第55話 後継者問題勃発



「ルシェ様が、また機士学校で成し遂げたそうですね。候補生たちとはいえ、1000機を1機で殲滅されたとか」


「ああ、その話か……。王都にいるルカからの報告で教えられた時は、頭を抱えたぞ……」



 家臣たちが忙しそうに行き交う執務室で、執務をしていたブロンギが、家臣の言葉に憂鬱そうな表情でため息を吐く。



「そんなに憂うことですか? 圧倒的な強さではありませんか! ドワイド家にとっては良いことだと思いますが」


「たしかにその者の言う通りですぞ。今の機士王様であるリゲル陛下でも機士学校時代にそのような偉業は打ち立ててないはず」


「それを成し遂げたルシェ様は、戦場で武勲を挙げ続ければ次期機士王候補かと」



 周囲で仕事をしていた他の家臣たちも、次期当主となるルシェの活躍を憂うブロンギを不思議がり、会話に参加してきた。



「圧倒的に強すぎるから困るのだ」


「困る? なぜです?」


「ドワイド家の後継者として実力を示しておられるのですぞ」


「我らとしては、ルシェ様の活躍を心強く思っております」



 家臣たちの意見を仕事の手を止めずに聞いていたブロンギは、一枚の書簡を机の上に出す。その書簡には、現機士王リゲル・ブレイブハートの署名がされていた。



「読んでみよ」



 中身を読もうと、家臣たちの視線が書簡に注がれた。途端に、家臣たちの表情が驚きに変わった。



「今回のルシェの件が機士王様の耳に入り、あやつが機士に叙任された際、ドワイド家から独り立ちさせ、自らの家臣にしたいとの申し出がされた」


「機士王様の直臣として独り立ちですと!? ルシェ様はドワイド家の後継者ですぞ!」


「家の後継者に定めた者を、機士王陛下の直臣に採用など前例がありません!」



 ルシェが機士王の直臣にスカウトされたと知った他の家臣たちも、仕事の手を止め、ブロンギの執務机に集まってきた。



 家臣たちはブロンギの後にドワイド家を継ぐのは、ルシェだと思っている者が多数を占めていたからだ。



 先ほどの話が本当だとすると、ドワイド家には後継者がいなくなってしまうことになる。



「ルシェ様が機士王の直臣として独り立ちしてしまったらドワイド家はどうなるのです?」


「『ドワイド家は、正室パトラの子を後継者とせよ』と下の方に書かれているだろう」



 現在、正室のパトラが身籠っており、ブロンギの実子がこの冬に生まれる予定だったからだ。機士王はその子を後継者とせよと書簡に書いていた。



 ブロンギの話を聞いた家臣たちが一様に表情を曇らせる。



 生れてくる子はブロンギの実子ではあるが、対話の儀を終えていない赤子。その子が大きくなるまでにブロンギに何かあれば、実子の母親であるパトラが当主代行に収まる可能性が発生すると悟ったがゆえに表情を曇らせていた。



「パトラ様の子は、ブロンギ様の実子ではありますが……」


「言いにくいことですが、ここは家臣として進言いたします。ルシェ様をドワイド家から外に出すべきではありません! ブロンギ様の実子が成長し実力を示せば、ルシェ様のもとで次代の当主教育を行えばいいかと思慮します」


「私もその意見に賛同します!」



 家臣たちからの進言を聞いたブロンギがもう一度大きなため息を吐く。



 ため息を吐いたのは、機士王の直臣としてルシェを差し出すと、家臣たちが反発するのは必死の状況だと察したからだ。



「声がでかい」


「ですが、これはドワイド家にとって重要なことですぞ!」


「書簡からも分かるが、機士王陛下は優秀な実力を示したルシェの力を欲してるんだろう。それに機士王の直臣となった者は、最前線の激戦地を領地として拝命することが通例だ。今回の打診は、ルシェにその実力があると認めてくれたということだ。栄誉ではあるが――」


「ここも最前線ですぞ! ブロンギ様を後継者として支え、この最前線の地を妖霊機ファントムから守ることこそ、ルシェ様の為すべきこと!」



 ブロンギの想いも家臣たちと同じであった。自分の後継者として、ルシェに与えるための領地の選定も進めている最中に起きた今回の事案は本当に頭の痛い問題だった。



 断れば機士王陛下との関係は、今以上に冷え込む。とはいえ、ルシェを差し出せば家臣が離反しかねないのだ。



 ブロンギとしては今回の書簡は、機士王陛下の策略ではと勘ぐってしまうところであった。



「最後まで聞け。栄誉ではあるが、我が家の後継者はルシェに変わる者はいない。機士王陛下からの打診はやんわりと断っておくつもりだ」



 ブロンギの言葉に執務室に詰めていた家臣たちから安堵の息が漏れた。



「旦那様! 今の話聞き捨てなりません!」



 安堵の息が漏れた執務室にキンキン声が響き渡った。声の主は膨らんだ腹を見せつけるような衣服を着たパトラだった。



「機士王陛下の直臣に選ばれるなど滅多にない栄誉! ドワイド家の今後のためにも、ルシェを直臣に取り立ててもらうべきです! それにドワイド家の後継者はこの子です!」



 執務室に現れたパトラを見る家臣たちの視線は冷ややかだった。明らかに迷惑そうな顔をしている者もいる。



 ブロンギの子の妊娠が発覚してから、やたらと執務室に顔を出し、アレコレと指図をすることが増え、家臣たちからは煙たがられていた。



 ブロンギも執務室に顔を出すパトラをやんわりと諫めていたが、効果はないようで、対応に苦慮している。



「パトラ、お前の気持ちは分かるが、ドワイド家の跡継ぎはルシェとわしが定めたのだ。お前が口を挟むでない」


「旦那様はこの子が可愛くないのですか! ルシェたちは養子ではありませんか!」


「ようやくお前との間にできた我が子は可愛いと、何度も申しておるだろう。だが、後継者の問題は別物だ」


「別物ではありません! ルシェが当主になれば我が子は、ドワイド家から放逐されてしまいます!」


「されぬから安心せい。ルシェはああ見えて慈悲深いやつだ」


「それは旦那様がいるからです! いなくなれば、あの子は絶対にわたくしたちをドワイド家から放り出すつもりですから!」



 パトラがキンキン響く声で叫ぶたび、ブロンギの表情が暗く沈んだものになっていく。



 待望の実子ができたことは嬉しいが、そのことで後継者問題がより複雑になってしまったことに心労を覚えていたからだ。



 一部の家臣はパトラに取り入り、これから生まれる実子を後継者に据えるようにと動き始めているとも聞いており、ブロンギの心中は穏やかではなかった。



「そのように騒ぐとお腹の子に障る。わしの子に関することは今後もよく話し合おう。とりあえず、まずは無事に出産を終えることこそ、お前の務めだ」


「ですが――」


「悪いが、誰かパトラを居室へ連れていってくれ。どうやら、疲れている様子だ」


「旦那様っ!」



 家臣の一人がブロンギに敬礼すると、パトラの腕をとった。



「ブロンギ様は執務をされますので、パトラ様は居室へご同行を」


「放しなさい! わたくしは旦那様に話しが――」



 叫ぶパトラが執務室から退場すると、家臣たちも元のように仕事を始めた。ただ一人、ブロンギだけが頬杖を突いてため息を吐いた。

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