第一章 ギタリスト 10

僕がギターを始めたのは高校一年生の時、友達の中田に誘われて観に行ったライブがきっかけだった。急に予定を空けておけと言われ、半ば強制的に連れて行かれたそのライブは僕にとっては人生で初めて行く、生のライブだった。正直この時は音楽というものにほとんど興味がなかったから、ドラマやCMで曲が使われるくらい有名なバンドのライブだと言われても、いまいち気が乗らなかった。でも、いざ当日を迎えてライブが始まったら、楽しめるかという不安はどこかへ吹き飛んでいた。


ただただ、圧倒されていた。ボーカルの力強い歌声に、ベースの身体を震わせる音に、ドラムの軽快なリズムに、ギターの頭にまで響くメロディーに。

同じ曲でも、イヤフォンで聞くのとは全く違う。身体の奥にまで響く、生の演奏の迫力を実感した。その時、特にかっこいいと思ったのがギターの演奏だった。ソロの演奏で巧みに指を動かし、メロディーを刻む姿が僕の目にはとても魅力的に映った。自分もこんな風にかっこよくギターを弾きたい、演奏で誰かを感動させたいと、それまで音楽に興味が無かった僕に強くそう思わせた。


その日の夜はライブやギターのことで頭がいっぱいだったからか、あのギタリストのように自分が演奏している夢を見た。細かいところは覚えていないけど、昨日見た夢とだいたい同じような内容だったと思う。ますますギターに興味を持った僕は、親に頼み込んでエレキギターを買ってもらい、中田の家でひたすら練習した。中田はもともと趣味でギターをやっていたので、いろいろ教えてもらいながら二人でセッションをしたりもした。


しばらくして、僕と中田がギターをやっていることを聞きつけた二人が仲間に入れてほしいと加わり、僕たちは四人でバンドを組んで演奏するようになった。毎日のように中田の家に行って練習し、たまにみんなでお金を出し合ってスタジオを借り、文化祭で演奏をしたこともあった。みんなで集まって音を合わせる。ただそれだけのことが、楽しかった。だけど、この時はまだ、プロへの漠然とした憧れはあっても本気でなれるとは思っていなかった。


だから就職に困らないように大学には進学した。バンドメンバーとは学部や学科は違ったけど同じ大学に進学していたのでバンド活動は継続し、さらに高校の時よりも少し活動の幅を持たせた。カバー曲だけではなくオリジナルの楽曲を作ったり、大学祭の他に知り合いのツテを使って小規模の対バンライブに参加させてもらったり。

特に、対バンで演奏させてもらったときの感動は格別だった。少し高い位置からスポットライトを浴びて、観客の顔を見ながらみんなで音を合わせる。歓声を浴びる。それがとても心地よくて、楽しくて、幸せな時間だった。


この景色を、この時間を、もっと大きな舞台で……。

そう思ったらもうプロになるしかないという気持ちになった。高校の時にぼんやりと思い描いていた自分の姿が、その時にはっきりと形になって現れたのだ。


僕はすぐにバンドメンバーにプロを目指そうと提案した。大学三年生の七月のこと。みんな自分と同じ気持ちで、乗ってくれるだとうと思っていた。でも、帰ってきた言葉は僕の予想とは正反対なものだった。


「いや、プロは無理でしょ」

「あくまで趣味だからなぁ。仕事にしようとは思ってなかったよ」


ガツーンと頭を打たれたみたいな衝撃だった。裏切られたような気分になって、でもすぐに納得した。そうだよな。普通は就職活動するよな。僕だって最初はそのつもりで進学したんだよな。二人の言うことも分かるから、無理に説得することはしなかった。


家に帰って両親にも伝えてみたけど、やはりいい反応はもらえなかった。もともと僕が勉強そっちのけでギターに熱中しているのをあまり快く思ってはいなかったから仕方ない。でも僕は諦めきれなくて言った。せめて一年、大学四年生の七月までは挑戦させてほしいと。一応、保険としてギリギリ就職活動が間に合う時期をひとつの区切りとしたのだ。僕の提案に両親は呆れた顔で首を振り、勝手にしろと言った。

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