第26話 アオ

 王都近郊まで戻ってきた俺たちは、王都からの先触れにより手前の町で足止めを食うことになった。また前回のような凱旋パレードをやるというのだ。しかも『陽光の泉ひだまり』として参加しろといわれた。俺は――えっ、やだ――と即答したが、ハルに掴まってこっそり帰るのは阻止された。


 なんでも、凱旋をちゃんとやんないと民からの理解が得られないんだと。あと、お祭りの一環で国費も出るからみんな楽しみにしているのだそうだ。


 というわけで、『陽光の泉ひだまり』だけであの凱旋用の豪華な馬車をひとつ使わせてもらうことになった。


 美人揃いのうちのパーティはきっと目立つことだろう。そして俺は地味なヒモなので御者席にでも座っておきたいと言ったら、アリアに逃げられないよう腕を組まれてしまった。


 まあいいや。アリアが楽しそうだから。



 ◇◇◇◇◇



 城まで戻ってきてハイさよならとは行かなかった。魔王領の問題解決の鍵を手に入れたということで、俺たち『陽光の泉ひだまり』が評価されたようなのだ。アリアたち三人だけではなく。おそらく、大賢者様の差し金だろう。前線での活躍もすでに伝えられていると聞くし、今後、悪い扱いはされないだろう。


 城で歓迎されたことにはもうひとつ利点があった。あおさんだ。俺たちは部屋を用意され、しばらく城で過ごしても良いことになったが、蒼さんに会ういい機会だった。



 ◇◇◇◇◇



 ハルに案内されて二人が住まわせてもらっている城の一角へ、俺とアリア、それからぜひお会いしたいとルシャ、お邪魔じゃないならとキリカがついてきた。リーメだけは城の蔵書を見てみたいと言って来ていない。


「アオー、ただいま。帰ったよー?」


 返事がないのでハルが部屋に入る。中は広い部屋にしっかりしたテーブルがあってお茶のワゴンが置いてある。装飾のある調度品、壁には織物、俺たちの客間とあまり変わらないが、ここで生活するのは肩が凝りそうだなあというのが第一印象。


「アオー? ユーキ……篠原連れてきたよ」


 ハルは入って左側の扉をノックする。


『篠原くん? 見つかったの?』


 扉の向こうから声がする。


「そう。ちょっといろいろ大変だったけど、合流できたよ。六年差だって」


『えっ、そんな若いの? ちょっと待っててもらって』


「待っていてもらってもいい?」


 ハルが言うので、お茶でもしていようということになる。お湯は貴族の館では魔法のポットで熱湯が出せる。電気も要らないから便利だよな。貴族たちの所ではこういった便利な道具が使われている。たぶん、召喚者たちのアイデアなんだろう。元の世界の便利さに近いものが多かった。


「あ、そういえば俺、『鑑定』があるからお茶淹れるの得意だよ。茶葉に合わせてタイマー出るんだぜ」


 ちょっと自慢だった。


「ほんとに? おれたちも鑑定は持ってるけどタイマーなんて出ないな。あ、座って座って」


 ハルはさっと椅子を持ってきてワゴンからカップと茶菓子をてきぱきと用意する。


「ハルは気が付くし、所作が綺麗だからクラスでも女の子に人気だったんだよな」

「本当。彼ならユーキと違って十分、貴族としてやっていけそうだわ」


 そう言ってこっち見、ニヤついてるキリカ。

 『こうやっていじめて欲しいんでしょ?』みたいな顔をしてるが違うぞ。


「ハハっ、やめてくれよ。もういいかげん街の方で暮らしたいくらいなんだ」


「俺なんてタレントがしょぼいってすぐ街に放り出されたけど、酷かったぜ。最初は兵士に騙されて娼館に入っちゃったし、その後の宿だってボロくておまけに隣が――」


 アリアが笑ってる。そういえばその辺の話が通じるのアリアだけだな。二人で笑った。


 タイマーが終わったのでハルの代わりに皆のお茶を注いでいく。


「へぇ、たかがお茶って思ってたけど、おいしいな」


「そういやハル、お前さ、魅了の魔眼持ってるんだって?」


 ブッっと吹き出すハル。


「大賢者様に聞いた? それ女の子の前で言うなよ……。神様が最近の流行りだとかで勇者のタレントに勝手につけられて困ってたんだよ。アオにも他所の女の子に使ってないかって、いちいち確かめられたり」


