第23話 まってたよ
キリカとハルが騎士たちと語らいながら戻ってきていた。
アリアと一緒に居る俺と目が合ったので、親指を立ててみせると二人が返してくる。
「無茶苦茶だな!」
ハルは満面の笑顔でそう言った。
「だろ? おまけに勇者の力でいつもよりさらに強いからな」
「ウソだろ、意味が分からない!」――また笑うハル。
キリカが駆け寄ってくる。
「ユーキ、ごめん! あんなに威力あると思わなかったの、大丈夫だった?」
最初の一撃のことだろう、心配そうに俺の
「ああ、騎士団の人に助けて貰ったし、大した怪我じゃなかった」
「よかった、お
しなくていい――とは言ってみたものの、聞いていたのは傍に居たアリアだけ。
「お
「いや、別に大したことじゃ……」
ちょっと!――と腕を抱え込まれ、腕鎧を若干極められながら何があったかをアリアに問い詰められた。ちょっぴり焼きもちを焼くアリアがかわいくて話してしまったわけだけど、しばらくの間、アリアは口を尖らせていた。
◇◇◇◇◇
その後ハルの元、全体の損害を確認したが、誰も死んでいないのはもちろんのこと、ルシャの普段より割増の『癒しの祈り』であっという間に負傷が回復したため無傷での完全勝利となった。おまけにみんな聖女の癒しを施され、本当に幸せそうな顔をして安らいでいた。まあ、鎧は
「皆、死力を尽くしてよくこの窮地を乗り越えてくれた! 陽光の泉の協力あっての無傷だが、皆の団結無くしてはこの結果はあり得なかった。感謝する! 我々はこの後、町まで戻り、騎士たちと共に王都へ帰還する予定だ」
ハルは皆にそう言って呼びかけた。内容は予め俺たちと相談して決めてあった。
応――と彼らも答える。ただ――
「待て、何を言う! この戦力を以て拠点を取り戻すのだ!」
同調しないのは騎士団長とその僅かな取り巻きだけだった。
「エイリュース殿、それは無茶だ。軍は潰走しているのです。一度帰るべきです」
ハルの反対意見に騎士団長は顔をしかめるが反論はしてこなかった。それまで意見のひとつもしなかった勇者様だったようだが、元々は国の中の序列を超えた特別な地位があるらしい。ハルが言うには強く出ればそれなりに権限はあるんだそうだ。
「トロルの討伐はエルフの助言を受けるべきだ。そうじゃないと奴らは悪意を察知して襲ってくる。今、慌ててやることじゃない。戻ろう」
俺は騎士団長を無視して一同に言う。彼らは納得してくれたようだ。
◇◇◇◇◇
ひと晩の野営を挟み、森の入口まで戻ってくる。ここで一旦、ハルたち一行とは別行動を取らせてもらい、
「きれいなところね」
「そうね。心が洗われるわ」
「気持ちいいですねー」
軍靴に踏みしめられた泥濘しか見てこなかったアリアたちは、この地の本来の美しさに魅せられたようだ。そして――
「見て見て。ここに生えてるものはあの辺の大きな木から草の一本に至るまで、全部が全部、王都の周りの植生とは違うんだ。しかもエルフたちはこれを服に仕立てたり、弓に作り替えたり、ナイフまで作るんだって」
珍しくリーメがたくさんお喋りしていることにも驚いていた。
「またニヤニヤしてる」――とちょっとだけ口を尖らせて、俺の顔を覗き込むアリア。
「や、だってさ、皆にも見せたかったんだもん。な」
「うむ」
リーメも頷く。するとキリカが――
「二人で分かったような顔してるとアリアに妬かれるわよ」
「妬いてないもん。でも、後でどんな旅だったか教えてよね」
「ああ、俺もアリアたちがどうしてたのか知りたいよ」
アリアと手を繋いで歩いた。前を歩くリーメは、あちこち指さしながらルシャとキリカにいろいろ解説している。これはエルフの靴になるとか、こっちは手袋とか。まるでアリアデルのように。
◇◇◇◇◇
アリアデルの木はこの三日の間でさらに天辺が見えないくらいに大きくなっていた。太さこそまだ両腕で
「ちゃんとまってたよ」
「偉いね!」
「えらい!」
ちょこちょこと駆けてきたアリアデルを受け止めるリーメ。リーメは小さいと思っていたけど、アリアデルを大事そうに扱う彼女は十分にお姉さんだな。
リーメと会話する小さなエルフの子供をみて、アリアたちもかわいいと取り囲む。アリアデルは不思議そうにしていたが、みんな笑顔で語りかけてくるのを見て喜びはじめた。
「ところで何でアリアデルなの?」
振り返ったアリアに聞かれる。やはり聞かれるよな。
「よくわからんが、そうなってしまった。なあ」
リーメもよくわからんと話す。『すごい きれい』と二人で言ってたらそうなってしまったと。
「ふぅん」
どういう反応かわからないが、怒ってはいないようだ。楽しそうだから。アリアデルも楽しそうに辺りを駆けまわっている。彼女のようなエルフがもっと増えてくれる未来がやってくるといい。リーメもここに居ると楽しそうだ。ただ、置いていくわけにはいかないな。生活力のないリーメはアリアデルと違って木が無いから放置すると危険だ。
アリアたちにはこの先にある町、王国が取り戻そうとしている拠点のことは話してあった。もしも行き場を無くしてしまった場合はそこで住むつもりだと。王国が愚かなことをこの先も続けるならトロルたちは増え続け、町に到達することさえ容易ではなくなるだろう。なんならハルたちにもこちら側に付いてもらえばいい。
アリアデルとはここで別れた。
ユーデリールさんたちによろしく。必ずまたやってくるから――と告げて。
◇◇◇◇◇
そうして俺たちは無事、町まで帰ってこられた。軍も再編に時間がかかるだろう。勇者一行、そして再登録を行った『
あ、馬は二頭とも無事でした。よかった。
◇◇◇◇◇
「うわ、まだあるよこれ……」
途中、侯爵様の町へ寄ったのだが、竜が未だあのままだった。腐臭こそ漂ってはなかったが、往来のど真ん中に竜の死骸がぶら下がっており、馬車や人は避けるように端を歩いていた。
「勇者様ではありませんか! 急な出立でしたので
「申し訳ない、おれは説明があったものだとばかり……」
「いや、ご無事でなにより! すぐに城へ入れるよう手配しましょう」
「助かります」
どうせ騎士団長が勝手に決めたんだろうな。流石にあれはこっちも裏をかかれた。
一行は門を
「あれを見た時、勇気づけられたんだ……」
広場の入り口から竜の死骸を眺めながらアリアが呟いた。
竜には未だに白い文字が残る。『陽光の泉 参上』と。参上は漢字なので誰も読めないだろうけど、その文字にアリアは勇気づけられたと言う。
あの門の下に吊るされた竜を見たとき、そして『陽光の泉』の文字が目に入ったとき、目の前がぱあっと明るくなったと彼女は熱く語った。あれが皆に希望を与えてくれたと。
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ちょっと順番を変えて次回アリア視点です。
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