第12話 吊るそう

 俺たちは六日の行程を経て目的の峡谷近くの大きな町へ着いた。そして今日は本来ならアリアたちが帰ってきていたはずの新月の日だった。


 宿を取ってから勇者一行の情報を求め、町をうろつく。滞在場所自体はすぐに分かった。町の西側の丘に居を構えるお貴族様の城への出入りが目撃されていた。魔王領に近いこの辺境一帯を治める有力な貴族らしく、称号は西洋風に言い換えれば侯爵様ってところか。


 また、討伐の情報も得られた。勇者一行は街への到着後に一度、さらにその後もう一度、退治に向かったようだがいずれも返り討ちにあって引き揚げてきたらしい。もちろん、わざわざ返り討ちにあったなんて自分で言ったりはしないだろうが、倒せてないってことはそう言う事なんだろう。


 死者は出なかったという話だが、その相手というのがなんと黒峡谷のものと同じ緑竜アースドラゴンだというのだ。つがいかどうかまではわからないが、少なくとも得られた情報の限りでは特徴などもよく似ていた。


 情報を得た俺たちは侯爵様の城へと向かう。



 丘の上の無骨な外観の城――というよりは砦――へと続く坂の登り口は物々しい警備が敷かれていた。城へ出入りする荷馬車は荷の中まで調べられている。そして兵士の中に見覚えのある鎧装束と顔を見つけた。俺たちもわざわざ忍び込んだりするつもりは無かったし、そもそもコソコソ隠れ回らなければならないような非があったわけでもない。そのつもりだったのだが――


「そろそろ湧いてくる頃合いとは思っていた」


 相手もこちらに気が付くが、俺の顔をよく知ってたな。

 その相手と言うのは、俺たちの竜退治にケチをつけてきたあの騎士団長だった。わざわざ一行の隊長様がこんなところで警備しているとは、仕事熱心なことで。


「どういう挨拶だよそれ」


「聖女様から捨てられたのは流石に知っているのだろう? 虫がまた付かぬよう、見張っていたのだ」


 やはりこちらには非が無いつもりでも、こいつらにとっては違うようだった。

 しかもこいつ、陽光の泉ひだまりのパーティ解散のことを知ってやがる。


「ルシャたちに会わせるつもりは無いってことか」


「聖女様が望むなら、力を尽くし、守るのが我ら騎士の役目」


 わざわざお道化るように大げさな身振りで言う騎士団長。


「ルシャたちを閉じ込めて言うことを聞かせようって魂胆か」


「何を言うか。貴様こそ何も知らない聖女様を城下の街に閉じ込め、さらには平民風情が娶ろうなど。聖女様をけがさせてなるものか」


 ――ルシャのことを何もわかっていないくせに……。


 この騎士団長、口振りからすると単に上から命じられてやっているだけでは無いように思われた。大臣と同じく、何か企んでいる側のように感じる。ただ、彼の立場がわかるような情報も『鑑定』では得られなかった。


 『騎士団長』以外の、例えば身分が分かるような称号も無かったが、貴族だからといって全員に称号があるわけではない。大抵は当主が爵位のような称号を持つだけで、長い名前の最後に付いた家名によって身分を保証されている。ただ、肝心の家名についての情報を俺は詳しく知らなかった。


