第3話 宴

 王都へ持ち帰った竜には良い買い取り手が付いた。あらかじめ大賢者様に通達してあったのがよかった。なんと大賢者様の伝手で一匹丸々を金貨3,000枚で買い取ってくれるお貴族様が居たのだ。正直なところ解体してどうこうするにも人手や知識が必要だし、売り払うにも伝手が少なかったので願ってもなかった。


 竜を売り払った金と竜の巣で見つけた財宝を合わせると孤児院の維持はもちろん、貴族街の屋敷でも問題なく手に入る額になった。


 一応、アリアを狙っていたの貴族との繋がりを聞いておいたが、無関係だとのことだった。ただちょっと迷惑だったのが、その買い手から俺たち『陽光の泉』の一行パーティを宴に招きたいという話を貰ったのだ。


 アリアからは貴族との繋がりは利益もあるが代償も大きいから気を付けるように注意された。ただ、相手が王族の血筋に連なる家系だったため断りづらく、大賢者様からも頼まれてしまったのだ。アリアも古い王族の血筋ではあったため、面倒事が起きないよう本当のところは断りたかった。


 結局のところ、頼み込んできた大賢者様に後ろ盾になってもらうことにして招待を受けることにした。大賢者様はどこの貴族からもある程度は独立しているので、取り込まれ辛いからだ。逆に言うとぼっちだけど。



 ◇◇◇◇◇



 衣装については今から仕立てるのは無理なので、女性陣は大賢者様から貸して貰うことになった。ただ、問題は俺だ。――ユーキはもう持ってるじゃない――とかキリカに言われたが、お前絶対シーアさんが置いて行ったドレスのこと言ってるだろ……。


 以前、大賢者様の側使えのシーアさんが、俺に着るものが無くて困った時に、魔法でありあわせの服を着せたのだ。そのありあわせが女物のドレスだった。そのドレスは結局、返さなくていいからと言われ、今も俺の手元にあった。


 仕方が無いので古着屋で揃えたが、貴族の宴に使えそうな衣装は当然のように型落ちのものしか手に入らなかった。



 ◇◇◇◇◇



 当日、大賢者様のところの馬車に城門まで迎えに来てもらい、屋敷で着替えてからその貴族の屋敷へ向かった。貴族の屋敷はかなり立派な建物で、馬車から降りると三階?――いや、一階は地階とか言ってたから二階か。二階のバルコニーから、女性を何人か侍らせたお貴族様が――ようこそ――と声をかけてくる。


「お貴族様ってもっと威厳を大切にしているものかと思いました」

「ロホモンド公は例外とお考え下さい」


 シーアさんがそう答えてくれた。


 俺は両手にアリアとルシャをエスコートして宴に赴いた。リーメはキリカにエスコートされている。キリカはノリノリだが、リーメは面倒くさそうだ。そしてリーメはドレスの上から三角帽子を被っているが、そこから見えている髪色はピンクに染まっていて怖い。え、怖くない? 真っピンクだよ?


「ようこそお越しくださいました、皆さま」


 広間へ入ると、二階へと続く階段の途中からさっきのお貴族様が声をかけてくる。染めているのか知らないが、虹色の艶が煌めく目立つ白銀の髪のイケメンが大賢者様の前までやってくる。


