第19話 処女厨失格
「篠原、よく来てくれた」
昔からスポーツは得意だったようだが、その頃よりもいくらかがっしりとした体つきになった川瀬は、泥まみれだったにも拘らず俺の腕を取り、引き起こしてくれた。
「川瀬、アリアたちは! 無事なのか!?」
「ああ、無事だ。篠原の話は聞いていた。皆、心配していたよ」
そう答えた川瀬は見た目こそ少し大人になっていたが、中身は以前と変わらず、少なくとも俺からは悪い奴には見えなかった。大賢者様の言った通り、川瀬が魅了の魔眼なんて使ったとは思えない。つまりそれは幼馴染と同じく……。
召喚を解いたリーメは俺と川瀬との会話をよそに、先に行ってしまうので俺も続く。
「悪い、話はあとで。会わせてくれ」
俺はとにかく皆の無事をこの目で確かめたかった。
川瀬は頷くと奥へと案内してくれる。巨石の中は自然の洞窟を削り取ったような人口の空間が作られていて、奥へ行くほど広かった。さらに広いホールへ入ると20人くらいの人がいた。俺はその中に赤髪の少女を見つけると真っ先に駆け寄った。
「アリア!」
「ユーキ? ユーキ!」
アリアも駆け寄ってきて抱きついてきた。そして額を擦り付けてくる。
可哀そうに、綺麗だった赤い髪は渇いた泥でくすんでいた。さらに――
「会いたかった。会いたかったよぉ」
あのアリアとは思えない情けない声を上げていた。
「俺も会いたかった……(けどいいのか、こんなことして)」
小声でアリアに聞いた。
俺も抱きしめたかったが、残った兵士の中には騎士団のやつらがかなり居たのだ。
「もういい。聖騎士なんてやめる! 家に帰るぅ」
震えるアリアが嗚咽の混じった声で答えた。
抱きしめ返してやると、彼女も落ちついてくる。
「キリカも無事でよかった」
リーメと共にキリカがこちらを見守っていた。キリカは頷く。彼女は最前線で剣を振るうため、とにかく負傷を心配していたが無事なようだ。よかった。そして――
「ユーキ様……」
その後ろからフラフラと弱弱しい足取りでルシャが近寄ってきた――が、手の届かない距離で両膝をつくと、嗚咽を抑えるように両手を口にあてた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
――何を謝ってるんだよ。悲しくなるだろ……。
俺が言葉をなくしていると、アリアも俺から離れる。
「あたしも……ごめんなさい。ユーキに謝らないと」
「なんで謝るんだよ。二人とも、俺が嫌いになった?」
二人とも首を振る。
「――ちょっとアリアたちと話せる場所がないかな?」
小さく手を上げて川瀬に頼むと、上の見張り台なら伝声管を閉じれば聞こえないと登り口を教えてくれる。――悪い。あとで話をしたい――そう川瀬に断ってから上へ向かおうとすると、俺の前に割り込んでくるやつがいた。そいつは俺の肩を小突く。
「貴様、また聖女様を泣かせているのか。近づくなと言っただろう!」
「あんたまだ生きてたのか。ネチネチと嫌がらせばかりしてきて、いい加減こっちも頭に来てるんだよ!」
リーメが隣で首を搔き切る仕草をそいつに向け、舌を出している。
騎士団長様だった。
「嫌がらせ? 嫌がらせは貴様だろうが! 王都にこの先、居場所があると思うな!」
「結構だよ! なんなら俺たちは出ていってもいい。居場所は見つけてある」
アリアが俺の言葉に目を丸くしていたので、頷いてあげる。
「――大臣だろうが国王だろうが、俺たちの仲を引き裂くような奴はクソくらえだ」
「黙れ! 平民ごときに聖女様がついていくわけがなかろう!」
こいつほんとルシャに御執心だな。まあ、ルシャに限ってこいつはありえないな。惹かれているとしても川瀬だろう。だが…………俺はこいつに集中して鑑定を使う。他に意識を飛ばさないように。
「……そんなに聖女様にいい所を見せたいなら、お前と俺で力比べてもしてみるか? 男らしくていいだろ」
「ふざけたことをぬかすな!……だが……いいだろう。乗ってやる。その代わり、負けたら聖女様は置いて出ていけ!」
「いいよ。俺が負けたら
ルシャをこんな風に扱うのは嫌だったが、こいつには思い知らせてやる必要があると思った。最悪、ルシャが俺についてきてくれるなら聖女をやめてしまっても大丈夫だろう。
「その代わり、お前も誓えよ。負けたらルシャには二度と関わるな」
腕相撲でいいよね?――と、背の高い、ノエルグとは比べ物にならないくらい筋骨隆々の男に問う。まあ、結果なんて語るまでもないな。
◇◇◇◇◇
四人を連れて梯子を昇り見張り台へと向かう。石化した木を上へ上へと掘り進まれた先には部屋があった。部屋には丸くカーブした壁に沿って窓が付いていた。窓には何もはまっていなかったが、温かいし過ごしにくくはなかった。見張り台とは言うが、特に見張りは居ない。外を見ると何も動くものはいないが、おそらくあの地面には
俺が見張り台の石の床に座り込むと、他の四人も続く。
「久しぶりの『
俺は普通に嬉しくて言ったのだが、あまり皆の顔は浮かない。
「ごめんなさい。勇者様の力はパーティじゃないと使えないって言われて……」
「アリア」
沈んだ顔のアリア。
「アリア」
もう一度呼ぶ。
「……うん」
「俺のことまだ好き? それとも結婚はもうしたくない?」
「え!? 何で? 好きだよ。結婚もしたいよ。……その、今すぐっていうなら考えるけど」
「じゃあいいじゃない。何も変わらない。謝らなくていい」
俺は膝立ちになってアリアを軽く抱きしめた。
「ルシャ」
急に問いかけられてルシャはビクッとする。ちょっと怯えているような感じ。
「ルシャはどう?」
「大好きでずぅ。離れたくありまぜんっ」
涙いっぱいの顔をくしゃくしゃにして言う。
「よかった。嬉しいよ。これで今までと一緒だ」
――俺は思った。以前ならこんなのには耐えられなかった。でも、みんな無事だった。また会えた。しかも一緒に居たいって言ってくれる。これ以上幸せなことってある?