「何か問題でもあったか?」――国の騎士団とは違った鎧装束の男が聞いてくる。


「ああ、こいつが例の、聖女様に付きまとう不逞の輩だ。顔を覚えて絶対に通すな。町でも警戒しておけ」


 兵士たちから注目を浴びた俺は、拳を震わせながらその場を後にした。



 ◇◇◇◇◇



「これは徹底的に三人と連絡を取れなくしている可能性が高いな。手紙もギルドを介した伝文も無かったし。…………何とかして三人の状況だけでも知りたいが」


 食事をとりながらリーメと相談する。


「キリカが暴れればどうにでもなるのに。あれは軍隊でも勝てないだろ」

「そんな無茶苦茶ができるかよ。そうならないように今回の嘆願も受けたんだろ」


「なぜそんなに難しく考える」

「そんなに単純じゃないんだよ」


「単純だろ。好きか、そうでないか」


 ――確かにお前はそうだよ。


 リーメのように、自由にやれればどれだけ楽か。けれどその言葉は口に出せなかった。羨ましかったからだ。お前のように生きたかったよ。


「――全部捨ててどこかで静かに暮らせばいいんだ」


 俺はその後、何も言えないでいた。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、リーメがともかく動こうというので、何をすればいいか問うと、――お前、鑑定しかできないだろぉぎゃぁ――とブチ切れられたわ。そうだな、鑑定するしかない。


 俺たちは装備を整え、まずは討伐対象の竜の様子を調べに行った。返り討ちにあったんだ。計画に無理があるはずだと聞いて回ったら、なんと到着の翌々日には討伐に出ていた。計画もクソもねえ! どうせ中日も宴に興じてたんだろ!


 目的の峡谷近くまで向かい、馬を繋ぎ、地形を『鑑定』しつつ峡谷を進む。緑竜の情報自体は前回の討伐でかなり詳しく調べたので、地形の方が重要だろう。地形が変わると戦い方も変わってくる。



 前回、緑竜と戦った場所は谷のほとんどが暗渠だったため、水が無く、谷自体も浅く広く、視界も開けていた。元居た世界の日本の山中の谷というよりは、外国のU字谷のような場所だった。


 こちらの峡谷は正に日本の山中の谷という感じで、切り立った足場の悪い崖際を進む形だったため、とてもこんな場所を何十人もが進んだとは思えなかった。早々に引き返したが、戻りの道中では足跡の『鑑定』に集中した。すると途中で小さな水路に沿って進む足跡を発見した。足跡を追っていくと人工的な階段状の道に続いていて、さらにその先の洞窟へと向かっていた。


 洞窟の入口の土には、はっきり残った大勢の人間の足跡があった。足跡には女性の足跡が混じっていることも『鑑定』でわかった。洞窟の中は表面が白と言うか黄色っぽい石を、人が通りやすいように加工してあった。階段状に加工された洞窟はさらに上へと進み、やがて尾根に突き出る形で建つ祠へと行きついた。


「これは……」


 尾根の上は焼き尽くされた木々しかなく、大きく開けていた。


「リーメ、インビジれる?」

「れる」


 『透明化インヴィジビリティ』の魔法で透明化する。互いの姿も見えなくなるのが欠点だが、『隠蔽クローク』と違って別行動も可能だし何もない開けた場所では隠蔽の効果は薄い。離れないよう、手を繋いで先へ進む。


 炭になった木々の他、獣の骨がたくさん転がっていた。右手に谷を望むルートを進むと、足跡は切り立った崖の足元に突き出た岩の足場を進んでいっているようだった。その行く手には、木々の間から突き出た巨大な岩棚が見え、その上で緑竜が休んでいるのが見えた。さながら谷を見下ろす玉座のような位置取りにその岩はあった。


「あの竜、なんか小さくない?」

「小さい……たぶん」


「似てるけどつがいじゃないな。子供かな。あれにあの三人が負けると思う?」

「ない……たぶん」


 『鑑定』した限り、致命的な傷を受けている様子はない。何より、まず攻めたであろうはずの翼へのダメージが全くない。なんで? ルシャなら余裕だろうに。たとえ尾根が開けていて空襲されようと、そしてリーメの補助がなくとも、あのルシャならあのくらいの竜、地に落とすこともできたはずだ。



 ◇◇◇◇◇



 俺たちは竜がこちらに気が付く前に尾根を去った。


 馬を駆って町へと引き返す頃には日が暮れていたが、宿まで戻ると、宿の主人が急に泊められないと言い始めた。理由は聞くまでもないが、一応聞いてやると侯爵様のとこの兵士からのお達しだそうだ。俺たちは荷物を引き上げ、近くの酒場で食事を取ることにした。


