第7話 竜殺しの剣にかけて

「うん、とっても綺麗だよ、アリア」


 仕上がったばかりのドレスを身に着けたアリアは輝いて見えるようだった。凛々しい眉目は相変わらず魅力的だし、ほんのり化粧を施し、赤髪を結い上げた彼女は妖精のように美しかった。


「ありがとう。……ユーキも服を仕立てたのに一緒に行けないのが残念……」

「そう……だな。まあ、またいつでも着られるさ」


「あ痛っ! 踵の高い靴って足首使えないから動きづらいわね」――とヨタヨタしているキリカ。

「しょうがないだろ、それが流行りだって言うんだから……」


 皆には貴族たちの間での流行の服を仕立ててもらっていた。靴も同じく。それぞれ金貨6枚ほどかかった。もっと派手な装飾も流行っているそうだけれど、けばけばしいのは嫌なので、落ち着きのあるドレスにしてもらっていた。


「大人しくしていれば大丈夫ですよ、キリカさん」

「ルシャも似合ってるね。背が高く見えるし」


 ――胸と腰の高低差が凄い――とは口に出さなかった。照れて顔を赤くするルシャ。彼女も別に背が低いわけではない。アリアとキリカの背が高めなのだ。おまけに普段がゆったり目な衣服なだけに、コルセットで締めると体の線がはっきりして大きな胸が強調されて見える。


「私のこともちょっとは褒めたらどうなの?」


 足が辛いと俺の肩に捕まるキリカ。

 しかし、アリアとルシャの二人と付き合っているのに、その上でキリカを褒めるのってどうなの――とは思うんだが。


「キリカも似合ってるよ。ただちょっと背が伸びすぎて、踵の高い靴を履いたら威圧感がすごい……」

「ユーキもその分、伸びればいいじゃない。男の方が成長遅いんだから!」


 バシ――と背中を叩かれるが、未だに背が伸び続けているキリカに追い付かれるのは時間の問題だと思う。



 三人は孤児院から迎えの馬車に乗った。大賢者様の所の馬車だったので俺も乗せてもらったが、迎えに来たシーアさんが言うには、今回は国王陛下からの召喚状のため、おそらく俺は城へは入れてもらえないだろうとの話。また前回に続いて今回も召喚状が届いたのは、アリアたちが招待状を断り続けていたのが理由のようだ。


 三人の祝福に無条件の信頼が得られ、敬意が払われる代償として、相応の責任を全うする義務があると考えるのがこの世界では普通のようだ。国のために国王の話を聞き入れる必要はあるだろう――と大賢者様からも話を聞いた。たとえ婚約者といえど前回のように付き添うのは無理なようなので、俺はそのまま屋敷に残され、三人を見送るしかなかった。


「だが、君に全く手が無いというわけではない」


 ああ、これは先生モードの大賢者様だ。何か教授するときこんな感じになる。ぜひご教示いただこう。



 ◇◇◇◇◇



 俺は服の上から大賢者様の物とよく似た青いローブを羽織り、リーメの物にもよく似た三角帽子を深く被った。その様子を見て頷いた大賢者様は、初めて見た時のような重々しい正装をしていた。そして――


「儂は弟子を一人、側仕えとして常にかたわらに置くことができる。シーアの代わりに連れて行こう。ただし、儂の傍を離れるなよ」


 俺は大賢者様に付き従い、見たこともない広いホールへと入る。そこは謁見の間などではなく、宴の間であった。それも前回の公爵様の屋敷での宴のような立食ではなく、長いテーブルにたくさんの席が用意され、比べ物にならない数の使用人が行き交う着座式の宴だった。魔法の光と金銀の細工物が煌びやかに反射する、眩いばかりの豪華な燭台がテーブルに並び、壁には輝きを放つ金糸か或いはまた別の何かで織られたような織物が並び、天井からはシャンデリアが頑丈そうな鎖で吊り下げられていた。


 召喚状には正装でと書かれていたため、そんなことだろうとは思っていた。

 大賢者様は壇上の国王陛下へと挨拶するので従った。


「トメリルの賢者よ、息災であったか?」

「陛下の恩情、痛み入ります。ですが儂ももう年ゆえ」


「生娘のような肌をしてよう言う。ふむ、いつもの一番弟子はどうした?」

「これも優秀な弟子ですぞ。儂の後継になるやもしれません」


「そうか。――して、名は?」


 大賢者様がこちらを見て頷く。


「祐樹と申します」

「ほう。召喚者か、或いはその一族か?」


「は、はい……」


 よくわかるなおい……。

 慌ててしまったが、よく考えたら少し前に召喚されたばかりだから知ってるか。


「ふむ。師の元、励むよう」

「は、は……」


 めっちゃあがりましたすみません師匠……。


 大賢者様と俺はそのまま解放されるかと思ったが、なんと国王陛下の右隣、つまり向かって左側で控える。仕方なく俺も傍へ控えることとなるが、大賢者様を挟んで国王陛下のすぐ隣だ。


 ――えっ、こわっ。この場所こわっ。


 しかも挨拶は大賢者様が最初だったようで、続いて挨拶をしたのは王族と大臣。王族と大臣は国王陛下の左隣に控える。加えてホールに居た貴族はみんな側使えばかりで客では無かった。さす大。



