第15話 かなりかわいい

「いったいこれはどういうことだ!? 竜なのか!?」


 あのイケメンが顔を真っ赤にして叫び散らかすので、うっかり俺も笑い声を漏らしてしまった。やつは聞こえたのか聞こえてないのか、周りをきょろきょろしていたのがまた可笑しくて笑った。


 俺たちは正門が見える屋根の上で『透明化インヴィジビリティ』をかけ、一部始終を眺めていた。リーメはずっと大笑いしていた。最初に騎士団長が現れたときのあの驚きようといったらなかった。大口を開けて声にならない声を上げていた。


「おそらくは……。他に考えられません」

「誰か! 本当に誰も見た者はいないのか!」


 兵士たちは答えようの無い質問に困り果てていた。当たり前だ。リーメが見張りを一人残らず眠らせたからな。夜明けの交代時間まで全員が眠っていた。おまけに、ズタズタに引き裂かれた竜の死骸に恐れおののいている兵士まで居た。


「――誰がやった!? そもそも一体どうすればこんなことができる!…………いや、何でもいい。今はとにかく、さっさとこいつを片付けろ!」

「は、はあ……」


 騎士団長が指揮を執ってあの竜を降ろそうとしていたが、リーメの『巨人の召喚インヴォーク・ヒルジャイアント』と俺の馬鹿力で巨大な掛け金に脊柱をひっかけたのだ。そう簡単に外れることは無いだろう。兵士たちも何から手を付けていいか右往左往していた。おまけに、怖がって通りの端の方を歩いていた民衆も徐々に慣れてきたのか、或いは恐いもの見たさか見物人が留まり始めた。


「すげぇなこりゃ!」

「ドラゴンだ!」

「勇者様がやったのか!?」

「いや、って書いてあんぞ」

「陽光の泉の聖騎士様か! 二匹目をやったのか!」

「お前たち、この場から離れろ!」

「離れろったって、往来のど真ん中じゃねえかよ」

「どいてくれ! 荷車が通れねえ!」


 必死に人払いをするも、兵士はビビるわ住民は大騒ぎだわ。しかも正門だから町の出入りさえ制御しきれず、人でごった返している。腹がよじれるまでリーメは笑っていた。



 そうして騎士団長が手をこまねいている間に、兵士を大勢引き連れた一団がやってきた。身なりからも、鑑定結果からも、あれが侯爵様だとわかる。侯爵様は状況をひと通り確認した様子だったが、やがて、侯爵様の姿を見て顔を引き攣らせていた騎士団長に何か言うと、彼を連れて城へと戻ってしまった。残念ながらアリアたちの姿は無かった。



 ◇◇◇◇◇



 余興は楽しんだが気分は晴れなかった。リーメとしばらく町をぶらぶらしたり、食事を取ったりして、市井の声に耳を傾けた。彼らの話では『陽光の泉ひだまり』の評判自体はかなりよかったらしく、正門の竜の事もあって噂は持ちきりだった。騎士団長もしばらくは嫌がらせをかける余裕もあるまいと、別の宿に泊まれないか交渉し、少し色を付けてやって泊まることができた。


 部屋には広めのベッドがひとつだけだったが、まあこいつとは今更だな。



 ――あの日、リーメことリメメルンは憔悴しきった俺に、アリアの振りをして迫った。ご丁寧にアリアと同じ赤に髪を染め、おそらくは声色も変えていた。本人は覚える魔術が無くなったので、召喚士とやらに興味が出たのだと言っていた。事実、召喚士の魔法は他で類を見ないもので面白かったらしい。ただ、俺にとっては彼女が助けてくれたという、その事実の方がずっと大きかった。


 俺たち召喚者の召喚には神々の力を通すことと、正しい供物を用意することで向こうの世界と同じものをこちらの世界へ呼び出す事ができるらしい。供物は精神の依り代となり、人の体を作り出す。これが召喚術の中の『喚起エヴォケーション』。


 ただし『喚起エヴォケーション』は条件を揃えるのが面倒なので、リーメの使ったような『招霊インヴォケーション』で術者本人に降臨させるのが手軽なのだそうだ。その際、不足分は周囲の物質で補う。


 召喚自体は異世界の存在やその辺の霊などを呼び出すことができるとか。今回のように自分と繋がりが深い霊、つまり俺たちが倒した竜の魂を呼び出すこともできると本人は言う。タレント『獣の瞳』と書いて召喚士と呼ばれる理由がわかる。



 ◇◇◇◇◇



 その後一日、町の様子を見ていたが状況は変わらず。そしてさらに翌日、まだ日も登らないうちに勇者一行は出立してしまっていた……。


 俺たちは勇者一行が出立したという話を聞くと慌てて厩から馬を引っ張り出し、アリアたちを追おうとしたがまず行き先が分からない。兵士に聞くわけにもいかないし、馬車や馬の蹄の跡は既に情報が混濁していて追えない。仕方が無いので朝の早い時間に外から市場に入ってきた連中から情報を聞き出し、およその向かった道を知った。


 情報が確かなら、勇者一行はこの辺境の地と隣接する魔王領へ向かったということになる。



 ◇◇◇◇◇



 目的地が次の町であればここから二日。途中に宿場は無く、野営が必須なようだ。俺たちは出発が遅れたため、できるだけの道のりを進んだが、一行に追いつくことはできなかった。


