第一章 ギタリスト 11

ここまで周りに賛同されていないのに折れなかったのは一人ではなかったからだ。僕をライブに誘ってくれた、バンドではギターとボーカルを務めてくれていた中田だけは一緒にやろうと言ってくれたのだ。俺は最悪、実家の工場を継げばいいからとことん付き合うよ、と。


それから僕らは大学四年生の七月までのデビューを目指して活動を始めた。路上ライブをしたり、知り合いに頼んで対バンライブに参加させてもらったり、動画サイトやSNSに自分たちが作った楽曲をアップしたり。有名な神社やパワースポットを巡って願掛けなんかもした。


一年でデビューなんてかなり無謀にも思えたけど、この時はやれると思っていたし、少しでもいい話が入ってくれば両親を説得して七月までという区切りも卒業までに延ばすつもりだった。


でも、そんな思いとは裏腹に終わりはあっけなく訪れた。

大学四年生の六月、路上ライブの帰りに休憩がてら立ち寄った公園のベンチで、中田に「もう諦めよう」と言われた。


「な、なんで? 急にどうしたんだよ」


「なんでって、分かるだろ? 俺達には無理だ」


「まだ期限まで一ヶ月ある。もう少しやってみようよ」


「あと一ヶ月でデビューなんてできるわけないだろ。現実見ろって」


スッと立ち上がる中田の手を僕は慌てて掴んだ。


「い、いや、でもさ……」


続けようとした言葉が途中で詰まった。振り返った中田の顔が苦しそうに歪んでいたからだ。夕日の淡い光に照らされたことで、表情の陰りが一層濃くなっているように見える。中田はまるで聞き分けのない子供を諭すように言った。


「俺達さ、もうじゅうぶん頑張ったよ。でも、才能ないんだよ。お前だって薄々気づいてるだろ? 今日の路上ライブ、純粋に俺達の曲に惹かれて足を止める人なんて一人もいなかった。酔っ払いとかタチの悪い連中に絡まれただけで、それももう何回目かも分からない。投稿した動画だって、再生数はほとんど伸びてない。コメントだってほとんどつかないし、あっても誹謗中傷みたいな内容だけだ」


中田は息を吐きながら首を横に振る。


「俺はもう、悪意にさらされるのには耐えられない。これ以上続けてもたいした結果なんて出ないんだから、取り返しがつかなくなる前に、お前も早く諦めて就活した方がいいぞ」


中田は僕の手からするりと抜けて去っていった。

僕はただ茫然としたまま、小さくなっていく背中を見つめることしかできなかった。


家に帰ってすぐ、顔を洗った。バシャバシャと何度も何度も。そうすれば自分に張り付いた不幸みたいなものが剥がれ落ちると思った。息が苦しくなるまで続けた後、顔を上げて鏡に映った自分を見て、思わずふっと笑いが漏れた。


なんてひどい顔だろう。


ハの字に垂れ下がった目は光を失ったように黒く染まり、寝不足なのかクマもある。無理やり口角を上げて笑おうとしても歪な笑顔にしかならない。

そのひどく不格好な笑顔を見た瞬間、自分の中で張り詰めていた糸のようなものがプツンと切れた。



もう、いいか……。



この日を境に、僕はギターをいっさい弾かなくなった。

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