第17話 200年ぶりの二人

「これがクミクサビラ。たちぬうと、くつになるの」


 エルフの少女、アリアデルが先導しながら楽しそうに歩いていた。リーメに苔のような植物のことを聞かれ、それに答えながら。


 アリアたちも心配ではあったが、そもそもの原因の魔王の方が気になり、アリアデルを伴って巨木の森へと入っていく。手前の木は巨大とは言っても、奥の方に生えている木ほど太いわけではなかった。確かに若い木ではあるんだろう。


 そしてアリアデルは良い木か悪い木かが分かるようだ。俺の鑑定には文字は出るのだがこれが理解できない。魔術文字とも違うし、アリアデルにその文字を読んでもらおうとしたが、文字がそもそも読めないようなのでこっちも理解できなかった。


 アリアデルは悪い木を避けながら森の奥へ奥へと俺たちを導いていった。大きく迂回しているような印象があるので、正面は悪い木が多いのだろうか。やがて着いた場所は、人工的な白い石で作られた町だった。


 街のほとんどは苔で覆われていたが、白い石は緑の中で目立っていた。石の表面はそれほど硬そうには見えない。


「何これ? セメント? 漆喰?」

「これはたぶん魔鉱を混ぜ込んで固めたもの。こういうのを生活基盤に使う」


「ここだと石が無いから建物にも使ってるってことか?」

「或いは、何かの魔法がかかった建物か」


 どの建物も苔で覆われてしまっているが、人が住んでいた様子はある。家具なども朽ち果てるほど古くはない。つまり、苔の成長が異常に早いのだろうか。木の成長も早かったが。

 足元はずっと石畳が続いていて、そっちの方は傷んだ様子がない。



 別の場所は石切り場のようになっていた。魔鉱の巨大な塊がいくつもそのまま放置されていた。


「こうやって木を切って使われるの、アリアデルは嫌がらないかな?」

「アリアデル、平気?」


「だいじょうぶ……だよ? これはもう石」

「アリアデルはこれからどうするの? 何かして欲しいことはある?」


「あそんで。おはなしして」

「じゃあ、この町をぐるっと調べたら」


 町の中を調べて回ると、大勢が住めるような住居や今でも水の湧く水場、鍛冶場や市場の跡のような場所もあった。やはり魔鉱を切り出して王国へ送るための拠点のように見えた。ここを取り返したいんだろうなあ。



 ◇◇◇◇◇



 町を回り終え、アリアデルと遊んでいると、近くの四角く切り出された木の上に、緑の服を纏った女性が居るのにふと気が付いた。その姿は背が高く、長く美しい金髪で、ちょうどキリカが成長したような印象の女性だった。突然のことに息を飲むが、その女性は柔らかい表情で語りかけてくる。


「200年ぶりのエルフの子の二人目よ、名を頂いたのですね」


「アリアデル」


 アリアデルが答える。女性は微笑みで返す。


「あの、あなたは……」


「我が名はユーデリール。我々は古いエルフ」


「200年ぶりなのか」


 リーメが問う。


「そうだ。200年の間、ひとりも生まれなかった」


「それってつまり、良い心の持ち主が200年、誰もここに来なかったってことですか?」


 然り――俺の問いにユーデリールは答えた。


「その前は珍しくなかったと? 人も住んでいたのですか?」


 然り、然り――再び彼女は答えた。


「えーっとつまり、良い心の持ち主であれば、ここに住んでもよくて、魔鉱も今ある分は持って行ってもいいと?」


 彼女は得心したように微笑みながら頷く。



「ひとつ。我々人間が言う、魔王というのは何者なのですか?」


「人や人の悪意、エルフを食い過ぎたトロルは木から放たれ、力を持ち、この森を出て魔王となる」


「つまり、人間が自分で魔王を作ってるってだけの話ですよねそれ……」


「全く愚かよの」


「もうひとつ。トロルは滅ぼしても良いものなのでしょうか。エルフにとって」


「問題ない。が、できるかの? そしてトロルを滅ぼすと、力のないエルフだけになる。そうすれば人はまた、エルフを滅ぼし、石を得ようとするぞ」


 なるほど。力のない、うまい汁を吸える相手を食い物にしようとしたやつが元凶を作ったのかもしれないな。同じことの繰り返しになる。


「自信は無いけれど、恋人との平和な生活を取り戻すためなら何だってやります」


「ユーキ、周り見て」


 リーメの言葉に周りを見渡すと、大勢のエルフがぽつぽつと森の中に立っているのが見えた。男のエルフも女のエルフも居たが、年老いたエルフやアリアデルのように幼いエルフは見当たらなかった。


 そして、エルフたちは幸あれと祝福を送る。

 すると、光る綿毛のようなものが辺りに舞う。

 アリアデルも楽しそうに舞っていた。



「ところで一人目は誰に会ったの?」


 リーメが問うと、ユーデリールは答えた。


「アオという人間だ。そして一人目は木を殺されてしまったので我らが保護した」


 アオ――勇者の名だ。新しく生まれたエルフの木が殺された? アオがエルフにしたのに勇者一行に木を殺されてしまったのか?――考えていると、不意にユーデリールが周囲を警戒するように見回した。そして、さっと掻き消すように消えてしまった。見渡すと、森の中のエルフたちも消えている。


「何があった?」

「何か来てる」


「何も聞こえないが」

「そういうのじゃない。たぶん、悪いものじゃない」


 リーメが目を瞑り、声も出さずに口を小さく動かしていたが――


「呼んでいい?」

「え? 何を?」


「えーと。『招霊インヴォーク・スピリット』」


 リーメの体が一瞬、硬直したかと思うと、目を見開く。


「きゃー! いやー! これなに? 人間? 人間に入ってるの? なんで?」


 彼女は両手を確かめるように見て混乱している。やがて俺とアリアデルの姿を見つけると――


「――ンンっ! 儂じゃ。ユウキよ、今どこにおる」


「ええ? お師匠様? さっきの何?」


 急に取り繕う彼女に聞いた。見た目と声はリーメだが、その話し振りがどう見ても大賢者様だった。


「な、なんでもよかろう! それよりもどこに行ったんじゃ。連絡がつかん上に、辺境のギルドからは『陽光の泉』について問い合わせが来ておるぞ。竜を仕留めて門の上から吊るしたとかのう」


「あー、そんなこともありましたねー」


「ギルドもノラン辺境伯も対応しかねて困っておったぞ。お主ら、辺境では人気があるそうじゃが」


「だいたい騎士団長の嫌がらせのせいです。アリアたちに会わせなかったり、宿を追い出したり、酒場で俺をルシャのストーカー扱いしたり、偽の婚約者と言ったり。――あ! そういえば! 勇者が魅了の魔眼持ちって本当ですか?」


「ん? ああそうだが」


「ああそうだが――って」


「問題なかろう、あやつなら」


「知ってるんですか」


「ハルじゃろう。召喚者のハル・カワセじゃ」


 ――なんだって……。


 俺はその名をよく知っていた。

 幼馴染が俺と別れて、告白すると言っていた相手だった。







--

 ハルの方が男でした!

 魔王領とされているこの森は、イメージとしてはWoWのウンゴロ・クレーターが近いかなと思います。となると手前の町はガジェッツァンってことになりますね。


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