第16話 アリアデルの木

 町を抜け出したはいいが、町の周りの見晴らしが良すぎて迂闊に火もおこせなかったため、リーメと相談して東の前線で野営することにした。リーメは『恐狼の召喚インヴォーク・ダイアウルフ』を唱え、地面の砂を取り込んで豹よりも、もっと大きな狼になり、俺を乗せて走った。


 そう遠くない距離を、踏みしめられた道に沿って移動すると、明らかに異質な場所へと到達した。道は壁のように立ちはだかる低い丘の手前で大きく右へ曲がり、暗い谷間の坂をどんどん下っていく。坂は石で舗装されていて谷の両側も崩れないように加工された石が詰まれていた。さらに、降るとともに徐々に湿度が上がっていき、苔のような緑が谷の両側の石に増えていく。


 突然、谷の左側の壁が途切れたと思ったら大きく視界が開けた。道はなだらかな坂のまま右手の壁沿いを下っているが、視界の開けた左側は断崖絶壁。その先にはあまりにも巨大な木々が立ち並んでいた。木はどれも直径が6,7mくらいはあるだろうか。高さは断崖の下から、上は俺たちが下ってきた坂の高さくらいはありそうだった。ただ、普通の木々ではない。木々の表面はぼおっと青く光っていて周囲を明るく照らし、幻想的だった。


「なんかすごい」


「この辺で止まる?」


「下まで行ってみたい」


 リーメの知識欲が刺激されている。おれも初めて異世界らしい光景を目にして心が躍っていた。下りの道は右側の崖に沿って緩やかに左にカーブしていく。時間を掛けて底まで降りていくと、左手に見える木々は徐々に細くなっていき、底まで降る頃には太くても2,3mほどのものばかりになっていた。


 降りた底は開けており、光る巨木まで距離があったため、少し暗かった。俺がリーメの背中から降りると、彼女も召喚を解き、ドサリと毛布やマットや砂を落として立ち上がる。


 地面は逆に高低差が殆どなく、『永続する光』の魔術のかかった石で照らすと、膝くらいまでのたけの苔のようなものが湿った土を覆い、それがどこまでも続いていた。歩いていくと、不思議な形の苔のような植物はコロニーごとに色々な種類があり、眺めるだけでも楽しかった。場所によってはちょろちょろと清らかな泉が湧き出しており、どこへ行くともなく蛇行する小さな小川ができていた。



 リーメと二人、ミニチュアみたいな小川を飛び越え歩いていく。手の平みたいな傘のついた20cmくらいの高さの苔のに踏み入り、ふわりとした毛皮のようなを渡る。巨木まではまだずっと遠かったが、歩いていった先に小さな木――とは言え俺の背よりもずっと高い木があった。それも光っていた。


「すごいすごい!」


 あのリーメがはしゃいでいた。魔術以外には興味のある物なんて時々しか見つからなくて、いつも詰まらなそうにしていた彼女が、周りが知らないものだらけで興奮していた。俺にもわかる。ここが何なのかわからないけど、心が躍るのはわかる。


「きれいだな」


 苔の上に座ってみると、それは苔に似ているが別の何かなのだとわかる。やわらかだけど苔のように脆くはないし、表面もそれほど濡れている訳ではない。何か知らない植物だった。


 俺はふと思い立って照明を消してみた。


「リーメ、灯りを隠して暗くしてみ」


 全ての灯りを遮ると、どの苔も光っているのがわかった。それだけではなく、小さな木からたんぽぽの綿毛のようなものがいくつも伸びていて、それらもぼぉっと光って辺りを照らしている。まるで街灯のようだった。


「知らないものばかりで怖いけど、すごい。きれい」


 目を輝かせたリーメが俺の隣に寝転んでくる。俺も寝転ぶと、上は木から伸びた綿毛だらけで星よりも明るく光って見えた。幻想的な光景を眺めて楽しんでいたが、遅い時間だったのもあってウトウトとし始め、やがて眠ってしまっていた。





 ◇◇◇◇◇



 見慣れた白い空間があった。


 ――あれ? 俺またヤっちゃいましたか――じゃねえよ。やってねえよ。なんでここに居る?


