第24話 再びアリア
竜に返り討ちにされたあの日、部屋に籠ったルシャ。あの後から様子がずっとおかしく、あたしは心配していた。そして先日からの勇者様との関係――――。
ルシャの部屋をノックすると静かになった。ただ、返事は返ってこない。ルシャが何をしているのか、誰か部屋に居るのか心配になったあたしは、扉を再びノックして彼女の名を呼んだ。
「ルシャ? お願い、ここを開けて! 誰かそこに居るの?」
踏み込むか迷っていると、スッと部屋の扉が開く。
不意に腕を掴まれ、部屋へ引き込まれた。
「ルシャ!?」
思いがけず乱暴に引き込まれた。にも拘らず、あたしの呼びかけさえ聞かずに彼女は扉の外を確認したあと、そっと扉を閉めた。
「……ルシャ?」
彼女が振り向くと、ほんのり桃色に染まった顔、汗ばんだ首筋、そして漂う湿り気を孕む甘い香り。ただ、その瞳には涙を浮かべていた。あたしは察した。
「ルシャ!? 誰か居るの? 何かされた!?」
ルシャの部屋を見渡し気配を探ったけれど、誰かが居る様子はない。ベッドの向こう側を覗き、長櫃を開けて誰か隠れていないかと見る。そしてベッドの下を覗き込もうとしたとき――
「アリアさん! 違うんです。その…………」
手を止めてルシャを見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。
あたしはルシャをベッドに座らせ、肩を抱く。
「大丈夫。何があったかわからないけど、話してみて。力になるから」
ルシャは何度か言葉を発しようとするも、その度に唇を噛む。
あたしは誰かに何かされたのかと危惧していたのだけれど、どうやら違う様子。彼女の肩を抱く腕の力を抜いて、いつものように微笑みかける。やがて安心したのか、喋る決心をしてくれたようだ。
「あの…………本当に力になって貰えますか?」
「うん、当たり前でしょ。あたしにできることなら何でも言って」
「何でも?」
「うん」
「…………じゃあ――」
――と、話し始めたルシャの言葉をあたしは一瞬、理解できなかった。
ルシャはあの竜との戦闘で傷ついた騎士たちを見て酷く心を痛めていたようだ。ユーキには
見ていてくださるだけで構いません――とルシャは言う…………。
寝間着を脱いだルシャがシーツの下でもぞもぞと動いていた。ルシャのふくよかな体は昔に比べて健康になった。透き通るような白い肌に赤みが差していく。ルシャはユーキにいつもされている時のように仰向けに寝転がり、両の手を動かしていた。シーツに隠れて見えないけれど、水音がシーツの下の様子をあたしに想像させる。
ときどきルシャはあたしの視線を確認する。
だんだんと
そして――
ユーキさま――荒い吐息の中、宙を見つめて呟くルシャ。
あたしはユーキがルシャに覆い被さっているところを思い出す。ユーキはいつも目の前の相手に必死に愛情を向けようとしてきた。たとえ魔女の祝福の過程とは言え、愛を交わし合うことに真摯に向き合っている。掌の上の愛情をひと
愛おしくてたまらなかった……。
◇◇◇◇◇
その後、満足したのや安らいだ顔を見せたルシャに添い寝してあげた。
さっきよりもずいぶんと落ち着いたルシャは、あたしが傍に居ることを喜んでくれた。ルシャは、ユーキからだけでなく、あたしからも祝福を貰っていると言う。そしてユーキの祝福が心の支えにもなっていると、ユーキ本人も知らない秘密を打ち明けてくれた。
心配していた勇者様との関係は杞憂に終わった。以前、ルシャが話してくれた、孤児院へ来る前に助けてくれたユーキに似た男女がその勇者様達だったみたい。彼女が勇者様を見つめる目は恋慕ではなく、感謝だったのだ。
疑ったあたしにルシャは怒っていた。ごめんね。
そして夜のことは………………誰にも内緒にしておくことにした。
◇◇◇◇◇
翌日、あたしたちは騎士団長と勇者様に今後についての相談をした。現在、竜についても情報を調べさせていると騎士団長は言うけれど、どこまで役に立つかはわからない。自分で動いて調べると言ったのに、あたしたちは外出を禁じられた。
いくらなんでも要求として無茶ではないかと伝えたけれど、騎士団長は頑として譲らなかった。特に彼はルシャに異常に執着している。そしてさらなる要求を告げた。