 ◇◇◇◇◇



 ゲストは隣の広い控室で待たせられていた。いくつかの扉が開け放たれると、続々と国王陛下への挨拶へと列を成す。最初にやってきたのはあの何とかいう公爵様。そして彼がエスコートしていたのはよく知る赤髪の彼女――アリアだった……。


 アリアは国王陛下の前まで来ると素早く腕を解き、公爵様から微妙に距離を置く。

 二人が身を屈めると公爵様は自分より先にアリアへと挨拶を促すが、アリアは戸惑うことなく――


「国王陛下へのご挨拶をお許しくださいませ。――召喚に応じて参じました、聖騎士のアリアにございます。陛下に於かれましては、白金の世を民にもたらしし、陛下御自身も御健勝であらせられるよし、大慶に存じ上げます」


 ――と、毅然とした様子で挨拶を述べた。何故、なのかは俺にはわからなかったが、平和な世を齎すという意味だけは翻訳の能力で通じた。


「聖騎士アリアよ、其方には神々より与えられた役目があろう。相手が国王とてかしこまることはない。まして古き血の花であれば猶更であろう。再び日の元に帰り咲くことこそ大慶に思おうぞ」


 国王陛下の言うとはつまり、アリアの家系である古い王族の血筋のことを言っているらしい。ただアリアは――


「街の陽だまりで咲く約束を交わしておりますので」


 微笑みながらそう返していた。


 去り際、アリアは自分をガン見していたに一瞬、きつい眼差しを向ける…………が、二度見したあと足を止めていた。


 ――アリアさん、口が開いたままですよ。


 微笑みを返すと、彼女は両の拳をぎゅっとして唇を噛み、足早に離れていった。



 ◇◇◇◇◇



 その後に続くルシャはあからさまに不機嫌そうだったが、アリアの様子を伺っていたのか俺の顔を確認すると、エスコートされていた腕をすっと離した。彼女をエスコートしていたのはれいの毛嫌いされている騎士団長だった。騎士団長は腕が離れたことに困惑していたが、そのまま国王陛下の前まで進み、挨拶した。そしてルシャは――


「国王陛下、私には婚約を交わした相手が居ります。その相手を差し置いて、にエスコートされるのは、私の本意ではございません。何卒、このようなことは今後、ご遠慮いただきたく存じます」


「そうであったか――」

「そもそも聖女というものは、その貞淑さがひじりとなり、民への信頼へと繋がります。この度は、国王陛下のめいとのことで応じましたが、本来であればみだりに男性に触れられることは――」


 どの口が語るのか!――と言いたいが、この所、ルシャは肝が据わってきたというか、相手を見極める事さえできれば、遠慮も迷いもどこへやら。弁が立つようにまでなってきた。そうやってルシャは聖女の性質という物を長々と説いた。


「わかった。そういうことであれば、聖女ルシャよ。其方の要求に応じよう」


 国王陛下も聖女の何たるかを語られては要求を呑むしかなかったようだ。次からは婚約者以外の男性には触れさせないよう、約束してくれる。


 ちぃ、その手があったか――みたいな顔してるアリアがちょっとかわいそうだった。アリアの方がよっぽど貞淑なのにね。まあ、アリアには直球は無理でしょ。



 ◇◇◇◇◇



 キリカはというと帯剣した騎士らしき男性にエスコートされていたが、男は妙に疲れた顔をしていた。しかも挨拶の際には男より前に出て、堂々とキリカデール・シアン・アールヴリットの名を名乗った。そう、本人は一度も話したことが無いが、彼女もおそらくは貴族か、或いはそれなりの地位の生まれなのだ。そしてさらには――


「私はこの世の何よりも、陽光の泉ひだまりという我らのパーティを大切にしております。この竜殺しの剣に懸けて!」


 スッ――とどこからともなく抜き放った聖剣スコヴヌングがキリカの右手に握られ、天に向けて煌々と輝き、掲げられていた。陛下の傍に居た護衛たちも何が起こったのか反応できず、慌てて陛下の前に立ちはだかることしかできなかった。しかし護衛たちが反応する頃には右手の聖剣は消え去り、右手は胸に添えられ、キリカは深く礼をするのだった。


 そんなことをわざわざ明言するということはつまり、パーティの名を無視して召喚したことへの抗議なのだろう。だけど…………うちの子たちなんでこんな攻撃的なの!


 さすがの国王陛下も、どういうことかと大臣を呼びつけて、失礼があったと謝罪させることになってしまった。あの大臣、喧嘩売る相手を間違えたな。


 アリアはもはや称賛の眼差しでキリカを見ていたが、キリカはだから……祝福のせいで……。マネしちゃダメだと思う。


 三人はエスコートの男どもは無視し、結託して大賢者様に近い場所、つまり俺の目の前で陣取っていた。――なんかもう面倒くさいからここで次の遠征の話、しちゃおうか――みたいな雰囲気だ。俺も混ぜて欲しいわ。







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 オミットしていた会話を足しました。他にも少し変更を加えています。


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