第20話 ハル
「川瀬、ルシャをありがとう。小さい頃のルシャを見捨てないでくれて……」
俺は見張り台での話し合いを終えると、ホールまで降りてきて真っ先に川瀬へ礼を言った。
川瀬もルシャから話を聞いていたのだろう、少し照れくさそうにして笑顔を返す。
「当たり前のことをしただけだから。それにおれたちじゃ何もできなかったし」
「それでもありがとう。彼女に出会えて救われたんだ」
傍には一緒に降りてきたルシャも居たが、彼女もまた、頬を染めて俯いていた。
俺は話があると言って、そのまま川瀬を見張り台へと招いた。
リーメにはルシャとキリカに手伝って貰ってホールで騎士団や兵士たちにエルフの説明を頼んであった。アリアだけ見張り台に残って貰っていた。
◇◇◇◇◇
「アリアと恋人になれたのだってルシャのおかげだし、俺の心の傷を埋めるのにも彼女にはずいぶんと力になってくれたんだ……」
ルシャが居てくれなければ今の俺は存在しなかった。彼女が将来を誓ってくれ、アリアのことで背中を押してくれなければ、きっと自暴自棄になっていたに違いない。隣に座っていたアリアも頷く。
「篠原はなんか昔とずいぶん変わったな」
「陰キャだったしな」
「そういう意味じゃないよ。それに麻枝さんと一緒だったからそんなイメージはないな。ただ、昔はクラスの皆や他人に対して無関心だったように思うよ」
「そうかもしれない。他人をちゃんと見てなかったんだと思う」
麻枝と付き合っていた――とは川瀬は言わなかった。知らない訳ではなく、アリアに気を使ってくれたんだろう。だけど俺は今の機会に話しておかなくてはと、アリアの顔を見た。
「麻枝ってのは元の世界に居たとき、付き合ってた幼馴染。振られたけどな」
「篠原……」
アリアは唇を噛んでいた。
自嘲気味に話してしまったことを後悔し、居住まいを正す。
「アリアには話しておきたかったんだ。振られて傷ついてた。たぶん胸の穴はその傷だと思う」
「ちょっとつらい」
「自己満足でしかない。ごめんよ」
「謝らなくていい。ぎゅってしてて」
アリアの手を強く握っていた。
再び川瀬に視線を戻すと、彼は
「……篠原。麻枝さんのことはその、ごめん。あと、おれも好きな人が居て、彼女は……断った」
「謝るなよ。お前、モテるもんな。そのくせ誰とも付き合ってなかったし」
「おれはその……実をいうと――」
「言いづらい相手なの? 先生とか?」
「違っ、違う! そうじゃなくて妹のアオが好きなんだ」
「なっ!?」
「お互い思い合ってたって、あの白い部屋で知ったんだ」
白い部屋――地母神様の居た、あの白い空間か。
川瀬は表情を和らげる。
「だからこの世界も悪くないかなって二人で」
「なるほど、そんな事情があったのか……」
それともうひとつ――と、今度は真剣な表情の川瀬。
「麻枝さんも
「「ぇ……」」
◇◇◇◇◇
川瀬の話では麻枝もこの世界に居るという。ただ、彼女は召喚ではなく転生を望んだらしい。あと、恥ずかしい話だが俺の寝言は三人にも聞かれていたそうだ。あそこには地母神様と俺だけかと思っていたが、俺
麻枝は――元カレが変なこと言ってるけどごめんね――とか言ってごまかしていたようだけど、どこか焦りが感じられたと妹の蒼さんは言っていたそうだ。その後すぐに、麻枝は何か意を決したように、地母神様と転生の条件を交渉し始めたらしい。
川瀬たちは悩んでいて遅れたが、麻枝は先に行った。さらに俺は遅れた。俺と川瀬で六年の差があるから、麻枝とはさらに差があると考えられる。
「麻枝のことはとりあえずいい。ひとつ聞きたい。川瀬さん――蒼さんがエルフの子供に出会ったってのは知ってるか?」
「知ってる。アオはその子にヒメって名前を付けて、木を切るなと必死に訴えていた。だけど騎士団長が、放置すると魔王になると言って切り倒したんだ。おれも正直、あの時点で何度か魔王の軍勢と戦っていたから怖かったのもあって何も言えなかった。ヒメは消えてしまった」
「やっぱりか。その子は大人のエルフたちが保護してる」
「本当か!? アオは取り乱して塞ぎこんでしまって、今も城に篭ってる。生きてるって知ったら喜ぶよ」
「俺はこの森のエルフと会って話をしたんだ。この森は安易に人間を大勢連れ込んでいい場所じゃない。一度引き返すべきだと思う」
「わかった。篠原がそう言うなら従うよ」
「信じてくれるのか?」
「信じない訳ないだろ。友達なんだから」
川瀬はさわやかな笑顔でそう言うが、こっちはまるで友達なんて思っていなかったのでバツが悪かった。こんな中身も外見もイケメンな川瀬を前にして、アリアは心揺れたりしないんだろうか。心配になって彼女の顔を覗き込むが、アリアは察したように卑屈な俺を小突いてきた。
「蒼さんのことは大賢者様からも聞いてた。会えてなかったけど二人の心配はしてたみたい」
「あの人いい人だよな。人前ではちょっと変だけど、プライベートな場所だと気安いし。――あとそう、名前はこっち風にハルとアオでいいよ。アリアさんも篠原の恋人なんだから、もう勇者様はやめて欲しいかな。敬語もね」
わかった――とアリアは頷く。
「じゃあ俺はユーキで。学校じゃ女の子、みんな苗字に
「えっ、あたしは?」
「最初、めちゃくちゃ緊張してただろ……」
「そうだっけ。あ、そうだね。そうだそうだ」
アリアは漸く笑ってくれた。あれから俺も随分と人と話せるようになったもんな。
「アリアさんはなんか高校生じゃないのに高校生みたいな雰囲気だよね」
「俺が元の世界でいたころの
「ああ、それでか。若いのにしっかりした人が多くて、びっくりすることが多かったから。こっちの人って10才過ぎたらあっという間に背が伸びて、12とかになるともう大人だもんな。特に女の子は成長が早いみたいだし」
なるほどそういうことか。デカいと思ってたんだ。孤児院の三人とも。
「キリカたちの背が高いの、そういう理由だったんだ」
「キリカはちょっと特別な気がする……。ユーキたちが元居た世界では違うの?」
「元の世界ではそこまで急成長するなんてことはなかったな」
「女の子の成長が早いのは一緒だね。中学に入る前はアオに抜かされてたから」
今はハルも背が高いけれど、確か蒼さんも高かったはず。
「あれ? そういや6年も経ってるのにハルはあまり年変わんない?」
「こっちの人もそうだけど、召喚者もあまり年取らなくなるらしいよ。二百歳とか生きる人も居るらしいし」
「大賢者様みたいに?」
「あの人はなんかまた別な気がする。だってせいぜい20代後半にしか見えないよね」
お師匠様はよくわからんな。
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ちょいちょい他作品でも出て来てますが、この世界のこの時代、特に王国の人間は3-7才くらいに祝福を得て、10才を過ぎた辺りで急成長します。16-20才くらいまでは成長を続け、60-80才あたりから徐々に老化して寿命は150才とかになります。長寿のエルフの血が入っているわけではなく、聖書なんかの登場人物がやたら長寿なのと同じで、神さまに祝福されているのです。
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