第22話 やりました

 ――う~む、魔女の先輩方はこういう時どういう表情をしているのか。いや、そもそも従軍する魔女なんか居ないだろうし……。





 物資を捨てて潰走したことにより、残された者たちは僅かな携行食しか持ち合わせていなかった。そのため、俺が持ち込んだ大量の食糧は喜ばれた…………のだが――


「ユーキ殿……これはかたじけない……。助かります」


「食料はまだ余裕があります。薪もあるのでアリアが食料を温める準備をしてます」


「いえ、後は我々で! 聖騎士様のお手を煩わすわけには参りません」

「ユーキ殿、どうかお構いなく。食事の準備くらいは我々でも……」


 アリアから奪うように薪と火口箱を受け取り、竈の準備をする騎士たち。

 なんかちょっと騎士の人たち皆、笑顔なのに余所余所しいというか対応が丁寧。


「ほら、聖騎士様がご機嫌ナナメだ。行ってやんないと」


 兵士の人にも優しく言われた。

 これは昨日の夜のことでいろいろ察せられてる気がする……。その上、相手をしていたと思われてるのはきっとアリアだ。キリカたちが参戦してきたのを知られたかはわからないが、キリカやリーメが激しくしていたのまでアリアだと思われている可能性がある。


 仕事を奪われて手持無沙汰なアリアの所へ行くと――


「なんか皆、後は任せろだって……」


 そう言ったアリアの袖を引いて人の居ない方へと向かう。そして小声で――


「昨日のこと、外から声が漏れててバレてるみたい……」

「うっそ!?」


「たぶん、声が漏れてなくても見張り台に篭ってたからバレてたと思う」

「恥ずかしい…………」


 アリアは耳まで真っ赤にしていた。


「やけに皆、親切だと思ったんだ。そりゃ、俺だけ何やってんのって思われるだろうな。ハルみたいなイケメン勇者だったら許されるだろうに」


 そう言って自嘲し振り返ると、アリアはムッとした顔をし――


「痛テテ!」


 頬をつねられた。


「何の不満があるのよ」


「……はい、不満なんてございません」


 おまけにかわいい彼女の協力のおかげで朝から元気です。



 ◇◇◇◇◇



 朝食を終えた俺たちは、装備を整え戦う準備をする。どのみちトロル5体に囲まれていては逃げようがない。この砦で決着をつけるしかないだろう。


 アリアはキリカと板金鎧の状態を確認し合い、泥除けに上っ張りサーコートを纏う。ルシャは体重を懸けながら弓に弦を張り、巨人の保有の鞄ガルガンチュアホールディングバッグを肩にかける。リーメは眠そうに欠伸をしているが、リーメにこのくらい余裕がある方が俺たち陽光の泉ひだまりにはベストだ。


 戦力の中心となるのは陽光の泉ひだまりのメンバーだったが、ハルに指揮された騎士団にはトロルたちを抑えてもらう役割がある。魔法の盾や回復の力で前線の壁となり、トロルたちがルシャやリーメの所へ殺到するのを防いでもらう。


 戦士や弓士の兵士たちは安全を期して見張り台からの攻撃。戦士は大型の弩で、弓士はルシャと同じように特殊な射掛けができる。普通のトロルには十分効いていたらしいが、数を揃えられないのと、守り切れないのもあって見張り台配置となった。



 ◇◇◇◇◇



 出撃の直前、騎士たちが地階の出口で整列している。先頭はハル。俺も彼らの後ろにキリカと並ぶ。


 コツン――キリカがヘルムを当てて来た。同時に――チュッ――と水音が。面頬ヴァイザーを上げているとは言え、兜越しなので直接触れてはいない……が、キリカがキスしてきた様子。


「なんだよキリカ……」

「昨日、頑張ってくれたお礼。幸運のおまじない。アリアには貰ってないでしょ?」


「アリアは慎み深いからこういう場所ではしないの」


 アリアの場合、本当を言うと戦いの前で高ぶってるから気が回ってないんだと思うが、そういうことにしておいた。


「だから代わりにあげたんでしょ。ちゃんと生き残って、またね」

「しないっての」


 俺は今の顔を見られないように面頬ヴァイザーを下した。



 ◇◇◇◇◇



「トロルが起き上がるときの流れに巻き込まれるな!」

「「「応ォ!」」」


 ハルが指示を出しつつ騎士たちが砦の正面に駆け出し、展開していく。

 その間にアリアたちが階段を上がった所の一階のテラスに陣取る手筈。


 カタカタと鎧の軽い音を立てながら走る騎士たち。それに呼応するかのように、二ヵ所、砦近くの地面が波打つのが見えた。


 ズズズズ――と地響きのような振動と共に、土塊つちくれが身を起こし、二本の足で立ち上がってくる。ハルが率いる騎士たちは、二手に分かれて既に取り付きつつあった。俺とキリカもそれに続く。


