第2話 奥様

 この世界へ召喚されてから一年。俺たちのパーティ『陽光の泉ひだまり』は近場での討伐目標を失ってしまったことから、たびたび遠出をしていた。そんな折に凶悪なドラゴンの話を聞きつけ、遠くの領までやってきていた。近くの村で大きめの空き家を借り、村の女性を下働きとして雇って拠点としていた。


 最初の下働きを選ぶ面接でひと悶着あったものの、まあなんとかうちの聖女様にご納得いただける女性たちを雇えた。何しろ聖女様が言うには――男はダメ、若い女はダメ、口が堅い人じゃないとダメ――と、他にもいろいろ条件を出してきてとにかく面倒だった。


 俺たちは村を拠点に情報を集め、巣穴の周辺を調べ、竜の行動を見極め、さらに鑑定に次ぐ鑑定で行けると判断したのちにゴーサインを出したのだ。いくら強力な祝福を得ているとはいえ、皆が大怪我をするのは嫌だし、何ならルシャは『蘇生』も行えるが、皆のそんな姿は見たくないので、アリア,俺,ルシャの三人が納得できるような慎重の上にも慎重を期した作戦を立てて決行したのだった。



 おかげで時間も、そして費用もそれなりにかかったわけだが、竜の死骸の回収方法まで想定しておいたおかげで、得られた物は十二分に大きかった。


 回収には『巨人の保有の鞄ガルガンチュアホールディングバッグ』という魔法の鞄を金貨4,000枚という大金をかけて手に入れていた。これでも大賢者様経由で安く融通してもらったものだし、半分はギルドからの貸付、さらに大部分を換金前の希少な魔石で取引したのもあって安く済んでいる。


 金貨4,000枚と言う大金は一見無駄な出費に見えるが、大型の怪物を一匹倒した場合の魔石の価格が金貨100枚とか200枚。さらに、こういった怪物は料理に使えこそしないが、体は魔法の道具を作る素材となりうる。それらは時に魔石以上の価値がある。ただし、どの部位に価値があるかは専門的な知識が必要だし、同じく需要があるかはその時々なこともあるため、丸ごと持ち帰ることには意味があって十分元が取れる。


 それを人を雇って回収することを考えた場合、飛竜ワイヴァーン一頭を森の奥まで回収に行ったとして、10mある身体は斬り分けても50人からの人足が必要となる。道なき道を行くと他の怪物にも遭遇するため護衛を雇わなくてはならない。人が多いと行程が一日、二日と増える度、行軍に追従できなくなる者も現れるので、一割、二割と人員を増やす必要が出たりする。何よりそんな場所まで人を越させようとしたら普通の給金ではとても来てくれない。おまけにキリカが斬り飛ばした部位に価値があったりしたら目も当てられない。


 毎回、掛かる費用が予想できない上に、放置した怪物の死骸は他の怪物に荒らされていることも多い。そんな訳で、俺たちはこの魔法の鞄に価値ありと判断したのだ。


 出費は大きかったが、俺たちのパーティには必須な装備だったので共有財産で購入した。なお、『貪り食う鞄デヴォアリングバッグ』という面白そうな魔法の鞄も格安で見かけたので個人で買っておいたが、入れたものを何でもこの世から消してくれるなら、放射性廃棄物とか捨てるのに便利そうだよね。



 ◇◇◇◇◇



 俺たちは王都への帰路についていた。今は馬を飼う余裕ができたため、四頭の乗用馬ラウンシーで移動している。馬での移動が特別速いわけでは無いんだけど、徒歩よりも荷物をたくさん載せられるのが大きな利点。大抵はルシャがアリアの後ろに乗っているが、今日のように行程に余裕のある道中なんかではルシャが手綱を握って、アリアを俺の後ろに乗せてきたりする。ルシャは俺とアリアが仲睦まじくする様子を自分のことのように喜ぶ。


 ちなみにアリアとキリカはもともと馬に乗れるし、ルシャとリーメもすぐに乗れるようになった。つまり俺がいちばん下手だ。



「聞いてよユーキ、ルシャったら酷いのよ」


 俺のかわいい赤髪の恋人は、村を出発してからちょっとだけツンとしていた。何か聞いて欲しいときの顔だったが、今日は後ろに乗ってるのもあって話し始めるまで聞かないでいた。


「そう? アリアと夫婦だってルシャが村の人に紹介していたの、俺は嬉しかったな」


 ルシャは村に到着した時から、俺たちを夫婦として扱っていた。

 一応、信用を得るためにもアリアたちの肩書きクラスは村の人たちに話してあった。俺のことはアリアの旦那様と言うことになってはいたが、むしろ俺がアリアの肩書きクラスに庇護されていたと思う。


