第25話 辺境伯
「リーメ、これ降ろすか?」
アリアと吊るされた竜を眺めながら、傍に居たリーメに声を掛ける。
アリアがそんな風に思ってくれていたなんて、思ってもみなかった。
どうにもならない国王や貴族たちへの憤りをリーメと二人、ぶちまけるためにやらかしたこと。俺たちが足掻いても、せいぜい騎士団長への嫌がらせくらいにしかならないだろうとわかった上でやったことだったのに……。
「えぇ、めんどくさ……」
「流石にこのままにしておくわけにはいかないだろ」
リーメはしぶしぶ表へ出ていく。
「悪いんだけど、ちょっとこれ降ろすから人退けてくれる?――ハル、よろしくな」
門を守る兵士たちに告げる。何の話だかわからないだろうから、そこは勇者様にも声を掛けて置く。
「降ろすってどうするんだ? 篠原」
「あれで」――と門の外を指さす。
門の外で悲鳴があがる。その辺の土塊を取り込んで巨人になったリーメが現れたのだ。
「何だあれは、どこから現れた!」
「
「皆さん、落ち着いて! あれは友好的な巨人です! 危害を加えたりはしません!」
ハルが言うと、兵士たちは顔を見合わせる。
仕方がないので、俺はリーメの所へ行って肩に乗せてもらう。
頭はそんなに大きくないんだよな。体だけ大きい。
「ほら、大丈夫だから。安心して。少し離れて」
騒いで逃げ惑っていた人たちも、俺がリーメに乗ると足を止め、さらにハルに指示されて兵士たちが声を掛けて落ち着かせていく。
「頭ぶつける。降りて」
「わかった」
リーメが門を
落とし格子の裏まで回ると、俺は再びリーメの肩に乗り、リーメは反対側の肩に竜の胴体を乗せて担ぎ上げる。リーメに片手で掛け金まで持ち上げてもらい――
よいしょっ!――と力を篭めて、竜の背骨に引っかかっている巨大な掛け金を梁から外すと、ミシミシと梁が鳴る。リーメに合図して降ろして貰うと、竜のそのグロテスクな肢体が横たわった。
「黒峡谷の竜ほどじゃないから軽いもんだな」
「ユーキが持ち上げるときの掛け声、変」――とリーメ。
――元の世界の地が出てたか?
周りの兵士たちも驚いていたが、それよりも奥の宿舎から出てきた騎士団長があんぐりと口を開けて呆けていたのがおかしかった。尤も、そんな騎士団長のことなんて、ぎゅっと両の手を握りしめ、目をキラキラと輝かせていたアリアを見られたことに比べれば些細なことだった。
「見事、見事!」
大仰に手を叩きながら現れたのは、以前ここで見た恰幅の良い人物――侯爵様だった。臣下を引き連れて現れた侯爵様。ただなんだか近くで見ると貴族と言うよりは、むさくるしい感じの
「ぬしが陽光の泉のユーキか!」
「え、あ、はい……」
「噂は辺境の民から聞いておったぞ! ようもまあ、このようなことやらかしてくれたのう!」
カカカ――と笑う侯爵様はしかし、決して怒っている様子ではない。そしてゴツゴツと節くれだった右手を差し出してくる。
「ノランの地を治めておるディートリヒ・ロート・グラマセルだ。竜殺し殿は何と申す? 召喚者には姓があろう?」
「ああ、ええ、シノハラです。ユーキ・シノハラ……。俺が
恐る恐る差し出した右手を取られ、ブンブンと振り動かされて握手された。そして辺境伯はその燃えるような赤い目をギラリとさせ――
「言うのお! これだけの器量よしを何人も侍らせておいて謙遜するでない!――いや、失敬。ご令嬢方の前で。――実の所、竜殺しの英雄とは言え、ご令嬢方とはこうして触れ合うこともできぬ故、こうしてぬしが来てくれて儂は嬉しいのだ」
左手を俺の肩に回し――歓迎するぞ――と城への道を引き返し始める侯爵様。香水か何かと体臭が混ざった何とも言えない独特の臭いが酷かったが、こんなにも歓迎してくれるのが思いのほか嬉しくて気にもならなかった。
「竜殺し殿、よくぞ来てくれた!」
「意外と肉が付いておらんな、竜殺し殿は」
「いや、この体で竜を吊った掛け金を外しおったぞ!」
「まっこと、どこにそのような力が秘められておるのか」
臣下たちも侯爵様に遠慮するどころか、気軽に俺の身体にベタベタと触れてきて、歓迎の言葉をかけてくれる。なんだか王都の貴族とはえらく違うな。そして俺はと言うと、照れくさくて仕方がない。アリアたちに助けを求めるが、みんなニコニコと微笑ましそうに見ているだけ。
◇◇◇◇◇
「――そこでだ! 儂は考えた。この緑竜、塩漬けにしてはどうかと!」