「まあ、お前ならそんなもの無くても余裕で魅了できるわ」


「やめろよほんと。あとお前さ、自分の周り見てから言えよ」


 ……返す言葉もないわ。そして後ろでドアが開く。


「篠原くん、久しぶり――あー! ハル!? あんた結局、貴族の女あてがわれたの!?」


「違っ、違う! ほら、前に言ってた聖騎士さんと剣聖さんと聖女さんだって……」


まさにその通りの話じゃない! 結婚相手にどうだって言われてた子たちでしょ!」


 えぇ……。そんな話になってたのか。


「いやそうじゃなくて、彼女らみんな篠原の婚約者で――」


「や、違うぞ。婚約者はルシャで、アリアは恋人だ。キリカは――」

「愛人」


 キリカがニヤつきながら言う。


「「「「愛人!?」」」」


 キリカとルシャ以外が驚く。


「あら? ルシャに誘われたわよ?」


「どういうこと、ルシャ!?」


「ユーキ様? キリカさんにもぜひお慰みをお与えください。あとできればリーメにも」


 当たり前のようにルシャが言う。これで聖女様なんだよなあ。


「ちょ、ちょっと待って。篠原くん、あなたこの子に何か変なことしてない? あなたちょっとこっち来て」


 蒼さんがルシャの腕を引いて部屋へ戻っていった。しばらく皆、無言で部屋の閉じた扉を見ていると、頭を抱えた蒼さんがルシャを連れて戻ってきた。


「この子、普段からこうなの? 篠原くんを崇めているみたいにみえる」


「まあ、だいたい……」


「状態異常は自分で解除できますよ?」


 ルシャの言葉で蒼さんが何をしていたかわかってしまった。


「すごく感謝されたのはいいけど、孤児院に預けたのをちょっと後悔してる……」


「川瀬さんもありがとう。ルシャを助けてくれて。俺は彼女に助けられたから」


「そ、そう? それならいい……のかなあ? あと、アオでいいから。こっちではもうアオだし」


「俺もユーキで」


「アオ。ユーキ達がね、ヒメの居場所、見つけてくれたんだって。生きてるって」


「無事なの!?」


「大人のエルフたちが保護してるって聞いた。俺たちもエルフに会って名前を付けたんだ」


「そっかぁ。そっか。よかったぁ」


「もし王様に無茶を言われてさ、俺たちの仲を裂こうとするならエルフのとこに逃げようって相談したんだ。だからもし辛いときはハルと川瀬さ……アオも一緒に行こう」


 ハルとアオは顔を見合わせて頷いた。そして――実を言うと――そういって話してくれたのだが、アオがエルフの子供のことで騎士団長を嫌悪していたところに、ハルに結婚相手を充てがわれて、二人の仲が非常に気まずくなっていたのだそうだ。今回の遠征も拒否したアオだったが、仲直りできて本当に良かったと二人とも言っていた。