「我が国の宝、麗しき大賢者様にご挨拶申し上げます。本日は我が屋敷の宴にお越しいただきありがとうございます」

「儂に世辞は無用じゃ、ロホモンド公。望みの英雄たちを紹介してやるから、寛げる席に案内せい」


「何を仰いますか、本心でございますよ大賢者様」


 見た目若い人間が多いこの国でも、大賢者様は別格ではあったので気持ちはわかる。


「これが竜殺しの英雄、陽光の泉のリーダーで、儂の弟子のユウキ・シノハラじゃ」


 パーティのリーダーは登録上はアリアとなっていたが、アリアの提案で今日のところは俺が『陽光の泉ひだまり』のリーダーという話になっていた。


「お……初にお目にかかります。篠原祐樹です」


「ロホモンド公、かみエイワス家当主のレタールだ。確かリーダーは聖騎士様と聞いていたが?」

「それはこちらのアリアで……」


「なるほど。ではぜひ一行パーティのお嬢様方も紹介いただきたいものだ」

「ええと、アリアにルシャ、キリカにリーメです」


「聖騎士様に聖女様、剣聖様に……魔術師様かね?」


 ――なんだ、知ってるんじゃないか――なんて思うが口には出さずにおいた。


「アリアと申します。以後、お見知りおきを」


 アリアは簡素にそう言った。ルシャとキリカも同じように続き、リーメもしぶしぶ。


「アリア……名だけかね?」

「はい、冒険者ですので」


 そうか――と彼はそれ以上聞かなかった。


「きみたちのための宴だ。楽しんでくれたまえ。そして今後とも仲良くしてくれると嬉しい」


 そう言って俺に握手を求めてきた。ちなみに大賢者様はと言うと、さっさと二階のバルコニーに上がってしまっていた。こうして大賢者様の心の篭ったにより、竜を買い取ってくれた貴族、ロホモンド公との繋がりができたわけだ。



 ◇◇◇◇◇



「皆さん、ご紹介いたしましょう。彼らがあの辺境の強大なる緑竜アースドラゴンを討ち取った英雄たちです」


 ロホモンド公は俺たちを階段半ばまで連れて上がると、振り返って広間に居る大勢の客たちにそう言った。さらに――


 わっ――と客から声が上がり階段の脇を見降ろすと、大きな台の上にあの竜の首が置かれていた。それまでは布が掛けられていたらしく、使用人たちが大きな布を片付けていた。竜はこんな人の多い場所で見ると改めてその巨大さがわかる。角を含めると頭だけで2m近くあった。


「よくこんな大きなものを運び入れたわね」

保有の鞄ホールディングバッグは珍しいものじゃないから首だけなら……」


 キリカとアリアが話していると、ロホモンド公が微笑む。そして客の方に向かうと――


「醜悪な竜は死してなお、人々の脅威でありました。我々が苦労して首を刎ねたところ、なんと毒を撒き散らしたのです。――ああ、ご安心ください。今はもう安全です。竜は完全に死んでおります故」


「あっ、あのっ、毒の影響は……」


 ルシャが青い顔をしてロホモンド公に問う。そんなことになっていたとは俺も驚いたが、ルシャは治療の手段がある分、なおさら心配するだろうし、もしかすると責任まで感じていたかもしれない。


「ご安心ください、お優しい聖女様のご心配には及びません」



 ◇◇◇◇◇



 竜殺しの英雄と持てはやされた俺たちは、ロホモンド公の元、宴に赴いていた貴族たちの挨拶に次々と曝されていた。もともと他人に興味が無くて人の名前を覚えるのが苦手な俺は、賢者の能力のせいもあって、ますます人の名前を覚えるのが苦手になっていった。おまけに――


「キイルアーデ伯、嫡男のロイス・エタンダルドと申します。聖騎士様のこの度の武勲! 何者にも代え難き誉にございます!」


 そんな感じで誰もが俺ではなく、アリアに礼儀を払うものだから、彼女の機嫌がすこぶる悪かった。客たちにはアリアの血筋は知られていると見ていい。そしてそのとばっちりは俺に降りかかる。アリアが俺の脇腹をつついたのだ。


