第二部 獣の瞳
第1話 これで私もドラゴンスレイヤー
「来るぞ! 次はガスブレスだ!」
俺は赤髪の少女に指示を送った。
「
バン!――衝撃音と共に地母神の神殿で見られるような文様が光となって俺たちを取り囲む。
数泊遅れ、目の前の鎌首をもたげた巨大な緑色の怪物は、鼻から黄色みがかった濃い煙を勢いよく吹き出した。
たちまち黒峡谷と呼ばれる谷の底一帯は黄色い雲海に沈む。あらゆる生物に死をもたらすその雲はしかし、地母神様の加護による光の壁の前に阻まれる。
「うぐぅ……」
「これは……」
壁に阻まれていてなお、僅かに臭いが漏れ入ってきて顔をしかめる。元の世界で言う漂白剤の臭い。混ぜるな危険ってやつ。
魔法的な力のためか煙は極めて短時間で霧散していくようだが、その消える間にも緑色の怪物は光の壁に向かって噛みつき、鋭い爪をもつ腕で掴みかかってくる。
ひっ――と短い悲鳴が後ろで聞こえる。
振り返るとルシャがぐっと唇を噛んでいたが、こちらを見て大丈夫だと言うように頷く。
怪物の姿が間近でよく見えた。
俺が元居た世界でも伝説でならば語られることもある
その怪物の一撃一撃を
◇◇◇◇◇
「硬ったいわね!
最前面に駆け出し輝く剣を振るう、ひと房にまとめた長く豪奢な金髪を
「キリカ! 俺から離れすぎるなよ!」
その暴力を止める盾は二枚。
一枚はこの俺。石突を何本も備えた頑丈な矢避けの盾だけを持ち、ただただキリカを守る。攻撃を受ける度に石突を蹴り込み地面へ突き立て、斜めに力を逸らす。腕力だけなら早々引けを取らないが、俺には祝福がないために上手く装備を使わなければ軽い体は弾かれてしまう。拾い集めた竜の鱗を盾に縫い留めていなければ、盾自体も貫かれていたことだろう。ただ、アルマジロがどれだけ固く閉じて頑丈でも人間には脅威ではないのと同じで、俺は竜にとって脅威ではなかった。
「あらユーキ、私と離れるのが寂しいんだ?」
「真面目にやれ!――アリア、飛び越えてくるぞ!」
「まかせて。――
盾のもう一枚は赤髪の少女アリア。普段なら『剣士』の祝福による俊足の剣で舞うように戦う彼女だが、今回は相手が相手だけに『聖騎士』の力を惜しみなく発揮し、何者をも寄せ付けぬ壁に徹している。彼女の盾は俺とは違って祝福の力で竜の一撃でさえ踏み留まることができるが、竜は小さな人間など容易に飛び越えることができる俊敏さを持つ。そこを聖騎士の『砦』の力で無敵の壁を作り、今回の攻撃の要であるルシャへの接敵を阻む。
「ありがとうございます! アリアさん!」
亜麻色の髪の彼女はルシャ。複合弓を手に聖女の力を放つ。何重もの祝福を得たその輝く矢は、『弓士』の祝福の力で側面から弧を描いてアリアの『砦』を迂回し、竜に確実に命中する。元はただの軽い矢が『聖女』の力を乗せることで砲弾のような一射となり、直撃によって火花を散らす。光り輝く矢は鉄より硬い竜の鱗を剝ぐだけでなく、竜の巨躯の体勢をも崩していた。ふたつの祝福を組み合わせ、相乗効果で竜を薙ぐルシャが、かつて自分を役立たずなどと思い悩んでいたなんて誰が思うだろうか。
「…………
三角帽子はリメメルン。無口な上に何を考えているか分からない。今日もいつの間にか髪を変な明るい青色に染めたりしているが、
◇◇◇◇◇
最初の不意打ちにより、ルシャの矢とリーメの魔法で
「もうすぐファイアーブレスのクールダウンが終わるぞ!」
俺は皆に集まるように指示を出した。