 ブォォォォォォォォオオオ!――まるで地の底から響くような、低くて重い管楽器のような音が辺りに響き渡ると、左手に少し離れて一体、右手の遠く離れた場所に二体のさらに巨大なトロルが身を起こしてきた。


 正面の土塊には既に腕が生えていた。王都の北の山の奥には巨人が住むらしいが、その巨人かと思うような大きさ。10mとかそのくらいの大きさはあると思う。とにかく下から見上げると天を覆うようなデカさだ。おまけに見た目が土塊なだけに手足は太い。


 俺は『鑑定』を使ってみたが鑑定結果の文字の羅列はやはり理解できない。キリカは、騎士たちに殴りかかった右のトロルが、大きな腕を振り終えたところの隙をつくように走り込んで行く。俺もキリカのすぐ後を追うが――


 ドッ――とキリカに向けて踏み込んできたトロルのその脛が爆ぜ飛んだ!


 俺にはキリカの聖剣スコヴヌングが一瞬、数メートルの長さにまで光を伸ばしたように見えたが、それも束の間、片脚を失ってバランスを崩したトロルは、キリカの後についてきた俺に向かって勢いよく倒れ込んできた。


「まじかよ!」


 突然のことに大盾を構える。

 直後、視界が回転して土に飲まれた――。





「生きてるか!」


 埋まった俺の腕を誰かが引っ張り、助け起こしてくれる。

 土にまみれた面頬ヴァイザーを跳ね上げると、騎士の一人だった。


「助かるっ」


 身体を起こして見上げると、テラスからの攻撃が始まっていた。

 放たれた光弾が俺のすぐ傍のトロルの体を次々と吹き飛ばし、その度に土塊の雨が降ってくる。


「これは……」

「なんという……」


 周囲の騎士たちも面頬ヴァイザーを跳ね上げ、呆然と見上げていた。竜よりも遥かに脆いトロルの体は、魔女の祝福にさらに勇者の強化バフを上乗せされたルシャの砲弾のような聖女の矢で次々と体の部位を失っていった。


「ははっ、やっぱりルシャはうちの一番の稼ぎ頭だな!」


 さながらゲームで言うところの想定外の近接航空支援を得た歩兵のようだ。笑顔が騎士たちに満ちていた。


「抑え込むぞ!」


 ハルの掛け声で騎士の半数が右手から接近するトロルへ向かう。キリカが最初に斬りつけたトロルは既に沈黙していた。死んだトロルは土塊の山になるわけではなく、まるで何事もなかったかのような平坦な泥濘へと戻って行った。


 近場に居たもう一体のトロル。そちらはリーメが絶え間なく放つ『火球ファイアーボール』により崩れ去っていた。トロルも巨大な土塊を投げつけて反撃していたのだが、全てリーメの『障壁フォースフィールド』によって遮られていた。ただ、今のリーメだから耐えられるものの、投擲された巨大な土塊の着弾は、少々の障壁を張った程度の兵士なら確かに総崩れだろうと思われる威力ではあった。