 近くには裸のリーメが居て、別の裸の少女と話をしていた。…………少女? 地母神様じゃなく?


「リーメ、その子は?」

「エルフ。名前はまだないって」


『すごい きれい』


「え?」


『すごい きれい』


「ああ、さっき俺たちが繰り返してた言葉?」


『アリアデル』


「え?」


『なまえ、アリアデル』


「アリアデル!」


 リーメがエルフの女の子の手を取って喜んでる。名前付いちゃったけど、いいのかこれ? まあ、リーメが楽しそうだからいいか。アリアは……なんかごめん。


 俺はまた寝転ぶ。そのエルフの女の子――アリアデルはリーメよりもずっと小さかった。孤児院の下の子くらいだろう。頭が相対的にまだ大きくて、瞳が大きく、睫毛が長い。キラキラした艶がある色素の薄い髪色。人形のようにも見える。あと耳の先がほんの少し尖っていた。


 普段無口なリーメがアリアデルとたどたどしくも会話を続けていた。要領を得ない返答なのに、リーメは熱心に、そして我慢強く問いかけていた。


 ――よく話が続くな――そう思いながら、眠くなってきた俺は瞼を閉じた。





 ◇◇◇◇◇



 目が覚める。辺りは明るくなり、高いところで薄ぼんやりとした何かに反射した光が、地の底の深いこの場所にまで差し込んできていた。リーメも目が覚める。ふと、何かの気配を感じて体を起こし、振り返る。


「みないでー!」


 なんか顔に投げつけられた。靴? とりあえず前を見て、投げつけられたものを見ると、緑色の苔のような植物でできた靴だ。ただし、表面はなめした革のようでしっかりしていた。隣を見ると、後ろを確認したであろうリーメに見られていた。


「エロ男」

「なんで……」


 理不尽が再び俺を襲う!


「みて!」


 後ろから声をかけられてようやく俺も振り返る。


「アリアデル……!? なんで!?」


 目の前には、あの白い空間に居た少女が居た。緑色の服はどのパーツも周りにある奇妙な形の苔によく似ていたが、植物を模したようなつるの模様の入った上着、花の蕾のようなパフスリーブ、花弁のようなスカートに加工されていた。


「その辺の苔で作ったの?」


 今さら思いだして植物を『鑑定』してみると、見たこともない文字が並ぶ。当然ながら読めない。


「つくったの」

「アリアデルはどこから来たの?」


 指さすアリアデル。そして既に知ってるのかリーメが答える。


「その木がアリアデルの木だそうだ」

「まじか……」


 ――ていうかここ、木だらけだよな。しかもやたらでかい。


「あの辺の大きな木もみんなエルフなの?」

「あれはトロルになった木。そのとなりも。そのまたとなりも。もうひとつとなりもずっとずっと」


「トロルってなに?」

「わるいたましいにふれた木。なんでもたべるよ。エルフも。にんげんも」


「じゃあ木を倒せばトロルも居なくなる?」

「木がなくなると、トロルはじゆうになってそとにでていく」


「トロルが死ぬとどうなるの?」

「木がしんで、いしになってくずれる」


で詳しく聞いた話だと、たぶんそれが魔鉱」

「えっ、ここって魔王領だよね? 魔王は?」


「わからない。エルフの王様かトロルの王様?」

「トロルとかエルフってそもそもどうやって生まれるの?」


「大雑把に言うと、木が生まれてから最初に触れた魂が悪い魂だとトロル、良い魂だとエルフになるみたい。取り留めの無い話が多くて聞き出すのに時間がかかったけど」

「運悪く、大昔に触れた魂が悪い魂だったのか」


「いや、たぶんそれほど昔じゃない。だってほら」


 見ると、アリアデルの木はどんどん伸びて行ってた。普通の木の成長じゃない。


「いやちょっと待ってくれ。勇者はいったい何と戦ってるんだ?」







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 となりもトロル!


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