第10話 どうしてこんなことに!

 詰所の牢から出てこられたのはそれから二日後だった。要件は、大臣へ暴言を吐き、殺害を計画しているという無茶な理由だった。――やってくれたな。


 ふらつく足取りで下宿まで戻るとそこには――


「リーメ! いったい誰にやられた? クソッ、どうしてこんなことに! リーメ!」


 床に倒れたリーメ。傍には本が落ちている。抱き起こすとその体は――


「(ぎゅるるー)」


 ――ん?


「ご……はん……」



 ◇◇◇◇◇



 リーメは二日ぶりだかの飯をのどに詰まらせながら食っていた。


 ――こいつほんと生活力無いな。一人で部屋借りてたら死んでたんじゃないかこれ。なんか毒気が抜けたわ。


 俺も食事を終え、手紙をしたため、皿を片付けるとギルドへ向かう。



 ギルドでは相変わらず痛々しいモノを見る視線に晒された。あと何故かリーメが本を持ってついてきていた。ギルドではテーブルで本を読んでいたので、ここに用があるわけでもなさそうだが。


 大賢者様宛に手紙を出そうとすると、あちらからも手紙が二通届いているというので、先にそっちを確認することにした。



 最初の手紙には、大賢者様の手の及ばないところで大臣がいろいろ動いているという情報と、勇者一行の出立が早まる可能性があるとの記載があった。この手紙自体、時期を逸してしまっていたが、実際、あっという間の出来事だったので仕方があるまい。大賢者様からも三人に会えないことを抗議したそうだ。


 次の手紙には早すぎる出立について対応できなかった謝罪と、三人への連絡だけは取れたという内容が書かれていた。彼女たちはロホモンド公の別宅に居り、今後の方針について大臣たちと取り決めを行ったのだそうだ。


 まず、ルシャの強い要求で次の新月までには一度、孤児院へ帰らせてもらうことが決められたそうだ。もちろん魔女の祝福の掛けなおしもあるのだろうが、早めに一度戻りたいのだろう。


 次に、三人には女性の側仕えを付け、野営でも男性とは別にすること。婚約者がいる以上、男性を離すことは絶対に通してもらうと言っていたそうだ。


 最後に、アリアとルシャに結婚の予定があり、どれだけ遅くなろうとも一年後には式を挙げるため、王都に帰還させてもらうという話だ。これは早婚で出産も早いのが普通なこの国であれば無茶な話でもないらしい。


 そういった取り決めもあって、まずは少人数で領内の怪物退治に出るような話で進んでいるとのこと。場所は王都から六日ほどの辺境の峡谷のようだ。緑竜を倒した黒峡谷とは割と近くだな。


 三人は俺のことをとても心配していたと書かれている。特にあの宴の後、アリアが取り乱して落ち着かせるのに時間がかかったそうだ。アリア……かわいそうに。


 俺は追記して大賢者様に手紙を出した。



 ◇◇◇◇◇



 孤児院へ行くと人が増えていた。孤児たちの面倒を見てくれる大人が増えたのだろうか。

 ヨウカを見かけたので声をかける。


「ユーキ! どこ行ってたんよ!! キリカ姉たち行っちゃったじゃん!!」


 怒るヨウカの声を聴いてミシカが顔を出す。

 

「ッ! 今までどこに居たんですか! パレードに行ってもアリアさんたちと話もできないし、ユーキさん居なくなるし……」


 ミシカは涙を浮かべ始めた。俺はお貴族様に理不尽な理由で牢に入れられていたと話した。ごめんな――そう言ってミシカの頭を撫でてやると首を振った。


 人が多いことについては孤児院で働く者を国費で増やしてくれたそうだ。また、アリアたちの損失分もあるため、かなりの額を国が支援してくれると書状を持ってきたらしい。アリアたちを雇えるなら安い出費だろうよ、まったく。



 ◇◇◇◇◇



 いつまでもうじうじしていても仕方が無いとミシカとヨウカを説得し、昨日からずっと俺について回るリーメと共に、ミシカとヨウカの冒険者としての実地訓練を再開することにした。なお、リーメが俺についてきていた理由は、単純に食いっぱぐれないためだったようだ……。



「グギャッ!」


 ミシカの振り回した戦鎚ウォーハンマーがゴブリンの頭を砕く。

 俺はもうずいぶん慣れたが、最初の頃にあんなの見たら吐いていた。


「大丈夫か!? ミシカ」

「はい! 返り血だけで怪我はしてません!」


 いや、そういう意味じゃないんだけど……この世界の人間は、女の子でもこういう耐性高いんだろうか?


 光沢のある板金鎧プレイトアーマーの白地に赤い血が跳ねていた。ミシカとヨウカには怪我をしないようにと二人ともにお金をかけて板金と鎖の鎧プレイトメイルを仕立ててやっていた。上半身が板金鎧プレイトアーマー、下半身が板金と鎖の鎧プレイトメイルでの組み合わせで野外での活動もしやすい。


 そういえば、アリアたちは装備も何もかもを置いて行ったが、鎧なんかどうしているんだろうか。アリアやキリカには体に合った板金鎧プレイトアーマーを用意してやらないと、繊細な動きはできないだろうに。ルシャは体に合った弓を用意して貰えたのだろうか……。



重撃ブラジョニング・ハイ!」


 ドッ!――と木っ端が飛び散り、大きな木の幹が抉れ、傾く。同時に上からゴブリンが三体ほど落ちてくる。成したのはヨウカの戦鎚ウォーハンマー。およそ人間の力とは思えないその威力は、攻城戦にも重宝されると言う程の『戦士』の祝福の力だった。


