第13話 陽光の泉 参上!
俺の中で渦巻く心の葛藤のように、目の前で巨大な二つの影が絡み合っていた。影の一方は明らかにもう一方より小さく、爪も牙も劣り、見た目も中途半端なのに、勢いや勇猛さでは負けていなかった。小さい影には慣れ親しんだ彼女の面影が残る。
俺は信じたい――。
◇◆◇◆◇
必要な調査を終え、準備を整えた当日の朝、祠にて俺は『
そしてリーメ。いつもの格好に三角帽子。そんな装備で大丈夫なのだろうか。今日は俺と二人だけなので守りが薄過ぎる。リーメに詳しい作戦を聞いたが、こいつのいうことだ、いざというときは抱えて逃げるくらい考えておかないといけないだろう。
「あたしを信じなさいよ」
赤髪の少女は言う。アリアの真似か?
笑ってやろうかと思ったがダメだった。ちょっと泣きそうだからやめてくれ。
◇◇◇◇◇
「じゃあよろしく。ユーキは自分の身と
リーメは俺から少し距離を取って長い長い詠唱を開始する。詠唱と共に彼女の足元に魔法陣のようなものが現れる。リーメからは
『
「なにそれかわいい」
うっかり口に出してしまった……が、尻尾はうねうね動いていて蛇のようだ。
――ていうか蛇だこれ。
リーメは詠唱を開始する。目標は谷の奥の岩棚に居る竜だ。
詠唱の途中、リーメの声がもうひとつ聞こえ始める。何事かと覗き込むと、リーメの顔は正中を境に微妙に上下にズレており、顔の左右で別の呪文を唱えていた。ビビんなとは言われてたが――まあ、リーメだしな――という感想しか思い浮かばなかった。
先の呪文が完成すると、上空から雷が竜に向かって落ちる。稲妻は岩棚を包み込むように竜の周辺を焼く。さすがの竜もこちらに気が付いて、リーメのいる開けた稜線に向けて飛び立つが、さらなる『
「「アッハッハッハ!」」
「すげえな」
性格まで変わってるわ――とまでは言わなかった。
「――崖を登ってくるぞ」
俺は『鑑定』の力による、
登ってきた竜は炎の壁を突っ切ろうとするが光の壁に阻まれ、前に進むことができず身を焼かれる。横から回り込もうとするも、壁は左右に長く伸びており、幾度となく焼かれる。その間にもリーメは詠唱を続け、上空から新たに二つの雷を落とす。
「よろ」
リーメの合図で俺は壁を回り込んできた竜の前に出る。竜はやはり以前の物よりずっと小さい。角を突き出し突進してくる竜だが、進路上の見えない俺に激突し、転倒する。盾を斜めに構えて力を逸らしたが、せいぜい以前倒した竜の爪の一撃程度のものでしかなかった。
俺の透明化は解けてしまったが、その間に『
身を起こした
先手を取ったのはリーメだった。地を蹴って飛び上がったと思えば、一瞬で大きく翼を広げる。そのまま飛び立つのかと思えば、大翼を羽ばたかせ空中で停止した。そのリーメは大きくあばらを膨らませていた。
一旦、地に足を着き、再び地を蹴ったリーメは、緑竜へと飛び掛かる。
空への逃げ場を失くしてしまった緑竜も、流石にこれには応戦してきた。
リーメはそのまま飛び掛かるのかと思いきや、直前で小さく跳ね、両足を引き込んで丸くなり、突き出すようにして引き込んだ両足で蹴ってきた。前回の討伐ではあれがいちばん強烈だった。竜の巨躯を活かした全体重を掛けた蹴り。リーメの場合、自重こそ劣るものの、繰り出す速さと全身のバネを活かす器用さでは優っている。
リーチの差も思い知らされた緑竜への代償は、首筋に走る深い爪痕となった。
リーメはそのまま緑竜の頭にしがみつくように取り付き、集中的に顔を攻めながら、両足は足掻くように緑竜の両手の爪を遮っていた。
漸く振り払われたリーメだったが、緑竜の頭は傷だらけ、おまけに片目は深く抉られていた。スポーツなら反則もいいとこだけど、こんな生死を賭けるような戦いでは野良猫でもやってる戦い方だ。