「はぁぁあ、やってくれるわほんと」

「むかつく」


「野営の装備一式と食料はあるが、いつまでもベッド無しはつらいなあ」

「あいつ、町の入口に吊るしてやりたい」


 などと夕食を食べながら愚痴っていると、そのが酒場の入り口から姿を見せた。配下の騎士を数名連れて。やつは店の中を見回し、俺たちの姿を見つけると、方眉を上げ、ニヤつきながらやってきた。


「おやおやおや、これは誰かと思ったら、聖女様に付きまとう不逞の輩ではないか」


 俺たちのテーブルに真っすぐ向かってきた騎士団長様は仰々しく宣った。

 俺は無視を決め込んで、相手をせずに食事を続けていると――


「――各々方おのおのがた! 御存じか? この地の竜を討とうと聖女様が赴いていることを!」


 騎士団長は両手を広げるようにして酒場の客へ語り掛けた。


「――御存じか? ノランの地を守ろうと、麗しき聖女様が力を尽くしていることを!」


「ああ、聞いたぜ。王都の聖女様が来てるってな」

「オレも聞いた」


 うむ――と頷く騎士団長。


「その聖女様を付け回し、色目を使い、ちょっかいを掛けようとしている者が居る……」


「そんな奴が居るのか」

「どこのゴロツキだ」


「その者はあろうことか聖女様の婚約者を名乗り、この町まで追いかけてきている……」


「ふてえ野郎だ!」

「聖女様を守れ!」


「それがこの男! ユウキ・シノハラだ!」


「おかしな見た目をしていると思ったらそう言う事か!」

「この店で飲み食いしてんじゃねえ!」

「町から出ていけ!」


 さらには配下の騎士が――


「奴は一度、牢にも入れられている。大臣様を暗殺しようとした疑いが掛けられたのだ」


 そう補足すると、客たちがいきり立って暴言やら物やらを投げ始めた。

 騎士らもまた、酒場の客を煽るように捲し立てた。――出ていけ――と。


 俺が立ちあがると騎士団長が目の前に立ち塞がった。

 彼は俺だけに聞こえるくらいの声で話しかけてくる。


「逃げるかね?」


「煽っても無駄だ」


「そうかそうか、煽っても無駄か」


 騎士団長は顎に手を当て、余裕を見せるように微笑む。


「アリアたちに会わせろ」


「会ってくれるだろうかね。勇者殿は魅了の魔眼をお持ちなのだぞ?」


 俺の心臓が跳ねた。

 息が苦しくなり、居ても立っても居られなくなる。

 俺は逃げるようにテーブルを後にし、酒場を出るが――


「孤児院へ逃げ帰ってろ!」


 酒場の外まで追ってきた騎士団長はそう言ってあざけった。


 俺は…………嗚咽を飲み込んで、ようやく言葉を紡ぐ。


「この国の精鋭が…………こんなだと、国もそう…………長くないな!」


 俺は負け惜しみのような言葉を吐き、逃げるように背を向けて歩き始めた。

 隣には追い付いてきたリーメが、冷たい瞳のまま横に並んで言った。


 吊るそう――と。







--

 街道を使った移動距離は、小規模の人数なら一日に約30-45km程です。乗用馬を使った移動は短時間なら早くなりますが、休息や飼葉、水の補給が人間よりも多く必要なため、長距離の場合は結局、整備された宿場の間隔に合わせることもあって人間の歩行での移動と大差なくなります。


 移動距離は地形にも依りますが、街道が無い場所では半分ほどに減ります。

 人数が多い場合も、規模が大きいほど減っていきます。特に大量の兵糧と共に移動する規模の大きい軍隊などは半分程度で計算しています。


 逆に強行軍を行う場合は1.5倍の移動距離で計算しています。ただし、強靭さに劣る者や、そうでなくても体調を崩す者などが脱落し、休息を必要とする場合があります。その他、馬を乗り継ぐことで大幅に移動距離を稼ぐこともできます。


 ユーキ達の旅は馬に無理をさせず標準的な移動速度で移動したと考えて200km強といったところでしょうか。パリから一番近いベルギーの国境くらいまでと考えればいいかなと思います。


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