そう、俺の『賢者』の祝福による『鑑定』の力には、何故かドラゴンの全ての攻撃の先触れが表示されていた。竜の吐息を出せるようになるタイミングから残りの回数までわかってしまうのだ。元居た世界のゲームのUIのように表示されるそれに従うことで、俺は仲間に的確な指示を送ることができていた。そしてこの力は
元の世界でならきっとこう言っていただろう――ハァ? チートツール使うなよ!――と。
アリアはオレの指示に合わせて再び『砦』を発動させる。竜の吐き出す業火は光の壁で遮られて左右に分かれ、周囲の地面を焼き、焦がされた岩がパキパキと割れていく。黒峡谷の底は熱で砕かれた鋭利な岩ばかりだ。
徐々に炎の勢いが弱まると、竜の口からは黒煙がくすぶるだけとなる。
「これでブレスは最後だ! あとはそのまま左腕に集中してくれ。そこがいちばん弱い」
そう。最初から勝負は見えていた。相手の攻撃を
アリアにはもともと体力があったが、防御の要なので力を温存してもらい、リーメがサポートしつつ『疲労耐性』のあるキリカに主に動いてもらう。基礎能力だけは高い俺は能動的にキリカを守り、十分な矢のストックを準備したルシャが削る。アリアの聖騎士の力による『輝きの手』で皆の疲労を回復させ、ルシャの聖女の力の本領である『癒しの祈り』で負傷と状態異常を回復する。
◇◇◇◇◇
やがて竜の左腕の鱗を削りきり、キリカがその手に握る
バランスと素早い動きでの防御を欠いた竜は、それまでより速いペースで首の鱗を失っていった。悪あがきで俺を掴もうとするも、行動の先触れが見える俺はアリアの『砦』に守ってもらえ、強引に圧し掛かられようとも、ルシャの『癒しの祈り』が削がれた肉を再生させていく。自ら隙を作りだした竜は、キリカの聖剣の格好の的だった。
次々と鱗を削ぎ落されていった竜の首はついに、硬く分厚い皮がひと筋剥き出しとなり、キリカによって見事にそのひと筋に沿わせた聖剣の、その一閃の元に刎ね飛ばされたのだった。
◇◇◇◇◇
「やったわ! これで私も
キリカが動かなくなった竜の頭に聖剣を突き立て、ゆるい
「おめでとう、キリカ」
しょうがない妹ねとでも言いたげなアリアが困り気味の笑顔で祝う。
アリアは他の皆が孤児院に居た頃からずっと面倒を見てきたお姉さんだからな。
「キリカさん、おめでとうございます!」
ルシャが素直な喜びをキリカに向けるが、ルシャいちばん派手に削ってたよね!?
「……お前は今回すごかったよ、マジで」
俺はというと、珍しく縁の下の力持ちを演じきったリーメを褒める。
ふふん――と彼女は得意顔だ。
「ちょっと! ノリが悪いわね。ちゃんと祝いなさいよ!」
「俺はもともと陰キャだからノリが悪いんだよ」
キリカが文句を付けてくるが、元の世界に居た頃からノリが悪いので今更変えられない。
「また訳の分からない言葉使って! お姫様のキスくらいあってもいいでしょうが!」
「誰がお姫様だ、誰が!」
皆が笑いあう。キリカは時々こういう扱いをして揶揄ってくるので困り者だ。そして俺は笑いものにされる。だけどアリアが笑ってくれる。それだけでいい。
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改稿版第二部、スタートとなります。
あまり大きな変更はしない予定ではありますが、物足りない部分は盛って行こうかなとは思ってます。コメントとか頂けると嬉しいので、よかったら宜しくお願いします。
グリーンドラゴンとの戦闘BGMはたぶんオウガバトルの『DO OR DIE』とかが流れてます。
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