 左手を見ると、接敵されていないもう一体のトロルの頭の上にバーが表示されているのが目に入る! 俺は声を張り上げた。


「ルシャ! 左の! 魔法が来る! 5! 4! 3!」


 光線のように真っ直ぐに走った矢は、テラスから一瞬でトロルの頭まで届く。


 ドバッ――と吹き飛ばされたトロルの頭。その上にあったバーも消失する。頭は再生されていくが、体はいくらか小さくなる。


「キリカ! 俺は魔法を抑える!」


 彼女に声が届いたかわ分からないが、確認も二の次に巨石の砦へ戻ってテラスまで駆け上る。


 ふと見たリーメの顔には線が二本入っていて、三つに分かれたそれぞれがそれぞれに別の詠唱していた。すげえ。


 俺はルシャの傍に行って魔法を使おうとするトロルへの攻撃指示を出す。


「右の二体、ちょっと遠いな。矢の威力が落ちてる。アリア――」

「行ってくる!」


「ああ! こっちは大丈夫だからキリカを守ってやってくれ!」


 言い終えた頃にはアリアは100m近く先を走っていた。


 ハルに伝わると、前線を支えていた騎士たちの壁が徐々に下がってくる。そこへルシャが矢を射かけた。十分に近づいたのもあって、ルシャの矢はアリアの位置を避けるように曲射される。ルシャは目もいい。不意の『砦』の発動を想定しているのだろう。


 トロルの横薙ぎを騎士たちが空中に出現させた魔法の盾を並べて遮る。魔法の盾の守りは完璧でこそないが、数の力で大きく威力を削がれ、騎士たちの手持ちの盾に到達する頃には即死を免れる程度には勢いが落ちる。その隙をキリカの聖剣スコヴヌングの光の斬撃と、ハルの魔剣ガルスッラから放たれる雷撃が襲い、トロルの片腕を土へと帰す。


 片腕が失われてもなお、トロルは怯むことなくもう一方の腕で殴りつけてくる。それどころかその背中には再び新しい腕が生えてくる。騎士たちは再び魔法の盾を並べ、重い叩きつけを耐えきると、今度はキリカがトロルの左足を薙ぎ斬った。爆ぜた左足と共に転倒するトロル。


 そしてもう一体のトロルは、目の前に独り立つアリアへ向けて渾身の一撃を放つも、その直撃の瞬間に合わせてアリアがフォートレスを展開する。勢いはそのままトロルへと跳ね返り、バランスを大きく崩す。そこへルシャの矢が、トロルを追うように着弾し、削り取っていく。当然のようにトロルたちの魔法はルシャによって完封されていた。


 そうこうしている間に左側で勝鬨かちどきがあがる。リーメの魔法を次々と浴びたトロルが崩れ去ったのだ。


 リーメの攻防を同時にこなす魔術での攻撃は凄まじいものがあった。味方の騎士がトロルへ接敵するまでは、次々と巨大な土塊がルシャやリーメに向かって飛んできていたが、後から後へと再構築される魔法の障壁フォースフィールドがそれらの脅威を完全に排除しつつ、同時に火球ファイアーボールの詠唱が絶えることは無かった。


 騎士たちが接敵してからのリーメは、3つの顔が全て火球ファイアーボールを唱え始め、熱に焼かれたトロルの上半身は焼き尽くされ、塵となって崩れていったのだ。


 やがで右側でも勝鬨があがり、トロルたちは泥濘へと帰した。

 その勝鬨の中、遠くの方で木が崩れていくのが見えた。ビルの倒壊のようなものではなく、空中でバラバラになった木がゆっくりと降ってきている。崩壊まで幻想的だな、ここは。



「やりましたー!」


 ルシャが跳ねるように喜び、抱きついてきた。

 はどうしたんだ。


「やったな!」


 ルシャの頭を撫でてやろうとして泥だらけの自分に気が付いたが、ルシャはその手を掴んで自分の頭に押し付ける。

 隣を見るとリーメはふんぞり返ってドヤ顔していた。


「――すごいよお前も」


 ルシャに抱きつかれながらリーメの肩を叩いておいたが、こちらは汚れた肩を嫌そうに払う。


「あっ、ずるい!」


 アリアは向こうでハルたちと勝鬨をあげていたのかと思ったら、いつの間にかテラスの下まで走って戻ってきていた。それを見たルシャがそっと押し出してくれ、拗ねた様子のアリアに駆け寄ると、俺たちは階段で抱き合い、口づけを交わした。







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 『勇者のオレの妻が全員NTRれている件』の頃よりはずっとマシな相手ですね!

 この世界での妖精の起源はちょっと特殊なのですが、もともとは『勇者のオレの妻が全員NTRれている件』で語られたように魔族()の手下として使役されることが多かったようです。ただ、その魔族()も安易に『魔族』なんて言うにはクセがあって……。


 ちなみにエルフとトロルの起源が同じというネタはWorld of Warcraftの話が面白いです。アゼロスはエルフもトロルも一枚岩ではないし、伝承のクセが強くて面白いです。


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