第8話 すまぬな

 挨拶が終わったゲストは用意されたテーブルへと案内されていくが、あるテーブルの一角だけは準備が整わず、ゲストを待たせていた。言わずもがなアリアたちのテーブルで、趣を変更され、ルシャの左右にアリアとキリカが席に着くようだ。


 エスコートしてきた男性と、おそらくは隣り合う席だったのかもしれないが、彼らも少々距離を置いて席を用意し直されている。彼らの側使えたちが煌びやかなカトラリーを配置しなおしていた。


 やがてゲストたちの挨拶が終わるが、少々広間がざわついている。それもそうだろう。俺も唯一楽しみにしていた勇者が居ないのだ。おそらく今回の宴は勇者たちを労う宴のはず。その主賓だろうに……。


 やがて二人の勇者は遠征の疲れが出たということで、残念ながら出席できないと大臣から告げられた。



 ◇◇◇◇◇



「此度の勇者殿の遠征の無事を祝福し、主神あるじがみへ杯を捧げよう。魔王の進軍を遮り、民へとあらがねもたらしたことを祝福し、主神あるじがみへ杯を捧げよう」


 杯が配られ、国王陛下の言葉と共に皆が杯を掲げると、楽師たちの演奏が始まり、段下では宴が催される。国王陛下と左右に控える大賢者様や大臣たちの前の段下にもテーブルが運ばれ、会場側へ向いた席が用意された。ちゃんと俺の席もある。



 先日の冷えた朝食とは違って、食事は想像していたよりもずっとおいしかった。高価な香草、つまりは俺たちが採取していたような薬草がふんだんに用いられており、先ほどまで機嫌が悪そうだったルシャも食事を楽しめている様子だった。ルシャはおいしいものが大好きだからな。そしてアリアが覚えていた味とはこういうものだったのだろう。


 杯には葡萄酒が少量入っていたが、乾杯の際にも飲み干せなかった。匂いですぐにわかったが、中身が薄めていない葡萄酒だったのだ。こんなの誰もが飲み干している訳ではなくて、乾杯も杯を上げるだけで十分なようだった。薄めるための水も用意されていて、アリアたちもその場で薄めていた。


 それに比べてあの騎士団長などは、そのままの薄めていない葡萄酒をあおり、さらには代わりを要求し、得意げな顔をアリアたちに向けていた。樽で用意された葡萄酒は豪胆さをアピールしたい男たちによって飲み干されていっていたが、いい大人が何やってるんだろうなと、薄めに薄めた葡萄酒しか飲まない俺は思った。



 ◇◇◇◇◇



 食事が進むと、中央の空いたスペースで腕に覚えがある者の余興が披露される。中でも、精鋭騎士による剣技は注目を集めていた。アリアも食い入るように見ているが、キリカがやる気満々で立ち上がろうとするところをルシャが止めていた。お前が加わったら洒落にならんわ。アリアもこのところ剣聖であるキリカと研鑽を積み、腕を上げていたのでうずうずしていたことだろう。


 また、アリアたちのテーブルにはゲストが次々と挨拶に来ていた。勇者が居ない分、大勢のゲストが訪れていた。そして相も変わらずこの国の人たちは若々しく美男美女が多い。アリアたちとの政略的な繋がり以前に、下心を丸出しにした男たちが群がってきているように見えた。


 アリアは対応こそ丁寧なようだが機嫌が悪いため冷たく、キリカは貴族たちの前で堂々と振舞い、豪胆さを見せていた。ルシャは意外なことにしとやかな聖女を演じきっているようだ。よくぞここまで成長してくれたと、父親のような思いだ。



「ヌシの妻になる者は三人とも豪気じゃの」


 そう言って大賢者様が俺だけに聞こえるように話しかけてきた。


「え? いや、キリカは違いますよ」


 慌てて否定する。キリカとはそういう間柄ではない。時々揶揄からかってくるだけで。


「それもこの先わからんぞ? それに妻が二人とて、或いは三人とて、ヌシにとっては変わらぬじゃろ」

「いやいや、三人も娶りませんて……」


「ほう、妻を三人とな」


 ――誰だよ、立て込んだ話に首突っ込んでくるなよ……って陛下かよ!


 大賢者様も小声で話してたのに、口を挟んできた陛下にびっくりしていた。


「えっ、は。婚約者でありまする。その、二人であって」


 コミュ障特有の語順いい加減が発動する。


「そうかそうか。次代の大賢者は色も良しとするか。今代殿よりも楽しそうだ」


 ――うわー、陛下めっちゃ笑ってていい人そうだ。


 あまり裏の事情は知らないのか、とぼけているだけなのか。国王陛下は気さくに話しかけてきた。そして大賢者様はめっちゃ微妙な顔してる。この人もこの人でかわいいのに。



 ◇◇◇◇◇



 食事も十分に摂った頃合いに、大臣が演奏を止め、会場に声をかけると、勇者と騎士団の遠征による成果を語り始めた。意外とこの大臣、口が回るなと思ったが、政治の世界じゃ必須なんだろうな。朗々と謳いあげるように彼らの成果が語られていく。


 大臣の傍には騎士団長がやってきていて、この場に居ない勇者の代わりに、まるで彼がその勇者かのように紹介された。そのイケメンの彼は得意満面、恍惚とさえしていた。なんかムカつく。さらに大臣は――


「二人の勇者に加え、聖騎士、剣聖、聖女の祝福を持つ英雄が揃い踏み、今代こそは広く魔王領に飲まれた町を取り戻す機会となるであろう! 加之しかのみならず、波の下の国を目にすることさえ叶わぬ願いでは無いであろう!」


 が何を意味するかは分からないが、桃源郷のようなものだろうか?

 大臣は続けて、聖騎士と剣聖と聖女の三人を紹介した。アリアたちは促されて立ち上がっており、その姿に広間からはため息さえ漏れている。


「そしてこの淑女たちこそが、あの黒峡谷の邪竜を討ち取ったである!」


 ――あーあ、また喧嘩売ってるよ大臣……。


 三人は注目されてるから不機嫌な顔もできないでいるようだ。

 アリアなんか頬を強張らせていてかわいい。


「あれはまた大臣、恨みを買ったのう。冒険者と女の機微を理解せんようじゃ」


 大賢者様が呟く。

 さらに大臣はアリアたちの方へと姿勢を正すと――


「聖騎士様、剣聖様、聖女様。皆様には勇者一行へのご参加を何卒懇願する次第でございます」


 大勢の目の前でとんでもないことを告げたのだ。


「まさか認めたのか?」


 大賢者様は真正面を見据えたまま呟いた。


「……言うな」


 国王陛下も同じく。そして――


「――すまぬな」


 誰へとは言わなかった。

 国王陛下はそのまま立ち上がり、三人へと向く。


「神の寵愛を受けし神子よ、どうか王国のために力を貸してほしい」


 国王陛下は大勢の前でアリアたちに頭を下げたのだった。







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 第二部では葡萄酒の説明を省きましたが、半発酵の葡萄版の甘酒です。


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