「――よっと!」


 落下したゴブリンをヨウカの、次いでミシカの戦鎚ウォーハンマーが襲う。

 ヨウカはあれ程の威力の打撃を放った直後だと言うのに、すぐに態勢を立て直して追撃を行っていた。ミシカはまるで落下位置が分かっていたかのように構え、殴っていた。どちらもそれぞれの祝福の特性なのだろう。


「――もひとつ!」


 さらにヨウカは戦鎚ウォーハンマーを引き抜きつつ、ハンマーの反対側のピックでもう一体のゴブリンの肩口を突き抜いた。戦鎚ウォーハンマーの重い一撃は、当たりさえすればゴブリンなどそれだけで動けなくなる。


「やっぱりヨウカの方が速いなぁ」

「そりゃ仕方がないよ。祝福の関係なんだろ?」


 ヨウカもだが、ミシカだってまだほとんど戦闘の経験はないというのに見事に武器を使いこなしている。ほんの少し前まで戦鎚ウォーハンマーなんて触れたことも無かったのに。まるで別人の経験が流れ込んできたかのように、使いこなせるようになっていた。


「『重撃』だけならアリアさんにも負けないよ!」

「当たればねぇ…………」


「当たったら危ないじゃん!」

「当てられないだけでしょ」


 ミシカもヨウカも実戦向きの祝福なので早めにゴブリンとの戦闘を経験させていたが、お互い、祝福のせいか立ち回りがよく、支え合って戦うことができるようだ。戦士と聖堂騎士のバランスはかなり良いように思える。


「最初の頃の俺たちよりもずっと良いかもしれないな」

「そうなんですか!?」

「やったね、あたしたち凄い!」


「相手がゴブリンで数が少ないうちはな。こいつら、数が増えると戦い方も装備も変わってくるから。群れのリーダーの頭も良くなって、物を作るのも上手になる。だから油断は禁物だ」

「はい! わかりました、ユーキさん」

「ユーキは心配性だって」


「心配するに越したことはないんだよ。嫌な予感なんて早めに潰しておくに限る」

「は~い」


 俺の助言を聞かなくはないんだが、キリカが教える時と違って一回では素直に聞かないのがヨウカ。アリアたちが居ない今、この二人をしっかり教育することが大事な俺の役目だ。


「じゃあ次は巣に行くか」

「ヨウカは怪我無い? 掠り傷ならあとでね」


 ミシカは回数こそ限られるが神様の力による回復魔法を使えるため、非常時の対応もできるのが安心できた。治癒魔術では治せないような怪我でもある程度までなら治せる。


 リーメはあえて補助をせず、彼女たちの成長を見守っ――――てるわけもなく、サボっているだけだった。


 そうやって一週間ほどかけて二人に冒険者としての基礎や薬草の知識を教え、梟熊アウルベアなんかとの戦い方も教えていった。


 そんな中で、夜、なんとなく見てしまったパーティの状態ステータスに俺は衝撃を受けてしまったのだ。



 ◇◇◇◇◇



 俺は一睡もできず、朝食を用意していた。

 起きてきたリーメ。いつから食事がこんなに静かになったのだろう。無言で食べ始める。


「焦げてる……」


 朝食のソーセージを焦がしてしまったか。思えば口の中が苦かった。


「すまん」


 リーメに謝る。


「どうした?」

「なんでも……」


「…………」



 ◇◇◇◇◇



 孤児院へ着くと何故か珍しくリーメが二人を呼びに行くと言って、俺は外で待たされた。


 しばらくするとリーメだけが戻ってきて手招きする。俺は訝しみながらついていくと、案内された先はミシカの部屋のようで、ミシカが居た。成人近くになると孤児院では個別の部屋を貰えるが、ミシカは最初からこの部屋だそうだ。俺は少し居心地が悪くて部屋を見回す。


 彼女はベッドに座るよう促し、自分は枕をぎゅっと抱え、しばし沈黙。

 やがて抱えた枕を俺に押し付けてくると――


「いい匂いでしょ? ポプリに向いた香草をルシャ姉に教わったんですよ」


 ただ、俺には何と返していいかわからなかった。


「――何でそんな顔してるのか教えてください」


 戸口のところに居るリーメへ助けを求めるように目を移すが、彼女は黙ったまま、こちらを見るでもなく佇んでいた。


「――アリアさんが言ってました。ユーキさんはすぐ顔に出るからわかりやすいって。ほんとそうですね」

「マジか……」


 アリアが表情の機微に聡いわけではなく、俺が分かりやすいだけだったのか。



「実はな――」


 俺は昨日の夜、鑑定で見たパーティの状態ステータスのことを話した。正直こんな事、話していいものかわからなかったが、あまりにも苦しくて誰かに聞いて欲しかった。

 俺が見たルシャの状態ステータスには、『発情』と書かれていたのだ……。


 二人とも目を丸くしていた。扉の影からはヨウカが顔を出し、――マジ?――とささやく。俺は喉の奥が苦くて仕方が無かった。俯いているとミシカが背中をさすってくれる。俺はミシカを手で制するが、そのまま擦ってくれていた。



「私は何かの誤解だと思います。信じてあげてください」


 俺が落ち着いてくるとミシカはそう言った。確かに可能性が無い訳ではないのだが、ルシャは今まで独りでことは無いと強く否定していた。そもそも魔女の祝福自体もアリアに遠慮というか、初めてをできるだけ残してあげたいと言って、同じ格好でしかしたことがないくらい、ある意味では貞淑なのだ。


「そうだよ。あのルシャ姉がそんなことするわけないじゃん」



 しかし、その日の夜も、その次の日の夜も、ルシャの『発情』は現れた。そして更にその翌日の夜、ルシャと共にアリアに『発情』が現れたのだ。そこから俺の記憶は途絶えた――。







--

 FighterとClericの組み合わせは相性いいですよね。


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