俺は鑑定の力を授かった。しかも大賢者様よりも上位の力を。たぶん、そのくらい強力じゃないとわからなかったんだ。この子たちが『処女』かどうかなんてプライベートなこと。でも今はもう要らない。だって、他の人を好きになるのはどうしようもないし、いま俺を好きでいてくれるならなおさら必要ない。だから鑑定しない。まあ、彼女らの『祝福』が失われていなければそういうことではあるのだろうけど……。
俺はたぶん立派な処女厨じゃなかったんだ。上辺だけ。ただ、初めて同士の夢のような出会いに憧れていただけなんだ。今でも素敵だと思うよ? 最初から最後までお互い一人だけ。だけど人生は長いし、世の中は複雑でそれぞれにそれぞれの人生がある。皆が皆、そういう訳にはいかない。そんな話でいうと、俺となら
その後、ルシャも抱きしめてあげようとしたが、再び
「ルシャ、そんなに謝ることはないんだ。誰だって好きになる相手は自由でいいんだよ。俺じゃなくても今なら受け止められるから、正直に言ってくれれば――」
そう言うと、何故かルシャは首を
「……何の話ですか?」
「え? ルシャは川瀬のこと好きになっちゃったんじゃないの?」
「カワセって誰ですか? ユーキ様以外の男を好きになるなんてありえません!」
「ハル――勇者のことだよ」
「勇者様とは何もありません! 触れても居ません! 私は紛いなりにも聖女ですよ! 失礼です!」
「だってほら、パーティの状態に『発情』って出てたから、ハルとエッチなことしてたのかと」
「そんなことしてません!!」
「え、じゃあ何で何度も謝ってたの?」
「そ、それは…………」
ルシャはぽつぽつと小さな声で喋り始めたが、なんか辛くて寂しくてどうしようもなくて、一人で致してしまったのが彼女としては許せないらしかった。なんか一気に脱力した……。ルシャの貞操観念どうなってんの。
「そんなことで……」
「そんなことじゃないです!!」
ルシャは涙を滲ませながら、今日いちばんの声を張り上げてきた。
「え、じゃあアリアも発情してたのって……」
「「あっ」」
アリアとルシャはお互いに顔を見合わせ、顔を赤くして俯く。
この二人は……。
「ごめんなさい。私がその…………アリアさんにいつも見てもらってたから、見てもらってないとその…………物足りなくて……」
「ごめんね…………あたしもいつものユーキを思い出しちゃって、変な気分に……」
「はあぁぁぁぁああ……」
どっと疲れが押し寄せてきて突っ伏した。涙まで出てきた。
嬉し涙かもしれないからもういいや……。
キリカは――よかったわね、ユーキは気にしてないって――と、ルシャを慰めていた。気にしてないけどさ、こっちの気苦労も考えてくれ……。リーメはいつの間にかキリカの膝枕ですやすやと眠っていた。
なお、勇者の凱旋の際、ルシャが目を離さなかったのは小さな頃に助けてもらった男女に勇者が似ていて、記憶を探っていたから。恋に落ちたのかと思ったと話したら、ルシャが超怒ってきた。が、それに嫉妬したんだと素直に言うと甘えてきた。忙しいな。ちなみ川瀬たち本人だったそうだ。
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ユーキは処女厨と言っても『処女しか抱きたくない処女厨』ではなく、やっちゃった二人は最後まで添い遂げるべきだから『処女を奪った男は最後まで責任を持て』という面倒くさい処女厨だったのでした。ちなみに『恋離』の七海も似たような勘違い処女厨です。
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