第51話 お手伝い


 季節は夏の盛りになり、相変わらず機士学校は退屈だった。



 最終学年の候補生たちは、最初の試験である筆記試験に通らなかった者たちが、学園を去ったため、入学式の時よりも人が減った気がする。



 筆記の試験の範囲は霊機の運用法や、簡易メンテ法、妖霊機ファントムの識別法、サバイバル術、政治経済学、作戦指揮など多岐にわたる内容を網羅したもので、ゲーム内でもマニア向けのファンコンテンツとして実装された試験だ。



 筆記試験の合格率は80%くらいと言われており、特に難しいとは思えない。



 今回、筆記試験に合格できず学園を去った者たちは、大半が地元で従霊機の操縦者となり、戦果を挙げた者が領主推薦という形で再入学組になる。



 まぁ、格の高い精霊と契約した者は精霊がこっそりと助言してくれたりもするので、筆記はわりと通過する者が多い。



 精霊と信頼関係を築き、その助けを借りられるかも試験内容に含まれているため、カンニングではないのだ。



 筆記試験が終わったことで、最上級生たちは霊機操縦試験に向けて自主練に励んでいる。



 そんな中、俺とシアはコラーデを手伝うため、整備科の格納庫に呼び出されていた。



「ル~シェ~くぅ~ん! こっち、こっちだよー!」



 相変わらずの激しい露出度の衣装をしたコラーデが大声で俺を呼ぶ。すぐさま、隣のシアが反応した。



「ルシェの名前を呼ぶことは許してないからっ! 呼ばないで! 今日はルシェがどうしてもって言うから手伝うだけだから!」


「もう~シアちゃんもそんなこと言って楽しみにしてたくせにー」


「してないわよ!」


「コラーデ先生、シアをからかうのはなしですよ。今日は試験の手伝いだったはずです」


「はいはい~。じゃあ、今日の試験に使う機体はこちら! じゃーん、新型よ。し・ん・が・た!」



 紐を勢いよく引いたコラーデによって機体を覆っていた布が落ち、ザガルバンドではない機体が姿を現した。現れたのは、無骨で角ばった装甲に包まれずんぐりとしたザガルバンドとは、対照的にスリムで全体が丸みを帯びた装甲で覆われた機体だった。



 大襲来後に実戦配備される次世代汎用標準型霊機グラディエーターか。初心者にも扱いやすい機体で汎用性が高いし、旧世代機のベストセラー機体だったドランガードからの部品流用も多くて、一気に主力量産機になるんだよな。



 その機体がここにあるのか。時期的にまだ量産してないから、試作機といったところか。



 ということは、今日の試験の手伝いはグラディエーターから搭載される疲労軽減型の機士席のデータ取りってところだな。



 アレがあるのとないのじゃ、連戦の疲労度がかなり違ってくるしなぁ。



 疲労軽減型機士席を搭載したのを新世代機と呼び、搭載してないのを旧世代機として扱うことになる。



 俺が狙っている高機動指揮官機型ゼファーも旧世代機に分類されるが、機体設計に余裕があり、改修で疲労軽減型機士席を搭載できるため、総合能力的にグラディエーターよりも性能が良くなる予定だった。



 とりあえず、今後のためにもコラーデの開発が上手くいくようにお手伝いしとくとするか。



「コラーデ先生、ソレで俺たちは何をすれば?」


「何って、これに乗って霊機操縦試験が近づいて、目が血走ってる上級生たちを蹴散らしてくれればいいわ~。連続戦闘時の機士の疲労のデータを取りたいしね。コラーデの研究から派生してできた精霊力補給装置も上手く機能してるか確認したいかな~」



 それまで野次馬根性で新型機体を見に集まってきていた整備科の生徒たちの顔が、コラーデの話を聞いた途端に一瞬で青ざめた。



 きっと俺がまた上級生たちのザガルバンドをぶち壊しまくることを想像したんだろう。



 ザガルバンドとグラディエーターでは性能が違いすぎるため、本気を出すと入学式以上の惨事が起きる可能性が高い。



「校長先生の許可は?」


「とってるよぉ~。ただし、格闘戦なしでエレメントライフルはシミュレーションモードのみ発砲可能だってさぁ~。ガチの戦闘データ欲しいって粘ったけどこれが限界だったわ~」



 校長も大事な試験が迫る中、大惨事は回避したいって感じだな。俺の格闘戦を禁じれば激しく壊れる機体も少ないし、エレメントライフルのシミュレーションモードは命中判定を受けた機体が、ダメージ計算して撃破されると強制停止されるため、空砲を撃つようなもんだ。



 この条件なら上級生たちの機体を傷めないと分かったらしく、整備科の生徒たちの顔に精気が戻った。



 俺としても大惨事を引き起こすつもりはないので、校長の出した条件下での試験を粛々とこなすつもりだ。



「その条件なら、コラーデ先生の試験に巻き込まれる上級生たちも安全だな」


「ルシェ君なら上級生だろうが遠慮せずにやってくれるだろうと思ってたわ~。よろしく頼むわね」


「シア、精霊石をザガルバンドからこの機体に移すとしよう」


「ふぅ、面倒くさいね」



 珍しくイヤイヤ感が滲みだしているな。コラーデの依頼ってのが気に入らないのは分かるが……。



「イヤイヤしてるシアちゃんに朗報よ。コラーデが開発した精霊力補給装置は、精霊の持ってる精霊力を座席に組み込んだ装置で精霊力回復ポーションに精製して機士に補給していくシステムなの。つまり、シアちゃんが霊機内で出してる精霊力の余剰分を濃縮してルシェ君に飲ませるシステムね。精製されるポーションは、シア水とでも名付けようかなぁ~」



「わたしの力をルシェが飲む……」



 コラーデの説明を聞いたシアの顔が急に真顔になり、彼女の喉がごくりと鳴った。



 まぁ、精霊力補給装置についてはコラーデの説明した通りなのだが……言い方はなんとかならないだろうか。供給される精霊力回復ポーションをシア水とか言われると、精霊力の補給しにくくなる。



 VRコクピットの時は味覚の再現まではされてなかったし、コンソールボタンで自動補給だったから気にせずにいたけど。



「ルシェ! すぐに準備しよう! 早く、早く! 急いで!」


「あ、ああ。分かってるさ。先にザガルバンドからだ。精霊石の移設作業しないと」



 急にやる気を見せたシアに手を引かれ、俺たちは精霊石の移設作業をするため、金色のザガルバンドに向かった。

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