第9話 理不尽
「
「主様、
俺は夢の中を歩いているような感覚だった。目の前の長い廊下がどこか別の知らない世界へ向かっているような感覚で歩いていた。息をしているのに空気が入ってこない。息苦しい。喉を掻き切ったら空気が入るのではないだろうか。
「ユウキ様、お気を確かにお持ちください」
はしと手をつかまれると俺の手の爪には血がにじんでいた。なんで? シーアさんは俺の首に布をあてた。俺はふらふらと彼女に支えられながら長い長い廊下を歩いた――。
◇◆◇◆◇
「抑えろ。何かあれば行き場をなくすぞ」
あの宴の場、頭に血が上り、立ち上がりかけた俺を大賢者様が短く諭した。
臣下の目の前で国王は頭を下げた。これにどれほどの意味があるのか、会場のどよめきがそれを物語っていた。
キリカは顔を真っ赤にして口を半開きにし、手をもたげようとしている。今にも
アリアとルシャは助けを求めるように、蒼い顔をしてこちらを向いて目を見開いてる。ルシャは今にも泣き出しそうだ。
受けるしかない。王の嘆願だ。今や勇者と同格となった三人には退けられない。俺はアリアに向かってそれを受けるよう身振りで指示を出す。
――だが何年だ? 勇者は何年、国のために戦っている? 何か月も遠征に出て、いったいどれだけの間、会えなくなる――――――。
◇◇◇◇◇
「行くぞ。付き従え」
指示を出した後、俺は放心していた。三人は人だかりで見えない。国王は既に退出したようだ。大賢者様が傍に居るよう俺へ指示を出してくる。彼女たちに駆け寄りたいがそれは許されない。
◇◆◇◆◇
目が覚めた。ふわりと香る香草の香り。天蓋のあるベッド――懐かしい部屋で目が覚めた。願わくば、同じ時が繰り返されているのなら、このまま終わらせてしまいたい。戸を開けて
「お目覚めになられましたか、ユウキ様」
「……シーアさん、泣き言を言わせてください」
「なりません」
「……」
「どれだけかかろうと、ご本人に言うべきです」
「……」
「自分以外の異性に慰めてもらうなど、皆さんが喜ぶとお思いですか?」
「その通りだからつらいなあ……」
「起きられるようでしたら、主様と朝食をお取りください」
「ありがとう…………うん、ありがとう」
◇◇◇◇◇
「あれはおそらく大臣の計らいじゃな。儂抜きで何らかのやり取りがあったとみえる」
大賢者様は難しい顔をしている。
「ここには俺たちしかいませんよ、お師匠様」
「そう…………だったわね。はぁ、あれでも賢明な王なのだけど…………古今東西、英雄の色恋を無視してロクなことになった試しがないわよ」
「そんなもんなんですね」
「どこかで常識的な判断を誤るわ。理解不能な失敗を起こすでしょう」
「賢者としての予言ですか?」
「あなた、妙に落ち着いたわね」
「シーアさんに諭されました。他の女に泣き言をいうのは不義理です」
「さすがは処女厨ね」
どうさすがなんだよ。
◇◇◇◇◇
「ただいま……」
誰も居ない部屋へ戻るが、返事なんて返ってこない。
昨日まで、ほんのついさっきまで続いていた陽だまりのような日常が消え去ってしまっていた。
「――リーメ? 居るか?」
ふたつ隣のリーメの部屋の入口をノックするも返事はない。鍵はかかっていないようだが、扉は固く閉ざされている。
「――も……萌え萌えキュン……」
カタリ――と扉の魔法の鍵が開く。
「――なんだ、居るじゃないか」
「ああ…………おかえり」
リーメは奥の部屋で羊皮紙の束を読んでいた。
リーメの部屋は、奥の部屋以外は整然としていて、もともとは奥の部屋が寝室だったのに、戸を開けたらすぐベッドだった。そしてその奥の部屋はと言うと、窓さえも封じた永続の光が淡く光るだけの暗めの部屋で、四方の壁は棚だらけの書庫になっていた。リーメが集めた魔術の全てがそこに詰まっているかのように、本や束ねた紙、丸めた羊皮紙などが所狭しと並べられていた。
「アリアたち、戻ってきたか?」
「いんや。一緒じゃなかったのか?」
「いや、途中で別れてそのままだ」
「そうか。腹が減った。朝食にしてくれ」
「…………ああ」
ん?――リーメは不思議そうな顔をするが、俺は部屋へ戻って朝食の準備を始めた。
朝食ができあがるが、途中でうっかりアリアたちの分の卵を多く割ってしまった。
仕方がないので普段はあまり作らない卵焼きを作った。
「これも旨いな」
「ああ、醤油があったらもっと好みの味なんだけど」
「へえ、ショーユってのはこっちに無いのか?」
アリアたちが戻ってこないということは、あの大臣、家にも帰さないで遠征に出すつもりだろうか?――俺はリーメの問いかけにも答えず、そんなことを考えていた。
◇◇◇◇◇
孤児院へ向かう前に、冒険者ギルドを一応覗いてみる。
当然ギルドにもアリアたちの姿はない。
「よう。とうとう捨てられたんだってな!」
――誰だっけこいつ。名前に
「まあ、気を落とすな」
「なんせ相手は聖騎士様だ」
――慰めてくるやつも居るが何なんだ?
ふとギルドホールには珍しい、装飾模様の入った大きめの羊皮紙が壁に貼られているのが目に入った。
内容は、国王の命によりアリアたち三人が勇者パーティに入るという告知だった。ご丁寧に大臣の名前まで入っている。命じてないだろ嘆願だろ……。
俺は目を閉じてパーティの
俺は『賢者』の祝福の『鑑定』の力に依って、自分の状態だけでなく、属しているパーティの仲間の状態まで見ることができる。
――大丈夫、まだアリアたちの名前はある。
いつもなら冗談のひとつも言って、冒険者仲間のノリに合わせられるくらいには彼らと仲良くなっていたし、国の告知についても言いたいことはあったが、結局、無言のままギルドを去った。
◇◇◇◇◇
孤児院に着くとミシカが待ち伏せていた。俺に気づくと駆け寄ってくる。俺の首には包帯があって驚いた様子だったが――
「ユーキさん!? だ、大臣様からの書簡が届いて! あれって、どういうことなんです!?」
「それがね、おそらく
「なんで!? ユーキさんは止めなかったんですか!?」
「ごめんよ。俺じゃ止められなかった……」
むしろ行けと言ったのは俺なんだ……。ごめんよ。
「でも、一緒には居られるんですよね? お二人は」
「それもたぶん無理だと思う。あれから会えてない」
「そんな……」
国が動けば俺みたいな召喚者なんてどうとでもできる。そう感じた。
◇◇◇◇◇
結局、アリアたちが帰らないまま三日が過ぎ、さらに翌日には突然の出陣式が催されると告知された。いくらなんでも早すぎる。そして俺の下宿には来訪者が。
「ユウキ・シノハラ。貴殿に少々聞きたいことがある。詰所までご同行いただこう」
俺はさらなる理不尽に見舞われた。
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キリカの
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