 ◇◇◇◇◇



「あ、あの、もし時間がよかったら、アオさんにお聞きしたことがあるんですがっ」

「なに? アリアさん」――アオがアリアに返す。


「ユーキのことについてちょっと……」

「いいよ」


「いや、アオ……さんは俺のことなんか知らないだろ」

「知ってるわよ。何で今更付けなのよ」


「だって話したことないし」

はるかのカレシなんだから知ってるわよ。遥とは仲良かったもの」


「スミマセン……。あと麻枝とは別れたので……」

「別れたの? だからあの時元カレなんて言ってたんだ……。でもなんで? 付き合い長かったんでしょ?」


「ア、振られたんで……」


 一瞬、ハルと目が合ってしまったが、話してないなら理由は言わない方がいいな。


「まあいいわ。わたしの部屋でどう?」――そうアオは言って、ついでにあとの二人も誘って部屋へさっさと行ってしまった。俺はハルと顔を見合わせる。


「部屋の方が寛げるからこっちも行こう」



 ◇◇◇◇◇



 ハルは反対側の自分の部屋に案内した。ドアを開けてすぐの場所で靴を脱ぐよう言われて、厚手の織物が一面に敷かれた部屋へ案内された。


「ごろごろしていいから。やっぱ靴脱いだ方が楽だよね」

「こっちじゃ靴脱ぐのはベッドくらいだもんな。気軽に脱ぐとルシャとかに、はしたないって言われるよ」


 ルシャは結構その辺うるさい。夜のアレが何なのっていうくらい。


「アリアさんなら受け入れてくれるんじゃないの?」

「そうだな。うちも今度買ってみようかな」


「結構高いんだよこういうの。手作りなのと、あまりこっちの人はやらないから」


 なるほど、機械で作るわけじゃないもんな。


「そうだ。麻枝は結局どうだった? 何か言ってた?」

「転生するとは言ってたけど、あとは神様と内緒話してたから」


「会えてないんだよね?」

「何年か先に転生してるとは思うけど会えては居ないなあ。少なくとも王都では見かけたことがない。転生者って鑑定でわかる?」


「どうかな。俺の鑑定って大賢者様より上らしいけど、転生者って書いてあるのは見たことないな」

「鑑定は名前と数くらいしか文字は読めないんだよなあ。アオは少し勉強したみたいだけど」


「いや、俺全部読めるよ」

「まじかよ、意味とか全部?」


「まあ全部。城を出ると必要になるからって、大賢者様のところでずっと勉強してたから」

「英語得意だっけ?」


「ぜーんぜん。でも楽しくてシーアさんにずっと教わってた」

「あの人も美人だよな。透き通る感じの」


「冷たい感じの……」


 目線がとは言わなかった。



 今までどうしてたとかしばらく話していたら、アオから声をかけられた。


「内緒話は終わったから、二人ともこっち来たら?」



 ◇◇◇◇◇



「お、お邪魔します……」


 アオの部屋はまた変わった感じの飾り立てで、あといい香りがした。そしてルシャが靴を脱いでいるようで足を服の裾の中に隠していた。


「何で急に緊張してるのよ」


「や、女の子の部屋とか……そんな入ったことないし……」


 私の部屋は?――ってアリアが言うけど、宿の部屋入らせてもらったことないよね。


「そうだっけ? ユーキの部屋しか行ったことなかったかな?」


「遥の部屋で慣れてないの?」


「麻枝の部屋は小学校までしか行ったことなくて、その後は部屋には入らせてくれなかった。麻枝がうちに来てたし」


「いつから苗字呼びになったわけ?」


「振られてから……かな」


「そういうとこ変に律儀だよな」――とハル。


「ユーキ様は、女性関係はしっかりされてます。キリカさんが誘っても手を出しませんし、パーティの他の女の子とも距離を置いて接してますし」


「えっ、まだ女の子居るの!?」


「あと三人いるわね。私のひとつ下のリーメと、ふたつ下のミシカとヨウカ」――とキリカ。


「えっ、前はまだ一途そうだったから好感持てたのにハーレムとかちょっと引く」


「大丈夫よ。私が見る限り、ユーキは二人を避けてるし。私としてはどっちでもいいんだけど」


「キリカさんはミシカとヨウカに慕われてますからよく知ってますよね。ただ、リーメは陥落したようなものです」


「やめてくれ……」


「彼女を取っかえ引っかえしてた連中、笑えないじゃない」


「ユーキ様はそんなことしません。ちゃんと責任を持って面倒を見てくださいます」


「ルシャ、フォローしながらトドメ差すのやめてくれ……」


 ハルとアオが笑う。


「ま、いいや。向こうとは価値観違うんだし、それを言ったらわたしたちだって。……聞いたんでしょ?」


「ああ、うん、まあ」


 ハルと目を合わせてお互い苦笑い。


「その辺も併せて向こうで住むかはともかく、国王がどう対応するかだな。ここに居る義理は無いんだろ?」


「う~ん、住まわせてもらってるからなあ。結構いい暮らしで」


「城はともかく、街の方の暮らしは捨てがたいかもしれないな。ほどほどに便利だし」


 アリアとの何気ない日常が楽しいからな。


「一度、そのエルフの町にも行きましょ。ヒメにも会いたいし」


 状況が落ち着いたらエルフの町に皆で行くことになった。







--

 ミシカの部屋なら入ったことあります。


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