『陽光の泉』を解散して勇者のパーティに入れ――と言うのだ。
あたしたち三人は抗議の声をあげた。けれど騎士団長が言うには、勇者様の『強化』の力はパーティ内にしか及ばないという。勇者様はどこかユーキに似た、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
せめてユーキを説得する時間が欲しかったが、手紙を出させてもらえただけで、その日のうちにパーティを抜け、勇者様のパーティに入ることとなった。手続きさえも代理人任せだった。悔しい。もう聖騎士なんて辞めてしまいたい……。
結局、二度目の討伐は勇者様の力を以てしても為しえることができなかった。
ルシャが抗議していた。このままでは新月までに王都へ帰れないからだ。そして新月を迎えると彼女に授けられたユーキの祝福が失われてしまう。竜からの火傷や毒を一瞬で癒すなんてことはできなくなってしまうだろう。
◇◇◇◇◇
ある日、ルシャの護衛についていた――ただし、あたしやキリカによってその企みを妨害されていた――あの女騎士が、騎士団長からあたしに話があると言ってきた。あたしはキリカやルシャと一緒に話を聞くと言ったけれど、内密な話なのでと言って聞かない。あたしは無視した。
その翌日、辺境伯様に融通してもらい、城の鎧鍛冶師の所であまり体に合っていない板金鎧の調整をしてもらっていた。そこへ、あの女騎士を伴った騎士団長がやってきた。偶然を装っていたけれど、おそらくこちらの予定を把握しての行動だろう。
騎士団長は、夜にあたしがルシャと共にいることについて何か知っているようなことを仄めかしてきた。女騎士が隣でいやらしく笑みを浮かべていた。騎士団長はそして、お互いの今後の関係について話し合おうと、あろうことかあたしを部屋へ誘ってきたのだ。一瞬であたしは頭に血が上り、無意識に『砦』を発動させていた。
衝撃音と共に壁に打ち付けられる騎士団長と女騎士。『砦』を解除すると二人は床にへたり込む。大きな音に人が集まってくる。
「見くびらないでいただこう。そのような話、たとえ国と事を構えることになろうと到底受け入れられない」
他に選択肢はないと思った。たとえ何を要求されようともこれだけは、ユーキを裏切ることだけはできない。
ルシャは自分のせいでと悲しみ、慰めあった。キリカはよくやってくれたと喜んでくれたが、その彼女にも不安の影が見えた。いっそのこと祝福を捨てよう。そしてどこか知らない場所で静かに暮らすんだ。そんなことを考えるくらい、あたしは不安で追い詰められていた。
◇◇◇◇◇
そんな中、魔王領の前線への移動を告げられた。もはや一度王都へ帰ると言う条件は無視されていた。けれど、我々の本来の目的は魔王領となった拠点の奪還だ。そして二度の敗北を恥じたのか、一団は夜も明けぬうちから街を出るようだ。
町を移動する際、おかしなことに気が付いた。我々の馬車に幌が立てられたのだ。――そんなに恥じ入ることなのか――そう思って外の様子をうかがった。そして騎士たちがざわついているのに気が付いた。
――見よ、門の下を。あれはなんだ――。
幌の隙間を開けて正面を見ると、松明の光に照らされて、ぬめりのある光を湛える黒い塊が見えた。巨大なそれは町の門の上から吊り下げられていた。
――
おそらく
――『陽光の泉』――
一瞬、布の間から竜に記された白い文字が見えた気がした。あたしは目から熱いものが零れ出るのを感じた。――ああ、彼が来てくれたんだ――あたしたちに頑張れと言ってくれている。何とかしてくれる。そんな希望があたしたちに舞い降りた。
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ちなみにどこから吊っているイメージかと言うと、城塞都市で防備のために門には落とし格子がありますが、その門の滑車を吊る掛け金にフックを付けて吊ってあるイメージです。フックそのものはリーメがアイアンフォームか何かの魔術で作ったんでしょう。もちろんそんなことをしているので落とし格子は下げられなくなってます。
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