侯爵様はあの竜の処理をどうしたかについて身振り手振りと共に語ってくれていた。そのままでは腐って異臭を放つので、足場をこしらえて臓物を抜き、裂かれた肉に丸一日かけて大量の塩を擦り込んでいったらしいのだ。おかげで門の出入りも問題なく済んでいたとか。
「――竜の肉には毒があると言うが、案外塩漬けにしてしばらく置けば食えるやもしれぬしな!」
「閣下! そのような馬鹿げた行い、おやめくだされ」
侯爵様は思った以上に破天荒な人物だったようだ。臣下の人たちも困っている様子。
「良いではないか。竜を食うなど、滅多に機会があるものではない」
「そうではなく、竜の肉を食って死んだなど、そのようなみっともない報告を王都にせねばならない我々の身にもなってくだされ!」
カカカ――と一緒になって笑う侯爵様と臣下たち……同類だこれ。
夕食に招待された俺たちの目に前には、大きな分厚いテーブルに所狭しとあばら骨の付いた肉やらザリガニやらチーズやらの大皿が置かれていた。大賢者様の所で見たような気品はまるでない。肉やチーズにはブスっとナイフが突き立ててあり、そこから各々が自分で切り分け、それぞれ好きなように食べている。スープまで自分で装っていた。俺やリーメやルシャ、そしてハルは気にせず食べていたが、アリアとキリカ、王都の騎士たちは困惑していた。
「どうした? 皆、食わんか。急ぎ用意させたから普段食うような物ばかりだが、これもなかなか悪くないぞ?」
侯爵様はスパイスの効いたザリガニを手にし、振りながら言った。そこにハルが――
「閣下、そうではなく、皆、閣下のような方と同席して、どのように振舞えば良いか困っているのですよ」
「なんだ、そういうことか。達しが無ければ王都風の食事なぞ準備できん。よいよい、儂の身分なんぞ気にするな。食え」
アリアとキリカは顔を見合わせ、漸く食事に手を付け始めた。
「話の続きだがユーキよ、あの竜、儂に幾らかで譲ってもらえんだろうか?」
「構いません……というか、侯爵様には迷惑をかけましたし、迷惑料代わりにお譲りしようかと話し合ってた所です」
「まことか! それはなんとも気前の良い。代わりに儂の手持ちの武具をなんぞ譲ってやろう。――のう?」――と、臣下の一人に聞く。
「竜が丸々一頭手に入るなら安いもんですな。何なら閣下の
「これは先祖代々の魔剣だ。他ならよいが、こいつはちぃと困る!――他の物でよいか? ユーキよ」
「ええ……、そりゃもちろん……」
「よしよし、後で見せてやろう」
そんな調子で宴は侯爵様とその臣下たちの勢いに呑まれたまま、竜退治やトロルとの戦いを話して聞かせると、ますます手が付けられなくなった。今更ではあるが黒峡谷の竜退治についてはとても感謝された。騎士団長からの情報はどうも齟齬があるようだ――と話していたので、悪いのは騎士団長で、侯爵様自身はわりといい人なのかもしれない。
結局、侯爵様に気に入られて最後まで付き合わされた俺はべろんべろんに酔っぱらい、宛がわれた部屋に戻った時には魔剣やら何やらを土産に抱えていて、アリアが寝ているベッドへ転がり込んできたそうだ。
俺とアリアは夫婦だと思われてたようだが、それも辺境の民から得た情報のようだった。しかも民たちの間では『陽光の泉』の聖騎士の夫である俺が、勇者一行が狙っていた竜を横取りした上、門に吊るしたと、新たな伝説のように広まっているらしい。ただその理由が妻の聖騎士を取り戻すためだとか、領主に夫婦の仲を裂かれたとか、尾ひれがついてまわってるので困っていたそうだ。
侯爵様は事を収めるため――仲間の危機を救うためにたった二人で竜退治をした――と『たった二人』のところを強調して公に触れておくことにするのだとか。もしかすると門まで迎えに来たときの侯爵様の俺に対するやたらと親し気な態度は、その辺の事情があってのアピールかもしれない。あの様子を町の人たちが見ていたなら、俺たちと侯爵様との間に諍いがあったなんて誰も思わないだろう。
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貴族たちは給仕してもらうのが普通で、同席する者も同じく給仕してもらいます。勝手にナイフで切って自分の分を取り分けて食べるのは、冒険者なら普通でも、アリアやキリカのようなもともと育ちの良い人間にはこんな場ではとてもできなかったわけです。
こういう給仕に頼らない蛮族的な食べっぷりは良いですね。バイキング形式とはよく言ったものですw
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