第18話 見知った顔

 大賢者様は行方の分からない俺を心配して『千里眼クレアヴォヤンス』の魔法で追ってくれたらしい。目標の近くに居る生物の目を借りる魔法らしいが、視界を得るためのスピリットを飛ばしたのをリーメに掴まったみたい。ちなみに、普通は人間には入れないうえ、体を操るなんてできないとか。


 そして大賢者様から届かなかった手紙の内容のひとつに、勇者同士が諍いをおこし、アオという勇者はまだ王城に居る――という情報があった。ハルが同じクラスの川瀬 晴かわせ はるならアオのことも知っている。ハルの双子の妹の川瀬 蒼かわせ あおだ。どっちも美形だが、アオは剣道をやっていてカッコイイ大和撫子って感じの子だった。もちろん俺はコミュ障だから話したこともない。


 ハル――川瀬は中性的な顔立ちで勉強も運動も得意だし、人柄もよくて男子からも女子からも人気があったと思うが決して嫌な奴じゃない。高校から一緒になって、当時は――世の中にはこんなやつもいるんだな――くらいにしか思ってなかったが、今から考えたら幼馴染が俺よりも好きになるのはごく自然なことだろう……。



「……川瀬兄妹のことは知っています。元の世界の同じ高校……学び舎の生徒でした」


 俺は、二人のことを知っていると伝えはしたが、彼らとの関係については何も答えられなかった。


「――とにかく、今は先にやるべきことがあります。国の方針か大臣の方針かは知りませんが、今のやり方は間違ってると俺は思います」


 俺はエルフから得た情報を大賢者様に話した。


「――お師匠様、貴族や王族がそう単純では無いってことは今回のことでわかりました。権力者が本気になれば俺たちにはどうにもできないことがあるってのも。ただね――」


 大賢者様は無言のまま小さく頷く。


「――ただそれでも、これは200年も続いた愚策ですよ。何より、そんなくだらないことのために俺たちの仲が裂かれるのには納得がいきません! 今すぐ止めるべきです!」


「そうじゃのう……」


 俺の訴えに、言い淀む大賢者様。


「――確かに大昔は人が住んでいた町がここだけではなく、この周辺にいくつもあった……。その頃は使い切れないほどの魔鉱を産出していたようじゃが、どのようにしてそれらを得ていたかはわからん……。聖堂の記録は魔王との戦いの歴史ばかりで古い情報がないのじゃ」


 大賢者様はまるで言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと言葉少なに返した。



 ◇◇◇◇◇



「まずは町の勇者一行を説得してみよう。騎士団長はともかく、ハル……少なくとも以前の川瀬のままなら説得に応じてくれるかもしれないし、アリアたちに接触できればなんとかなるかもしれない」

「わかった」


 大賢者様との会話を終えるとリーメは無事、元に戻った。まずは街に戻ろう。

 

「アリアデルは危ないからここに居た方がいい。食べ物を残しておくから」

「たべものはいらないよ? なくても木があるからおなかはすかない。どこへいくの?」


「ここを出て町へ戻ろうと思う」

「アリアデルがいないと、つぎのつぎのつぎのひまでかかるよ?」


「なん……だって……」


 アリアデルは『森林渡りフォレストウォーク』の力を使ってエルフの抜け道を抜けてきたらしい。しかも既に三日経っているということが分かった。


 すごい――リーメは言う……いや、すごいはすごいんだが、どうするよ。向こうはもう町を出発してるかもしれないが、他に道はない。


 戻ったら三日後かもしれないが、こちら側から不用意に森を進めば間違いなくトロルと遭遇する。入り口まで戻ろうということになった。



 ◇◇◇◇◇



 途中、野営を挟んでアリアデルの木まで戻った。


「アリアデルはここに居て。誰か来るようなら森へ逃げてね。他の人間は危険だから」


 入口の傍まで来ると、大規模な人間の集団の足跡が見つかった。一面の苔が、大勢の人間が通ったことで踏み荒らされていたのだ。ただそれも、まだ新しいというのに引き返した足跡の方が何故か多かった。


