第4話 ひだまりのような日々

 リーメを除く全員で、久しぶりに孤児院でゆっくり過ごすことにした。リーメはというと魔術書を大量に写し集め、暇さえあれば読んでいた。少々高価だが触媒さえあれば本を魔術で写し取ることは難しくない。問題は、写本させてもらうのに高額な謝礼を払う必要があることだ。リーメは分け前のほとんどをそういった魔術の収集に費やしていた。


 ルシャは結局、孤児院には残らず、皆と一緒に集合住宅アパートメントで共同生活をしている。独りが寂しいのだそうだ。そして夜が明ける前から孤児院へ通っている。今日は遠征から戻ってきて久しぶりだったため、下の子たちに揉みくちゃにされていた。以前と違って健康になったので倒れたりしないのがいい。


 キリカは新しい孤児院の子たちと訓練をしていた。新しいと言っても、娼館での事件の時に保護された二人の少女で、いずれも親が娘を売った罪で牢に入れられたため、どちらもが孤児院での保護を選んだ。ちょうど大賢者様が孤児院を訪問してくれたおかげでタレントも鑑定され、それぞれに祝福を得ていた。



 ◇◇◇◇◇



「天気いいね」

「そうだな」


だね」

「そうだなー」


 アリアと二人して孤児院の庭の草の上に寝転んでいた。最近、アリアは手を繋ぐ時に指を絡めてくるようになった。実のところ俺は恋人繋ぎというものが苦手だった。女の子の細い指が指の根元に当たるとちょっと痛いからだ。

 恋人繋ぎの呪いからは逃れられないらしいのを苦笑してると……。


「なに笑ってるのよ」

「いや、なんでもない」


「また元居た世界のこと思い出してるんでしょ」


 アリアは時々こうやって俺の過去に嫉妬してくる。元の世界での俺はスポーツも勉強も特別できるわけではなく、学校の雰囲気も苦手、友達はネットの友達ばかり、休日はずっと家に居る。そんな俺を憐れんでか一年だけ恋人で居てくれた幼馴染。ただそれだけ。何も嫉妬することはない。


「違うよ。ほら、アリアが最近さ、指を絡めてくるから」

「別に……いいじゃない」


「エロいなって」

「もう!」


 離された手を慌てて握り返した。


「ごめんごめん、嬉しかったから冗談言っただけだって」


 ときおり、かぐわしい風がそよいでくる。森の中に居るかのような香り。


 実は、森の薬草を孤児院で育てられないか試してみたのだ。最初は惨敗したものの、魔法の力が満ちていれば十分育つことが判明した。薬草が根付いてくれるように――とルシャが地母神様の祈りを捧げたところ、上手く行ってしまったのだ。さらには魔石を土地に埋めることでも薬草が育つことがわかった。


 小さな魔石はたくさんあったので、魔石を埋めたり薬草を収穫したりは下の子たちの仕事となっていて、孤児院の良い収入となっていた。それから何故か、孤児院の建物のすぐ傍でならよく育つことも分かったので、種なんかは建物の傍で蒔いて、苗ができたところで移し替えている。



 近くでクスクス笑う声が聞こえる。頭をもたげて見ると、さっきまでキリカと訓練していた二人の少女が仲良く屈み、こっちを見ながら笑っていた。


「ヨウカってば、声出すから気づかれたじゃない」


 そう言ったのはミシカ。栗色の髪は以前と比べて艶も出てきてとても綺麗になった。長めの髪をうなじの両側で束ねている。大賢者様に頂いた彼女の祝福は聖堂騎士。アリアの聖騎士とルシャの聖女をちょっとずつ分けてもらったようなタレントで、戦闘と回復をこなせる。ヨウカと一緒に訓練しやすいため戦鎚を使っている。