リーメは潰れた右目側へと回り込もうとするが、緑竜も不利は理解している。首を回しながら体の向きを変えつつリーメに対峙しようとする。ところが――
ペッ――とリーメが唾のようなものを小さく吐き出した。それだけでリーメのガスブレスのカウンターがひとつ減る。吐きかけられた
グワォォギュァア!――みたいな叫びを緑竜が上げる。緑竜の傷痕が白く焼かれ、
やがて緑竜は残った左目が潰されると逃げ惑うようになり、その背中にリーメがのしかかって首に噛みつき、しがみつく。そして緑竜が動かなくなるまで後ろ足の鋭い爪で蹴り裂き続けたのだった。
完全に息絶えた竜を見据えると、リーメは緑竜の巨体をひっくり返す。
さらには腹を何度も引き裂いて、血の溢れる心臓を抉り出し、食らった。
◇◇◇◇◇
満足そうに緑竜を眺めていたリーメは、やがて踵を返してこちらに戻ってくる。
リーメの体中の暗緑色の鱗がバリバリと逆立ったと思うと、急速に色を失い元の岩へと戻り、ボロボロと剥がれ落ちていった。服や帽子も元へ戻っていく。
「かわいい?」
「うん…………かわいい」
最初の犬耳くらいまでは――とは言わなかった。
「最後のは何?」
「次もよろしくって供物」
そうなんだすごいね!――以外の感想は無かった……。
◇◇◇◇◇
「なんて書く?」
「そうだな……やっぱりこれだろ」
◆◆◆◆◆
翌早朝、町を囲う市壁の正門から竜の死体が吊るされているのが見つかった。交代に来た兵士たちが、血の川が流れていることに何事かと見上げて悲鳴をあげたとか。昨晩の見張りは全員眠らされていた。
体中をズタズタに切り裂かれ、焼かれ、腹を暴かれて臓物を垂らした竜の死体は、その死の壮絶さを物語っていた。さらにはこの巨大なものをどうやって吊るしたのか、理解を超える目の前の物に兵士たちは恐怖した。
その体には『陽光の泉 ××』と魔法による染色で記されていた。後ろの二文字を読める住人は居なかったが、逆に呪言のようで一層不気味であった。
◆◆◆◆◆
『
彼らは時間をかけて慎重に計画を立て、危なげなく黒峡谷の竜を討伐した。峡谷周辺の土地は開かれ、村を含めて周辺に大きな利益を与え、感謝されていた。
もともとこの竜は騎士団長の提言で勇者一行が討伐する予定だったようだ。領主に恩を売るためとも言われていたが、名誉を他に奪われたこともあり、代わりにと、別の竜を討伐対象に選んだと言われている。こちらの竜は若い分、気性が激しくあったが、縄張りは狭いためこの領地にはさほど影響はなかったとも。
これが市井の話。その『陽光の泉』がこのようなことに関わった。しかも、勇者一行には『陽光の泉』のユーキの妻の聖騎士,剣聖,そして聖女が同行しているのだ。何も無いと考える方が難しいかもしれない。
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一般的にオカルトにおける魔方陣とは、護りのために用いられます。神様や天使の名前やシジルが描かれるのはそういう理由ですね。召喚した悪魔が召喚者を襲わないようにするため描かれます。D&Dなんかでも、Protection from Evil なんかの魔法に形を残しています。
オカルトではアニメや漫画のように召喚に派手な魔方陣を使うことはあまり無いと思います。召喚は割とシンプルにシジルを描いて条件満たして呪文を唱えるだけが多いと思います。
リーメが使ってる Invocation も演出として魔方陣が出ますけど、シジルの影響範囲が表示されるインターフェイスくらいに思ってください。あまり深い意味はありません。
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