「そ、そうね。あたしも嬉しかった…………じゃなくてね!」

「違うの?」


「あの子、――奥様は旦那様との夜の時間を大切にしてますから、何か聞こえても絶対に口外しないでくださいね――なんて口止め料まで渡してたのよ! さっき知ったんだけど信じらんない!」

「ああ……」


 何のことは無い。夜の時間を大切にしたいのはルシャだ。もちろんアリアもその場にいた。二階のいちばん広い部屋を俺とアリアにあてがってくれたのはいいが、夜はルシャがやって来て積極的に魔女の祝福を受けていた。魔女の祝福とはつまり、エッチで相手に特別な力を与えるもので、俺の『魔女』の能力だった。

 ただ、彼女は自分の部屋に戻って眠るので、アリアとの時間を大事にしてくれてるのも確かだ。


「アリアさんもそろそろ祝福しましょう!」


 ――やめてくれルシャ! なんか変な隠語に聞こえてきた。大賢者様が怒りだしそう。


「まだプラトニックを楽しみたいからいい……」


 先日アリアに教えてあげた、俺が元居た世界の言葉だ。自分たちの関係を示す言葉が存在したことが嬉しかったのだそうだ。厳密にどうかはともかくとして。

 片手を手綱から離してアリアの手を握ると、アリアが頬を背につけ体を預けてきた。


「ついこの間がちょうど新月でしたので、いっぱい祝福を頂かないといけなかったんです」


 魔女の祝福は上弦なら次の新月まで、下弦なら次の満月まで効果が続く。なので新月の夜や満月の夜は、魔女はみんな大忙しなのだ。うちの場合は数日かけるのだけど、主に上限の月の間に行って、余裕があるときだけ下弦の月でも祝福している。


「――アリアさんが『輝きの手』で手伝ってくださったら一晩で終わるんですが……」

「いやよ!」


 ぶっ――なんてこというの! 前に試したんだけど、ルシャの『癒しの祈り』じゃ効かなかったので、疲れを癒せる『輝きの手』をアリアにお願いしたことがあった。俺じゃなくてルシャがだぞ。もちろんアリアには断られたが、不敬が過ぎるわこの子!


「お二人とも、空いた時間に村を仲良さそうにお散歩されてたじゃないですか。もう夫婦になっちゃえばいいんですよ」


 答えに困っていると、キリカが口を挟んでくる。


「ユーキはさ、ショジョチューって言ってたわよね? もし私が他の男に抱かれたらもう二度と抱いてくれない?」


 周りに誰もいないから女子会みたいなノリになってるけど、突然何を聞いてくるんだキリカは……。しかも処女厨の意味を何か誤解している。


「……祝福であって抱いたつもりはない」


 あれはどちらかというと俺が抱かれた方だしな。


「あら、責任もって抱くって言ってくれたじゃない」

「えっ、キリカさんには抱くって仰られたんですか?」

「ずるい」


「いやいやそれは……」


 なんだか浮気がバレた旦那みたいになってきた。アリアには背中を小突かれるし。


「――言いましたスミマセン」


 観念してそう答えると、キリカは得意満面。


「ユーキ様はお優しいんですね。その時々で欲しい言葉をくださいます」


「あたしのときはくれなかった……」

「それだけアリアさんとのこと、悩んでお辛かったんですね」


 ルシャがフォローしてくれるがつらい。


「それで? 二度と抱いてくれないの?」


 キリカが話を戻してきた。


「俺にはアリアとルシャがいるし……」


 そもそもキリカとは恋人でも婚約者でもないしな。本人は勝手に愛人とか言ってるけど。


「そのとき私が愛してって言って、二人が許してくれたら?」

「わからない。前だったら毛嫌いしてた。今なら……もしかしたら違うかもしれない」


「ユーキ様も素直になられたんですね」


 ぐふ――ルシャの言葉が心に刺さる。俺も経験を重ねてクズになってしまったわけか。確かに今の自分なら、アリアやルシャが仮に誰かに恋をして、帰ってきたときに受け入れられるのかもしれない。


 こんなことを言ったら二人ともきっと怒るだろうけれど、どちらも男性経験が間違いなく少ないから可能性はゼロじゃない。もしかしたら俺は運命の相手ではないのかもしれない。幼馴染がそうだったように。







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 相変わらずのマイナス思考です!


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