第5話 名でも書いておいてくださいまし

 別の日、俺たちはミシカとヨウカの冒険者登録のために、アリアやキリカと共に冒険者ギルドを訪れていた。彼女らは俺やアリアの4つ下。成人したキリカやルシャの2つ下で13才になる。


 なお、リーメは俺の3つ下で実は成人していない。俺は最初、15才という成人年齢が厳密なものではないのだと思っていたが、孤児院でいちばん上になるのが嫌で、しれっとキリカ達と一緒に独り立ちしただけなのだ。こいつほんま……。


 ミシカとヨウカは兵士として雇ってもらう手もあったが、二人ともキリカを慕って冒険者を希望した。一応、キリカは兵士の方が安定するし、自分たちは仕方なく冒険者になったということは伝えたのだが、陽光の泉ひだまりの現状が現状なので説得力に欠けていた。



 そう、現状陽光の泉ひだまりは極めて高難度の討伐依頼を果たせる、王都では唯一のパーティとなっていた。もちろん、俺たちは安全を期するために綿密な調査の上で依頼を受諾しているが、それでも右に並ぶものは無く、若い冒険者などからは羨望のまなざしを受けていた。


 ただまあ何というか、ノエルグとの腕相撲を知っているごく一部の連中を除いた冒険者たちからは、俺は女性パーティ陽光の泉ひだまりのヒモくらいにしか思われていない節もあった。そのためか――ぜひの代わりにメンバーしてくれ――とアリアに提言する、他所から来た命知らずは後を絶たない。理由もなくアリアの機嫌が悪いときはだいたいそれ。


 そういうわけで、俺がたま~に独りのときは冒険者たちからのヒモ扱いが割と酷いわけだが、こちらも否定しないし、むしろ肯定気味に自嘲するのであまり争いにはならなかった。



 ◇◇◇◇◇



 さて、テーブルでアリアがニコニコと砂時計――俺が初めてプレゼントしたもの――を出してお茶を入れていると、受付の方が少し騒がしくなった。


「勇者様か」

「勇者様が帰ってくるんだって」


 ――などと人だかりができていた。


「へぇ、勇者なんていたんだ?」

「うん、七年くらい前に招かれた召喚者が勇者の祝福を持ってたはず」


「詳しくは知らないけど、そういう告知はあったと思うわ」

「あたしも詳しくはわからないかな……」


 アリアとキリカが答えてくれたが、ちょうどその当時、アリアは実家を失った頃だし知らなくても仕方がないだろう。


「勇者様はもう何年も国のために働いてくれてるんだぜ」

「今年も冬が開けてすぐに国内の怪物の討伐だとか、魔王領に落ちた町の奪還の遠征に出ていってたな。騎士団の選抜部隊を連れて」


 近くのテーブルの知り合いが答えてくれた。


「すごいな、同じ召喚者なのに俺とはえらい違いだ」


 七年もこの国のために働いてくれてるのか。恋人を見つけてのんびり暮らしてる俺とは大違い。ありがたいことだ。ただ、魔王なんてものが居るとなると、俺も呑気に暮らしてるわけにもいかなくなるのだろうか。


「そりゃあそれだけ国に期待されてるからな、訓練も並々ならぬものだったらしいぜ」

「そうそう」

「俺はせいぜい文字の勉強しかしなかったのになあ」


「おまけに城で最高級のもてなしを受けてるってよ。女だって選び放題だろうな!」

「マジでそれ」

「それについては俺は現状で満足してる」


「「お前はいっぺん死んでこい!」」

「やだよ」


「へぇ、勇者様ってどんな人? カッコイイ?」

「勇者様というからにはお強いんでしょうね。お名前は何と仰るのですか?」


 ヨウカとミシカは勇者に興味津々のようだ。一緒になっていろいろ話を聞いてきた。


「名前は確か、アオとかハルとか言ったな」

「いや、どっちだよ」

「それが勇者様ってのは男と女の二人居るんだ。美男美女の上、どっちもすげえ強いらしいぜ」


 ――何故か耳に馴染む名前な気がした――というか、召喚者なんだからそりゃ当然か。


 その間、アリアとキリカは興味がないのかお茶を楽しんでいた。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、孤児院に王城の大臣様からの召喚状が届いた。『陽光の泉』の聖騎士・剣聖・聖女に対するもので、アリアたちは届いた羊皮紙を不安げに読んでいた。