 ここより東は緩衝地帯にある町がひとつだけで、それより先は既に魔王領に落ちている。魔王軍とやらがどんなものか一度見てみたくはあるが、まずはアリアたちと接触したい。最悪、道中で一行を襲撃してでも彼女たちを鑑定したい気分だった。



 緩衝地帯と呼ばれた一帯はすぐに分かった。そこから先は植物が無いのだ。土地が乾いていて砂埃が立ちやすい。


 町は辺境の地らしく壁で囲われていて、平民の出入りは少なく見える。俺たちが門を抜けようとすると呼び止められ、身分を改められた。ただ、ギルドカードを見せると問題なく通れた。


「ところで、勇者一行が近くまで来ているらしいな。一度見てみたいんだが町のどこへ行けば会える?」


 門を守る兵士にそう切り出したが、元居た町の名を告げられ、そちらに行ってみるといいと言われた。


「これ、こっちには来てないってこと?」


 リーメに相談するが、彼女も困っていた。


「一泊して戻るしかないな。他の行く当てというと王都くらいしかわからない」


 仕方が無いので宿を取ることにする。少し歩いたが、この街はほとんどが駐屯地になってしまっていて、出入りできる区画は限られていた。大通りを行き来するのは多くが肉体労働者で、至る所で採石か何かを取引しているように見えた。俺がその様子を眺めていると――


「あれは魔鉱だ」


 リーメが言う。


「――多分この先だと思う。魔鉱がたくさん採れる土地がある」

「魔鉱? 魔鉱って何に使うんだ?」


「生活基盤に使う。下町なら水道だ。ほとんどは城や貴族たちの屋敷で便利な生活のために使う」

「魔石とは違うんだ?」


「魔石で作った魔道具は人の魔力に触れてなければ力を及ぼせない。だから持ち運べるような小さな物が多い。魔鉱は勝手に力を発揮するし、物によって何十年も持つから大きな施設や生活基盤で使う」


 さらに魔鉱は国の管理の元、他の国にも輸出されていて昔から大きなこの国の収入となっているらしい。ただそれも、魔王領にこの先の全ての町が飲まれてしまっている以上、輸出どころかこの国の生活基盤にさえ影響しているそうだ。



 ◇◇◇◇◇



 暗くなってきて宿で食事を取っていると外が騒がしくなる。もしかしてと思い覗きに行くと、やはりというかなんというか勇者一行が遅れてやってきたようだ。リーメに声をかけて外に出るが、町の人間に歓迎されていたため、通りがごった返していて近づけない。アリアの名を叫んでみるがそもそも遠すぎる。


「どこで追い越したんだろうなあ」

「火球でも打ち込んでみるか? そしたら気付くだろ」


「やめとけ」


 こいつの冗談はよくわからん。仕方無く食堂に引き返す。

 前回、取り返せなかった町をこれでようやく取り返すことができると、見物から戻ってきた客が言っていた。



 ◇◇◇◇◇



「やっぱり来たわ。もっと寝てたかったんだがな」

「どんだけ執念深いんだ」


「煽ったからなあ」

「外にもいるぞ」


 部屋の戸を少し開け、寝転んで鑑定ソングを頭の中でぐるぐるさせながら下の声を拾っていたら、騎士団長の名前のタグが浮かび上がったのだ。窓の外を確認したリーメによると、宿を取り囲んでいるようだった。


「馬は置いていくしかないか。金と書置きを残しておこう」


 俺は便箋に書置きを残し、銀貨を何枚か挟んで枕の下に隠した。

 リーメはその間に『豹の召喚インヴォーク・レオ』によって斑点のあるしなやかな猫のような体に変化する。毛布とマットを食っちゃってるけど。


「なにそれかわいい」


 つい猫耳と猫尻尾に反応してしまった。


「背負うから首に掴まって」

「大丈夫なの? 重くない?」


「たぶん平気」


 リーメは音もなく助走し、開け放した窓の縁を蹴ってジャンプする。隣の家の屋根に飛び移ると流石に音がしたが、この距離を飛ぶとは思うまい。


「このまま走れるの? 降りようか」

「平気」


 リーメは俺を背に乗せたまま屋根の上を走り、屋根から屋根へと飛び移っていく。


「さすがに駐屯地の方に潜り込むのは厳しいよな。町の外に出るか?」

「ロープあった?」


「ある」

「じゃ、降りて」


 リーメは人気のない場所で通りに降りると、俺が出したロープを咥えて町の壁を勢いをつけて駆け上がり、木製の張り出しの通路にしがみついて登った。ロープを括り付けて貰って俺も上へ上るが――――俺すごい! ロープだけで登れるくらい筋力ある。何これ、昔だったら考えられない。


 ロープを壁の反対側に垂らし、俺が先に降りてからロープを回収し、リーメがすっと飛び降りてくる。余裕だな。すごいわ。


「かわいい?」

「うん、かなりかわいい」







--

 この世界では、魔術は習得できさえすれば誰でも使えます。ただ、習得の得手不得手があるので、やはり魔術師のタレントを持っている者の方が習得は得意です。

 さらに、魔術の中にはすでに失われている呪文も多く、そういった呪文を最初から持ったまま顕現されるのがタレントの力でもあります。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る