第一章 ギタリスト 6

スマホの時計が二十二時を示していることに気づいて、仕方なく寝る準備を始めた。明日は始業時間より三十分早い八時から会議が始まる。テーブルやプロジェクターの設置といった準備作業を考えると、遅くとも開始二十分前には出社しておいた方がいい。


普段より早く家を出ないといけないのも億劫だけど、なによりも憂鬱な気分にさせるのは会議だ。一応、散歩から帰ってから会議資料の見直しはしたものの、部長や課長に詰められる様子がありありと浮かんできて気が萎える。


少しでも気を紛らわそうと長めにシャワーを浴び、乱暴に頭をタオルで拭きながら部屋に戻ると、ローテーブルの上の四つ折りの紙が目に付いた。

あ、そういえば……。

手に取って広げた紙には自分の名前とギタリストの文字があり、昼間の散歩での出来事が思い出される。少しだけ、心が軽くなるのを感じた。あの時は、とにかく不思議なことばかりで仕事のことなんてほとんど考えていなかった。だから、あの時間を反芻するだけでも現実を忘れられて、多少の気分転換になる。


でも、それよりも気分転換になるものが、いま自分の手にある。夢を見ることができる紙。枕の下に置いて寝れば、書かれた夢を見ることができる。いまだ半信半疑ではあるけど、この紙の効果を確かめることが今日のメインイベントだ。


時刻は二十二時四十分を回っている。


僕は紙を枕の下に置いて、電気を消した。そして、そっと枕に頭を預けるようにして寝転がる。いつもと同じ枕のはずなのに、紙一枚挟んでいるだけでまったく違う場所で寝ているみたいだった。緊張で、心臓の鼓動が強く鳴っている。仕事の時の差し迫ったような緊張とは違う、修学旅行前のワクワクする、あの緊張感とよく似ていた。


こんなにドキドキしていたら眠れないかもしれない。そんな心配がよぎったけど、日々の疲れもあってか、案外あっさりと眠りについていた。

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