「えー、だってイイじゃん? 二人とも仲良くてこっちも顔緩むしー」


 そしてこっちがヨウカ。鼻が高い以外、どこか日本人っぽい顔立ちの黒目黒髪の子。保護されたときに髪が痛んでるのが嫌でばっさりボブにカットしてもらっていた。彼女の祝福は戦士。『鎚鉾に熟達する者』と書かれるタレントで、たいていの近接武器を扱いこなす、期待の鈍器マスターだ。武器は今のところ戦鎚を訓練している。


 二人ともキリカを実の姉のように慕っていて、キリカもよく面倒を見ていた。


「あー! また顔逸らすー」


 ヨウカが俺に文句をつける。

 実は俺は二人の鑑定結果であるを覗いたことがない。二人に秘められた才能タレントが存在することを知ってしまったりすると、地母神様におかしな運命を紡がれかねない気がしたからだ。なので彼女らの頭の上の文字から目を逸らす癖がついていてそれが不自然なんだろう。


 アリアは事情を知っているので空を眺めたまま笑っていた。


「アリアさんはまだ結婚しないんですか?」


 笑うアリアにミシカがそう問いかける。


 この世界での女性は成人したらさっさと結婚して子供を産むのが普通だそうだ。冒険者や兵士でも、相手さえいるならあまり変わらないらしい。産めよ増やせよの地母神様の影響だ。だから、冒険者であっても女は自然と家を守る傾向があり、男は外敵と戦う。死にやすいのも男だ。


 ただ、アリアとは何でもない普通の幸せを共有できる恋人同士の関係を続けていた。


「えー? まだしばらくはいいかなー」

「そんなに仲がいいのに勿体ないです」

「夫婦みたいなもんじゃんねー」


「ユーキの居た世界では、大人でも恋人の関係を楽しむんだって」

「それってずるくないですか?」

「ユーキの女たらし~」

「うるせえ」


 大人とは言っても俺とアリアはまだ17才。この世界では新年が開けるとともに年齢が増えるので、元の世界でもまだ高校三年生くらい。結婚って言われても、俺にはまだピンと来ないし、幼い頃に実家を失ってしまったアリアもまた、結婚願望は薄い様子だった。


「私だったら我慢できない。ユーキさんを地母神様の前で跪かせてみせます」

「おいおい……」


「ユーキさんも、こんな美人で可愛らしい相手、ちゃんと捕まえておかないと誰かに取られますよ?」

「私はユーキ以外の相手と一緒になるつもりはないから大丈夫だよ? ミシカ」


 ミシカは信心深いと言うか、孤児院で教えてくれる地母神様の秘儀に影響されているようで、身近にいる俺たちをくっつけようとしてくるのはちょっと困りものだった。


「アリアさんはユーキにベタ惚れだから大丈夫だよねー。こんなのどこがいいかわかんないけど」

は余計だ」


「逆にユーキの方が浮気しそう、女の勘!」


 しねえよ!――と言いたいところだったが、既に現状、ルシャとの二股とも言える。キリカとも関係を持ってしまったし、地母神様の企みでこの先何があるか分からない。


「――ほら、返事に困った。やっぱ女たらし~」


 ヨウカに揶揄われるまま、何も言い返せないでいるのをミシカには難しい顔をされた。ただ、アリアはと言うと繋いだ手の指を擦り付け、俺もそれに返していた。


「ほーらー。そんなところに居ないで、ルシャがお茶にしようってー。手を洗っておいで」

「「は~い」」


 キリカの声に二人が掛けていく。

 向こうでは――キリカ姉は結婚しないのー?――と今度はヨウカが聞いているようだ。



「「行こっか」」


 立ち上がると、二人で笑いながらホールへ向かう。

 いつまでもこんなひだまりのような日々が続くのがいい。







--

 ミシカはMythicからきています。初期では不思議ちゃんの予定でしたが、ヨウカと組ませるとgdgdになるので真面目ちゃんに変更されました。

 ヨウカはJoccaと書きます。日本人名ヨウコから派生しています。この世界では稀にですが召喚者が居て、多くは血を残していますが、名前や姓が子孫に正しく伝えられてなかったりもします。


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