 こういう時のための礼服もドレスもまだ採寸を終えたばかりで仕上がっては居ないのだが……。


「どうしようか、服……」

「冒険者として呼びつけられたんだから、時間もないし普段通りでいいよ」――とアリア。


「――それよりどう思う?」

「何か面倒事があるわよね」

「ユーキ様のお名前が無いのが気に入りません!」

「いや、俺は呼ばないでしょ、普通」


 三人に睨まれる。何故。


「来ないつもり?」

「私たちを守るつもりがないのかしら?」

「や、俺どちらかというと守られる側だよね……」


 キッ――っと眉をひそめるふたり。


 ……そういうわけで、俺の参加も決まった。アリアとキリカに肩を掴まれ頷かれたのだ。リーメはスルー。気楽でいいよなあ。



 ◇◇◇◇◇



 さて、下宿から王城へ向かうと城門で出迎えてくれたのは馬車でやってきたシーアさん。一応、俺たちの後ろ盾として今回の件についても動いてくれているみたいで安心する。


 城では大臣様のところへ通された。通されたはずなのだが――


「小姓の入室はまかりならぬ!」


 部屋の前で帯剣した護衛に俺だけが止められる。


「なんですって!?」

「いま何と申されました?」

「ユーキ様に謝ってください!」


 キリカに続いてアリアとルシャもその護衛に食って掛かった。

 怒鳴りつけたキリカに至っては、いまにも聖剣を呼び出しそうな勢い。


「こちらは聖騎士様の婚約者様でございますよ?」

「そ、それは誠でしょうか?……申し訳……ございません」


 しぶしぶではあるが、謝ってくる護衛の男。刃傷沙汰へ発展する前にシーアさんが説明してくれて事なきを得た。いやはや血の気が多くてほんとすんません。


「ユーキも腰低くしてないで堂々としてよ!」


 とばっちりがこっちに飛ぶ……。



 ◇◇◇◇◇



 さて、応接間だろうか。20人からが入れるような広い部屋に通される。

 壁には豪華な毛織物が幾重にも飾られている。


「お嬢様方、お待たせしてすまない」


 ――ほんとお待たせだよ。茶菓子くらい出せよ。


 結構待たされた上に、護衛が多いは気のせいだろうか。

 やってきたのは大臣らしき恰幅の良い人物と、先日の竜を買ってくれた貴族、ロホモンド公。公の称号は簡潔に公爵と翻訳されるが、実際には高地のホッホエイワスだとか慈しみのラームラヴィーリアだとか、長ったらしい称号が並ぶ。大臣はというと、貴族の爵位のような称号はついていないが、大執政官が一人コンスルとかいう行政の長的な称号が付いていた。


 ふたりとも高価な布地をふんだんに使った、煌びやかな衣装に身を包んでいた。


「おや、そちらは?」


 いやー自分、小姓なんすよ――なんて言う前に、公爵様が耳打ちしてくれた模様。


「なんと其方が陽光の泉のリーダーであったか。今の今まで聖騎士様かと思っておりましたわ」


 アリアに向かい、微笑みを湛えて言う。――あーこれまたアリアが機嫌悪くするぞ。

 アリアは返事をせず、俺に視線を送ってくる。リーダーとして、さっさと話を進めた方が良さそうだった。


「それで、我々 陽光の泉ひだまりに何の御用でしょう」

「いや、用というのは他でもない、聖騎士様、剣聖様、聖女様へということだったのだが……」


 公爵様は再び耳打ちをする。


「――そうだな。まずはその話を。実は先日、其方らが打倒した黒峡谷の竜であるが、大儀であったと言えよう」


 ――言えよう?


「ああいや、実はだな。我が国の騎士団の団長より苦言が参っておってな」

「現在の騎士団長は勇者殿と行動を共にしております」


 公爵様が補足してくれるが、二人の視線はアリアの方を向いている。


 ――うわぁ、アリアの顔見たくねえ。でも見ちゃう。あ、怒ってたかわいい。


「何か問題でもございましたでしょうか?」

「実は勇者殿に率いられた騎士団で討伐に向かう予定だったのだ」


 ――ああ、これは騎士団長の面子を潰したとかそういう面倒くさい奴だ。関わりたくねえ。


「知らなかったとは言え、失礼しました。ですが、放置するわけにも――」

「名でも書いておいてくださいまし!」


「「は?」」


 俺の言葉に被せてきたのはルシャだった。思わず大臣とハモってしまう。


「名でも書いておいてくださいまし――と申しました。ご自分の獲物を主張されるのであれば」


「こ、これは聖女様。はっ、確かにその通りでございます」


 まあ、こっちは麓の村に長期間滞在して計画を練っていたにもかかわらず、先触れさえなくこれでは怒りたくもなる。


「それだけの御用でしたらおいとまさせていただきますが、よろしいでしょうか?」


 ――うわーつえー。聖女つえー。あのルシャとは思えない。けんりょくとはまことおそろしいな!


 怒ったルシャの言葉に大臣もたじたじだった。公爵様も目を丸くしていた。


「あ、ええ。……あ、いや! 実はもうひとつ……」

「ええ、お三方に勇者パーティへのご参加をいただけないかと」


 勇者パーティ――あれだよね。勇者を交えての宴とか言って高いチケット代取るやつだよね――なんて混乱するくらいには突然だったし、勇者パーティなんてパワーワードをまさか公爵様から聞くとは思わなかった。






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 続けるとアオハルになるのは執筆中に初めて知りました!

 慈しみのラームという祝辞はまた、lamment(英)でもあり、lame(仏)でもあります。


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