僕の夢①
「突然ですが西田さん。あなたに夢はありますか?」
「え? 夢ですか?」
ふと、表の張り紙の文言を思い出した。「夢のつづきを見にいこう」と、たしかそう書かれていたはず。
それにしても、夢か。僕は腕を組んで考え込む。
「なにかひとつくらいはあるでしょう?」
……あるには、ある。いや、あったという方が正しい。あれは自分にとっては分不相応なものだった。だから、あまり人には言いたくない。
僕が言うのをためらっていると、夢野さんは顔を覗き込むように身体を揺らしながら、「どうです? どうです?」と催促する。その仕草がうっとうしく感じ、僕は観念して重い口を開いた。
「あー、ギタリストになりたいっていう夢はありました。もう諦めましたけど……」
「え?」
夢野さんはきょとんとしている。その様子を見て僕も「え?」と声が漏れた。
なにかおかしいことを言ってしまったのかと不安になる。しばし居心地の悪い沈黙が流れる中、夢野さんは急にぷっと吹き出した。
「あはははは! 違いますよ。そっちの夢の話じゃないです」
いきなり爆笑され、かぁっと一気に顔が熱くなった。
「私が言っているのは眠る時に見る夢の話です」
そっちの夢かよ。「あなたに夢はありますか?」って聞き方だと、将来の夢の方だと思っちゃうだろ。
腹を抱えながら身体を震わせる夢野さんを僕は恨みがましく睨みつけた。その視線に気づいたのか、夢野さんは軽く咳払いをして呼吸を整える。
「失礼しました。私の聞き方が悪かったですね。皆さん良い反応をくれるので、ついぼかした聞き方をしてしまいました。ちょっとしたいたずら心みたいなものです」
つまりわざとということか。満足そうにしている夢野さんとは対照的にからかわれたことで気が沈む。恥ずかしさと苛立ちが混じった妙な不快感があった。
もう帰ろうかな……。そう思って立ち上がろうとしたところで、夢野さんが「話を戻しますね」と切り出したため、またタイミングを逃してしまった。
「西田さんは印象に残る夢を見て、それをもう一度見たいと思ったことはありませんか?」
先ほどの爆笑とは打って変わって、柔和な態度だった。
今度は本題である眠る時に見る夢の話らしい。僕は思い出しながら答える。
「そうですね……最近はないですけど、昔はあったと思います」
具体的にどういう夢だったかはパッと思い出せないけど、見ていて気分のいい夢はあったと思う。
「でも、そういう夢って大抵はいい所で目が覚めちゃいますよね? しかも同じ内容のものはなかなか見られないし、続きだってすぐに寝ても簡単に見られるものじゃない」
「あー、そうかもしれないですね」
「この店はそういった夢をもう一度見ることができるサービスを提供しているんですよ」
「え? それってつまり、見たいと思った夢を見ることができるってことですか?」
「その通りです」
堂々と胸を張って言う夢野さんを前に、僕は目を見開いた。
見たいと思った夢を見ることができるって、簡単に言うけど、そんなこと可能なのか。
呆気にとられている僕をよそに、夢野さんは続ける。
「しかも初回の一枚は無料! 二回目からもお値段は一枚三千円とお買い得です!」
「は、はぁ……」
一枚三千円が高いのか安いのか分からず反応に困る。途端に怪しさが増してきたように思えて、身構えるためか無意識に身体が固くなる。
僕の懐疑的な視線を察知したのか、夢野さんは困ったように微笑んだ。
「あ、もしかして疑っていますか?」
「疑っているというか、混乱しているというか……」
「まぁ、そうですよね。こればっかりは実際に体験をしてもらわないと信じていただけませんよね」
夢野さんはそう言ってテーブルに置いた一枚の紙とペンを僕の方へ押し出す。
紙はA4サイズの白紙で、そっと触れてみると触り心地は一般的な印刷用紙と変わらなかった。ペンもどこにでも売っている普通の油性ボールペンで、どちらも特に違和感はない。
「では、夢を見るための手順について説明しますね」
夢野さんは紙を指さしながら滑らかな口調で語る。
「いたってシンプルです。まず、この紙に自分の名前、夢を見たい日時、見たい夢の内容の三つを書きます。その後は紙を枕の下に置いて寝るだけです。夢を見る日時ですが、これは就寝する日時と起床する日時を書いてもらえれば大丈夫です。例えば今日の夜だったら、『3月31日の23時から4月1日の7時』という感じですね。夢の内容は詳しく書くのが理想ですが、場面をしっかり想像できるのであれば最低限のキーワードだけでもかまいません」
「なるほど……」
なんだか、神社で絵馬を書くみたいだ。ふと、受験の年に初詣のついでに合格祈願で絵馬を書いたことが思い出される。
絵馬を書いたのはあれっきり……いや、大学生になってからも、一回書いたんだっけ……。
でも、絵馬はあくまで願掛けであって、必ず願いが叶うわけじゃない。
じゃあ果たしてこの紙は……。
そう考えた時、書くだけで見たい夢が見られるなんて、やっぱり完全には信じきれなかった。
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