源であるねずみ色の厚い雲で覆われている。そのせいで地上に日の光が届かず部屋は薄暗いままだ。
それなのに、俺の身体にはまだあの眩しい空の感覚が残っている。いつもより気温が低くて少し肌寒いと感じるくらいなのに、身体の内側は直射日光を浴びた後のように熱い。
俺はハンガーラックにかけてあるショルダーバッグから名前だけが書かれた紙を取り出し、名前の下の空白を埋めていった。時間は今日の二十三時から明日の八時。
夢の内容は、『いまの里美と美央との一家団らん』だ。
現実では大雨で、一度も家族で海に行ったことがなくて、それでも夢の中でなら行くことができる。それが分かって、期待はより大きくなっていった。現実では会うことがままならないが、きっと夢の中でならいまの里美と美央に会うことができる。五年も連絡を取っていないが、昔の写真は残っているし、いまの姿を想像することもできるだろう。
テレビをつけるとニュースが映し出され、内容は相変わらず台風の最新情報で持ち切りだった。どうやら台風は少し速度を速めたようで、ピークは今日の夜から明日の午前中で午後には日本列島を抜けて温帯低気圧に変わるらしい。
俺の住んでいる地域では雨や風が普段よりも少し激しい程度で済んでいるが、ひどい所では川の氾濫や土砂崩れの被害が出ているらしい。
ニュースは中継に切り替わり、一人の男性キャスターが映し出された。普段は爽やかな熱血キャラで親しまれているそのキャスターも今回ばかりは、雨合羽に身を包み暴風雨の中で顔を歪ませながら必死で被害状況を説明していた。
紙を書いて枕の下に置いてからは昨日と同様に夢を見られる確率を上げるために、スマホに残してある写真を見返したり、いままでの夢を振り返ったりしてイメージをつけた。
離婚した年、美央は十一歳だったはずだからいまは十六歳で、もう高校生だ。きっと背も伸びて、大人びた表情を見せるようにもなっているだろう。里美も印象が前よりも変わっているかもしれない。そんなことを考えながら、俺は二人の姿を頭の中で思い描いていた。
夜になり、布団で横になってからも俺は目を瞑って二人の姿を想像し続けた。それはまるでパズルをするみたいで、足りないピースを想像で作り出しながら空いた場所にひとつひとつ埋めていく。ただいつもと違い、今日は変に緊張していたのか、なかなか寝付けなかった。
だからか、外で激しく振り落ちる雨粒の音が昨日よりもずっと、頭の奥深くまで届いていた。
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