「ユーキ、あれ」


 リーメの指差した先には、よろよろとこちらに向かって歩いてきている兵士。声をかけて駆け寄る。


「勇者一行はどうした? 撤退したのか?」

「撤退じゃない、敗走だ」


「敗走だって!? 勇者一行は!? アリアたちはどうなった!」

「知るかよ。オレだった命からがら逃げてきたんだ、退け!」


「詳しく話せ。何があった?」


 俺は足を引き摺りながら歩き始めた兵士に食い下がる。


「…………昨日の朝のことだ、恐ろしい魔王の軍勢が現れたんだ。……その辺で隠れ潜んでる小さいやつじゃねえ。……ものすごく大きい怪物に襲われて散り散りになった。……勇者一行は軍を逃がすため最後まで残ってたはずだ」


 その言葉を聞いて俺は駆け出した。

 アリアたちはどうなった? 一日は時間が経っている。こんな場所で一日も持つのか?

 目の前が真っ暗になるかのような感覚の中、ぬかるみに取られてもつれる足を進ませた。


「乗れ」


 狼を召喚したリーメが言う。感覚が鈍るなか、必死で首に掴まった。



 ◇◇◇◇◇



 途中、顔も知らぬ兵士や装備のない連中と何人かすれ違う。人狼にまたがった俺に驚くが、勇者一行を探していると言うと返答は返ってきた。その中でひとつ、『窪地の巨石に逃げ込んだ者たちが居る』という話が得られた。



 ◇◇◇◇◇



 ぬかるみに沿ってリーメは走る。途中、休憩を挟みながら夕暮れまで走り、ようやくその窪地まで辿り着いた。窪地と言うよりは、いくらかすり鉢状になった湖、もしくはクレーターと言った方が近いかもしれない。クレーター内には巨木が無く、開けていて中央は丸い湖になっているように見える。


 また、あちこちに巨石が散らばっているが、広い岸辺に沿って右回りに続く足跡の先、砦のように積み重なる巨石の塊が見えた。


「あれだろうか?」

「なにか普通じゃない場所だ」


 リーメの言う通りだ。だが、まずはあそこまで行こう。



 ◇◇◇◇◇



 目的地が見えたため速度を落としたリーメ。窪地の辺りには既に兵士は見当たらなかった。装備は散らばっているが死体のようなものは見えない。


 徐々に巨石に近づいていくとその巨大さがわかる。もとが巨木だったのはわかるが、それが折り重なったような状態でそこに在った。


 さらに近づくと、人が出入りできるくらいの入口のような加工や階段状の加工まで見え始める。巨石がそのまま砦か何かになっているようだ。


 急にリーメが速度を上げたので、しがみつく手に力を入れる。


「何かいる」


 同時に周辺の地面がもぞもぞ動き始め、持ち上がってくる。リーメの走る先の足場も危うくなり、彼女は跳ねるように地面を蹴ってバランスを取って走る。俺は振り落とされないよう、さらに手に力を入れた。


「こっちだ!」


 巨石の大きく開いた入口で手を振る人影が見えた。

 俺たちの背後では何か巨大なものがドスンドスンと地面を打っている。確かめる余裕もなく入口に向かって走り込むと、同時に真後ろから衝撃が走り、泥が浴びせられた。


 リーメは石の床に滑り込むように横になり、俺も投げ出された。


「大丈夫か? 怪我は? どこか痛いところは無いか?」


 手を差し伸べてきた男。

 その男は、記憶よりも少し大人びて体もできていたが、俺の見知った顔だった。







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 特に意識はしてなかったのですが、よく見たら『僕の彼女は押しに弱い』と対称になってますね。瀬川⇔祐希は意図的でしたが、祐樹⇔川瀬は何も考えてませんでしたw


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