「あー、俺が陽光の泉ひだまりのリーダーです。祐樹と申します」

陽光の泉ひだまり?」


「ええ、我ら一行パーティの名前で」

「ああ、なるほど。ひだまりとはお似合いですね」


 ただ、その言葉はとても俺たちが思っているようなではなく、明らかに俺を見下して言い放った言葉だった。アリアは既に愛想笑いさえ浮かべていなかった。

 また、広間には金のかかってそうな楽師が音楽を奏でていたが――


「聖騎士様、宜しければダンスのお相手を務めさせていただけませんか?」


 そう言ってアリアを誘ってくる者が後を絶たなかった。


わたくし、婚約者が居りますから」


 アリアはそう明言して取り付く島もなかったが、あまりの誘いの多さに、俺はついに広間の真ん中に引っ張り出された。アリアによって。


「ちょっとアリア、踊りなんて小学校のフォークダンスか中学校の創作ダンスしか踊ったことがないから、踊れないってば」

「ふぉーくダンスって何?」


「男女がひと組になって代わる代わる踊って――」

「踊った事あるんじゃない……」


 ――と、不機嫌なアリアに今度は肘を脇腹に入れられたが、アリアと初めてのダンスを踊ったことで彼女も少しだけ機嫌を直してくれた。ステップは無茶苦茶だったけど。



 ルシャについては俺がアリアの機嫌を取るのに掛かりきりだったため、途中からキリカに任せた。ルシャが聖女ということは既に知れ渡っており、皆が皆、親しくなるために近寄ってきていたが、ルシャ本人はというと蒼い顔をしてしどろもどろになっていた。キリカは――聖女様のご気分がすぐれません故――と、ルシャを守る剣聖として客の相手をしていた。


 ルシャについても――婚約者が居りますよ――とキリカより明言されていたが、聖女である彼女は、貞淑さを示すための神様との婚約と捉えられている可能性が高いそうだ。


 ちなみにキリカについては、――ぜひ私より強い殿方となら考えてみてもいい――などと言っていたが……無理だろそれ……。


 リーメはキリカにエスコートされてから後は放置されていたが、整った顔立ちにもかかわらず誰からも迫られたりはしていなかった。ドレスの上からいつもの三角帽子を深く被ってる上に、今日はピンク頭なことで人を寄せ付けない雰囲気でただひとり料理に舌鼓を打っていた。



 結局、俺たちは聖女様の体調が悪いことを理由に、ホストに退出の挨拶をして早めに会場を後にした。大賢者様もさっさと引き上げたかったらしく、一緒に帰ってきていた。ただ、ほぼ放置で逃げていた大賢者様に、珍しくアリアが突っかかって文句を言っていた。



 ◇◇◇◇◇



「ふぅ、貴族の宴なんて行くもんじゃないわね。結局、ご馳走もほとんど食べられなかったわ」

「ルシャ、大丈夫? 気持ち悪い?」

「大丈夫です、アリアさん。ご心配おかけしました」

「リーメ、水張るから温めてくれる? ルシャを湯船に入れてやりたいから」

「うむ」


 大賢者様宅で衣装を着替えた俺たちは下宿へと戻ってきたが、気疲れでみんな参っていた。ルシャは体調まで崩していたのでお風呂に入らせて、その後は俺たちのベッドでアリアに抱きしめられて眠りについた。俺もアリアの横で添い寝した。



 翌朝、リビングのテーブルにはたくさんの料理とお菓子が山のように並んでいた。


「すごいご馳走……どうしたのこれ?」

「私が起きた時にはもうこの状態で……」

「ちょっとキリカとリーメ呼んでくるわ」


 寝ぼけまなこで起きてきたリーメによると、昨日、皿をたくさん持ち込んで料理を持って帰ったらしい。持って帰るってどうやったのかと問うと、『巨人の保有の鞄』に入れたのだそうだ。丁寧に入れればちゃんと取り出せるのだとか。


「いや、よくそんな真似できたな……」

「そりゃあドイツもコイツも聖騎士様や聖女様に夢中だったからな。使用人も皿さえ盗まなきゃ文句は言わない」

「リーメ、お手柄! 私、ほとんど食べてなかったから!」

「改めて見るとすごいご馳走だったんですね!」

「公爵様だからね。どの料理もお金がかかってると思うよ」


 昨日は皆、料理にはほとんど手を付けていなかったのでありがたかった。

 そしてアリアの言う通り、確かにお金のかかった料理のようでおいしかった。

 機嫌の戻ったアリアと、体調の戻ったルシャ、それから皆で笑いあった。







--

 大賢者様の所もそうでしたが、金を持っている貴族や富豪はちゃんとおいしい料理を食べています。ユーキも最初は少しだけ知識無双を――なんて考えてもいましたが、素人が考え付くようなことは、召喚者の多いこの世界の玄人には考えつくされていることだったりするのです。


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